第四十四段 裳のはなむけ
【本文】
むかし、縣へゆく人に馬のはなむけせむとて、呼びて、うとき人にしあらざりければ、家刀自、杯ささせて、女の装束かづけむとす。あるじの男、歌よみて、裳の腰に結ひつけさす。
出でてゆく君がためにとぬぎつれば
我さへもなくなりぬべきかな
この歌はあるがなかに面白ければ、心とどめて、よまず、腹に味はひて。
【現代語訳】
昔、地方へ行く人に、送別会をしようということで自宅へ招いて、親しくて遠慮のある間柄でもなかったので、家の主婦が席に出て杯をすすめ、女の衣服の一揃いを贈り物として差し上げようと、客人に衣を被せました。屋敷の主人の男は、次のような歌を詠んで、裳(も:女性の下半身の衣装)の腰ひもに歌を結びつけさせました。
出発していく貴方のために裳を脱いで差し上げたので、私さえもなくなってしまうようです。
この歌はその席でよまれた歌の中で面白いものであったので、そのときの気持ちを残し、返歌は詠まず、しっかり腹の底で味わったものでした。
【解釈・論考】
この話の縣へ行く人は、紀有常であるとみると非常に納得しやすいです。まず彼には地方官を歴任した時期がありました。そして彼と業平は政治的な同盟者として、あるいは友人として大変親しい間柄でした。
第十六段でもご説明しましたが、彼の娘は在原業平の妻となっています。ですので、妻が宴席に出て杯をさすことも妥当ですね。
さて、ここからがちょっと難しい所です。この段の和歌は解釈が難解で下の句の「我さへもなりぬべきかな」の「も」は贈り物とした服の「裳」であると同時に、災いとしての「喪」をかけて「贈り主である私の喪もなくなったことでしょう」と考える説もあります。ただ、それに反対する説もあり、旅立ちを祝う席で「喪」という縁起の悪い言葉の意味を含めるのは不適切であることがその主たる論拠です。
ここで僕はこの歌の前提となっている「女性の着物を相手に贈る」という行動が気になり調べてみました。そして、この歌の背景には民俗学における「玉の緒信仰」があるのではないかと考えました。
「玉の緒」についてはこれまでの段で何度かうっすら触れましたが、玉を繋ぐ紐であると同時に、当時の人には命を意味するといった用語でした。では「玉の緒信仰」となるとどうかというと、これは高崎正秀の研究によると、古くは女性の霊なる魂を込めたものを旅行者に結びつけて旅路の安全を祈る、という風習があったそうです(『古典と民俗学』より)。この風習自体は『万葉集』の頃には既にあったようで、時代は下って戦時中、出征する兵士に千人針を贈るという習慣もこの流れを汲むとする学説もあります。
さて、これを鑑みるとまず女の衣服を贈るということ、歌を腰紐に結びつけるという行為がこの風習に基づくものと思われます。そして和歌を解釈していくと、この下の句の「も」は服としての「裳」の意味はもちろんありつつ、掛詞としてはどちらかというと助詞の「も」であるように思われます。つまり、今回現代語訳として採った「私さえもいなくなってしまうようです」という意味になる訳ですが、これはつまり「魂をあなたに分け与えましたよ。ずっと一緒ですよ」という含みを持たせているのではないでしょうか。玉の緒信仰を意識してそのようにこの歌を解釈すると、場面の経緯からしても非常に納得がいきますし、特に末文の「腹に味はひて」もまた「その身に同化させました」というような意味を内包しているようにも思えてきます。




