第四十九段 はつ草
【本文】
むかし、男、妹の、いとをかしげなりけるを見をりて、
うら若みねよげに見ゆる若草を
人の結ばむことをしぞ思ふ
ときこえけり。返し、
はつ草のなどめづらしき言の葉ぞ
うらなくものを思ひけるかな
【現代語訳】
昔、ある男が、妹のたいそう美しくなったのを見て、
うら若くて寝心地のよさそうな若草を、誰か他の男が結んで寝るようになるのだろうか。
と詠みました。妹は次のような歌を返しました。
初草のような、まぁ何とも珍しく思いもかけないお言葉でしょう。私は兄妹ということでなんの気もなく過ごしていたというのに。
【解釈・論考】
第四十三段の解説で、古代は近親婚の事例が多かったことについてさらりと触れましたが、この段は兄妹の恋愛感情の話です。ひょっとしたらこの話は異母兄妹の関係性という設定なのかもしれません。当時は母親が異なれば住む屋敷も違うということが多く、兄妹というよりは幼馴染という感覚であったりすることもあったようです。また、異母兄妹での結婚の事例もありました。伊勢物語より一つ前の時代である『万葉集』の頃においては、「妹」といえば恋人のことを指す、といった事実があることも当時の感性を考える上での手がかりとなるかもしれません。
歌をみていきましょう。男の歌の「ねよげ」の「ね」は草の根であると同時に、寝るという意味をもたせています。「若草」はそのまま草を表すのと同時に、妹であるうら若き女を表す暗喩でもあります。「結ばむ」というのは、旅の途中で草を結んで枕にして寝るということ(これを「草枕」と言います)と、他の男と契りを結ぶという二つの意味がかけられています。暗喩として込められたメッセージはなかなかセクシャルですが、表面上の意味としては春の旅を思わせる爽やかさがあるため、全体的に上品でさっぱりしています。
女の返歌は男の歌の「若草」をうけて「初草」という序詞にしています。これで「そんなお気持ちをはじめて聞いてびっくりしています」という歌の意味につなげている巧さがあります。これは本心でしょう。これまでそんなことを考えてもいなくてびっくりしました、というだけで嬉しいとも嫌とも表さない(たぶん自分自身も分かっていない)あたりが、恋という感情をあまりよく知らない若々しい女性らしさをよく表しているように思われます。




