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第三十四段 言へばえに

【本文】

 むかし、男、つれなかりける人のもとに、


 言へばえに言はねば胸に騒がれて

   心ひとつに歎くころかな


おもなくて言へるなるべし。



【現代語訳】

 昔、ある男が、つれない態度の女性に対して次のような歌を詠んだのでした。


 私の気持ちを言おうとしてもうまく言葉にならず、言わずに秘めておこうとしても胸は騒ぎ、心の中で歎くことばかりしかできません。


面目などを捨てて詠んだ歌なのでしょう。



【解釈・論考】

 この歌は『新勅撰集』恋一(637)に在原業平の歌として載せられています。歌の表現もストレートで、末文に書かれている通り、自分の心をさらけ出して詠んでいます。「おもなし」は世間体を気にしない、あつかましいなどの意味もあり、この段の作者は少し冷ややかな目でこの歌をみているのでしょうか。


 一般的に平安貴族の歌というのは、自然美を描いたり技巧を凝らしたりする中にさりげなく心象を盛り込むことを()しとしました。ですので、この歌のようにストレートに自分の気持ちを表した歌は珍しいのです。万葉集の世界では気持ちを素直に詠むという歌も多かったものですが。そして、現代的な感覚で言えば、生の感情を飾りたてずそのまま表現するというのも胸を打つものです。万人受けはしないのかもしれませんが、内包する感情の色が濃ければ濃いほど、胸に深く刺さる人もいることでしょう。

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