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第二十九段 花にあかぬ

【本文】

 むかし、東宮の女御の御方の花の賀に、召しあづけられたりけるに、


 花に飽かぬ歎きはいつもせしかども

   今日のこよひに似る時はなし



【現代語訳】

 昔、東宮(皇太子)の母君の御身内の方の、桜の季節のお祝いの場に、祝宴のための仕事を任された人が次のように詠みました。


 桜の花をみるといつまでも咲いていて欲しいと散るのを嘆く気持ちにいつもなっていましたが、今日今宵ほどその思いを強くしたことはありません。



【解釈・論考】

 「花の賀」について、「賀」は十年きざみの年齢の祝賀のことです。四十歳や五十歳になることをお祝いしました。「東宮の女御」は、ここでは二条后(藤原高子)を指すと言われています。この場面は二条后の屋敷で、桜の花の咲き誇る時期の祝いの席であるというのが場面状況です。そして、その場に「召しあづけられ」て歌を詠んだのが主人公です。


 この段の歌は、「美しい花はどれほど見ていても見飽きることはないのに、いつかは散ってしまう」という嘆きを表しつつ祝いの席の素晴らしさを詠んだものですが、場面状況を含めて鑑賞すると、かつて恋の仲を割かれてしまった相手である二条后に対する言葉にならない、どころか言葉にしてはいけない懐旧の念が内包されている歌であるとみることができます。

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