第四十六段 うるはしき友
【本文】
むかし、男、いとうるはしき友ありけり。片時さらずあひ思ひけるを、人の国へ行きけるを、いとあはれと思ひて別れにけり。月日経ておこせたる文に、
あさましく、対面せで月日の経にけること。忘れやし給ひにけむと、いたく思ひわびてなむ侍る。世の中の人の心は、目かるければ忘れぬべきものにこそあめれ。
といへりければ、よみてやる。
目かるとも思ほえなくに忘らるる
時しなければ面影にたつ
【現代語訳】
昔、ある男に、たいそう親密な友人がいました。少しの間も離れず互いに気にかけあっていましたが、その友人が他国へ行くことになり、たいそう寂しく思いながら別れました。月日が経ってその友人から送られてきた手紙には、
あきれるほどに、お会いしない月日がずいぶんと経ってしまいました。私のことを忘れられてしまうのではなかろうかと、たいそう気持ちは沈んでしまいます。世間の人の心というのは、お目にかかることがなければ忘れてしまうもののようですから。
と書いてあったので、男は次のように詠みました。
お会いしていないなどとは、私には思われませんのに。貴方を忘れてしまう時などなく、いつでも貴方の面影が見える日々ですよ。
【解釈・論考】
「目かるとも」は「目離るとも」とも書き、さっぱり会えなくなってしまっていることを意味します。友人は他国へ行ってしまったので当然実際には会えていないのですが、二句目で「思ほえなくて」と逆転させておりたいそう優しい歌です。手紙の主の寂しげな心情を汲み取り「ずっと忘れていませんよ。貴方の面影が目に浮かぶようです」という歌を贈る。主人公とこの友人は本当に仲が良かったのでしょうね。恋の話が多い伊勢物語ですが、こうした友人との情の細やかなやり取りもまた、魅力の一つですね。




