第三十五段 沫緒に縒りて
【本文】
むかし、心にもあらで絶えたる人のもとに、
玉の緒を沫緒に縒りてむすべれば
絶えてののちも逢はむとぞ思ふ
【現代語訳】
昔、そうと望んだわけではないのに関係が絶えてしまった人に対して、次のような歌を詠んだ男がいたのでした。
玉の緒を沫緒縒りにして堅く結ぶように、一度は縁が切れてしまう私たちも必ずまたいつか逢えると願っています。
【解釈・論考】
玉の緒は、玉を結び通すひもであると共に、命のたとえでもありました。現代的な感覚で言えば、運命の糸、とでも言うと理解しやすいでしょうか。「沫緒」はひもの結び方だろうとみられていますが、どのような結び方であるかについては諸説あり、判然としていません。ただ、逢うの掛詞になっているとも考えられますので、その点でこの歌ではこの結び方である必要性がある訳です。
この歌は『万葉集』で紀女郎が大伴家持に贈った歌に「玉の緒を沫緒に縒りてむすべればありてのちにもあはざらめやも」というものがあり、その類歌であると考えられています。つまり、もとは女性から男性に贈った歌であったのです。
「断ちきれたひもを結ぶようにして、またいつか逢おう」というメッセージは、男女どちらから贈られた場合であっても、二人の深い愛情の念が伝わってきます。たいそうロマンチックな歌ですね。




