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第五段 (恋の)通ひ路

【本文】

 むかし、男ありけり。ひむがしの五條わたりにいと忍びていきけり。みそかなる所なれば、門よりもえ入らで、わらはべのふみあけたる築泥のくづれより通ひけり。人しげくもあらねど、たびかさなりければ、あるじ聞きつけて、その通ひ路に、夜ごとに人をすゑて、まもらせければ、いけどもえ逢はでかへりけり。さてよめる。


 人しれぬわが通ひ路の関守は

   よひよひごとにうちも寝ななむ


とよめりければ、いといたう心やみけり。あるじゆるしてけり。

 二條の后に忍びてまゐりけるを、世の聞えありければ、兄たちのまもらせ給ひけるとぞ。



【現代語訳】

 昔、ある男がいました。京の東の五条のあたりの家の女の部屋に人目を忍んで通っていました。その家の者には秘密で通っているので、男は門から入ることはできなくて、子どもたちが悪戯に踏み空けた築地の崩れたところから屋敷の中に入って通っていたのでした。特に人目が多かった訳ではないのですが、訪れが度重なっていたので、ついには屋敷の主がこれを聞きつけて、その通り道に夜ごと番人を置いて見張らせたので、男は屋敷の前まで行っても女には会えずに帰らなくてはなりませんでした。そうして次のような歌を詠みました。


 こっそりと人知れず通っている私の恋の道の番人よ、どうか毎晩毎晩ねむっていてほしいものです。


このように詠んだので、女はたいそう心を痛めたのでした。それを見かねて、屋敷の主人は男の通ってくるのを許してしまったのでした。

 男が二条の后のところへ忍んで通ってくるのを、世間の評判が悪いので、彼女の兄たちに見張らせていたという話であったようです。



【解釈・論考】

 第四段と屋敷の場所も、主人も一緒です。先程、寝殿造の構成のお話をしましたが、厳密に言えば先程のような建物の構成が様式として定まったのは平安時代中期です。伊勢物語の舞台のこの時期、貴族の邸宅の様式はそれほど厳密には整っておらず、発展途上であったようです。

 「京都市埋蔵文化財研究所」の研究によると、平安前期の貴族の邸宅の構成はこのように各邸宅ごとに個性的であったようです。貴族の邸宅の敷地は縦横が一町~二町(100~200m)程度です。現在でいうと小中学校の敷地を想像すると同程度の規模となるでしょうか。このように広く、構造もバラバラなので、ひょっとしたら本文に書いてあるように築地がちょっと崩れて、出入りできるようなポイントもあったのかもしれません。


 ここでヒロイン(二条の后)を取り巻く人間関係をご紹介しましょう。


挿絵(By みてみん)


 第四段でも解説しました通り、この屋敷の主人は文徳天皇の母です。五条に屋敷を持っていたので、五条の后とも呼ばれていました。ヒロインにとっては叔母にあたります。そして彼女の兄は、藤原国経、基経の兄弟です。彼らは将来、国経は大納言、基経は最初の関白になるわけですが、この当時ではそれぞれ役職も低い若者たちです。


 さてこの屋敷の主人の五条の后ですが、哀愁漂う男の歌と、その歌に嘆き、悲しむ姪の姿に心を動かされて、とうとう男が通ってくるのを黙認してしまいました。さすがに事実ではないでしょう。とはいえ、破れ築地から侵入する程ヒロインに執着しているのに、番人がいるのを見ると別の道を探るでもなく歌だけを詠んで引き返す主人公、その歌にたいそう心を痛めるヒロイン、そんな2人を見かねて結局は許してしまう屋敷の主人、と三者三様に優し気な心の持ち主であるように描かれています。

 第四段で2人の恋は悲しい結末になることが確定してしまっています。それはそうとして、ちょっとくらい幸せなエピソードがあってもいいんじゃないか、という物語の作り手の願い、祈りがこのような話を創作したのかもしれません。

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