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第九段(三) 東下り 都鳥

【本文】

 なほゆきゆきて、武蔵の国と下総の国との中に、いとおほきなる河あり。それを角田河(すみだがわ)といふ。その河のほとりにむれゐて、「思ひやれば、かぎりなく、遠くもきにけるかな」と、わびあへるに、渡守、「はや船に乗れ。日も暮れぬ」といふに、乗りて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。さる折しも、しろき鳥の嘴と脚とあかき、(しぎ)のおほきさなる、水のうへに遊びつつ(いを)をくふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人知らず。渡守に問ひければ、「これなむ都鳥」といふを聞きて、


 名にしおはばいざこと問はむ都鳥

   わが思ふ人は在りやなしやと


とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。



【現代語訳】

 さらに旅を進めていると、武蔵国と下総国(今の東京都と千葉県)との間に大変大きな河が流れていました。それは隅田川という河でした。その河のほとりに集まって「思へば都を離れて限りなく遠くに来てしまったなぁ」と嘆きながら話しているところに、河の舟の渡守がやってきて「はやく舟に乗れ。日が暮れてしまうぞ」と言うものだから、ここからさらに下総の国へ渡っていくのが、みんな何とも言えずさびしくて、京に残してきた人を思わぬでもない気持ちになってきてしまいます。ちょうどそのとき、白い鳥で(くちばし)と脚とが赤い、(しぎ)の大きさぐらいの鳥が水の上を泳ぎながら魚を食べているのでした。京ではみかけない鳥なので、みんなあれがなんという鳥なのか知りません。渡守に訊いてみると、「この鳥が都鳥だよ」と答えるのを聞いて


 都の名前を冠する鳥だから尋ねよう都鳥よ、私の愛する人は元気でいるだろうか。


と詠んだところ、渡守も舟に乗り合わせた人もみんな泣いてしまいました。



【解釈・論考】

 東京都の墨田区には、言問橋という橋があります。台東区の浅草からリバーウォークという橋を渡り、墨田公園を歩くと牛島神社があります。そこから隅田川を渡って台東区の方へ戻っていくのが言問橋です。この「いざこと問はむ都鳥」の歌からきています。

 都鳥はユリカモメのことであろうと推定されています。今も隅田川ではユリカモメが泳いでいるのをみかけることがあります。浅草にもスカイツリーにも歩いていけるくらいの距離にあり、天気の良い日に散歩をするととても気持ちの良いところです。


 さて、旅を続ける主人公たちですが、都から随分離れてきたという実感があるのでしょう。ここから河を渡るとなると、さらにいっそう離れてしまうような心地がして心細かったことでしょう。当時の隅田川には橋は架かっていなかったようで、渡守が操る舟で渡らなくてはなりません。河のほとりで、ああ、この舟に乗ってしまったらまたひとつ都から遠ざかってしまうのかぁ、ともじもじしているうちに渡守に急かされてしまいます。

 船に乗り、見慣れぬ白い鳥の名前が都鳥であると知ると、思わず都に残した人を懐かしむ歌を詠んでしまいました。舟の他の乗客も皆が歌の心に感ずるところがあったのでしょう、泣いてしまいます。

 現代では交通インフラが発達し、なかなかこれほどまでに旅の寂しさを感じることはできないかもしれません。ただ、それでも僕も十代の頃に受験のために一人で県外に出て、一泊したときはさすがに一抹の心細さを感じたものです。ひょっとしたらこういった寂しさや心細さは、若いうちのほうが感じ取りやすいのかもしれませんね。

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