愛の言葉
落ち着いた雰囲気のバーであった。西洋風の飾り付けをして、壁には、いくつもの風景画が掛けてある。木製のカウンターに腰かけて、ふたりの男が酒を飲んでいた。
「例の加奈子、振られたよ」
「それは、ご愁傷様だな。いったい、どういう訳だい?」
「どうもこうもないよ。そろそろかなと思ってさ、例の、僕がよく行く喫茶店へ、会社帰りの加奈子を連れていったんだよ。彼女とは、もう一年以上の付き合いだろ。だから、このあたりで告白しようと思ってさ。でさ、喫茶店に来たから、席について、若い女のウェイトレスにコーヒーと紅茶を注文してさ、さっそく話を切り出したんだ。最初は、世間話から始まって、次は、彼女が関心のある話題とかね。加奈子がだんだんと乗り気になってきたから、こりゃいいと思って、いよいよ本題さ。「僕は君を愛している」っていう一言だぜ。それがさ、俺、気が弱いだろ、特に女には。それでどうしたらいいか分からなくてさ、直接言えないんなら、書いて渡せばいいって思って、小さなカードに、「あなたを心から愛しています」って書いて用意したんだ。それで、おもむろに、それを出してきて、テーブルに置いて彼女に見せたんだ」
「どうだった?」
「加奈子さ、そのカードをチラッと見て、それから俺をジッと見つめて、こう言うんだよ、「あたし、こう言うときに、気の弱い男は嫌いなの。言いたければ、直接に言って欲しかったわ」って、こうだよ。ひどいだろ」
「そりゃ、きついな。で、それから?」
「彼女、「あたし、もう帰るわ」って言い残して、帰っちゃったんだ。辛いよ、本当」
「それから、連絡取ったのか?」
「ああ、何度もね。でもさ、加奈子の奴、携帯に着信拒否してるみたいでさ、完全無視だぜ。こりゃ、振られたな、って分かって、俺、落ち込んでんだ」
そう言って、酒のグラスを傾けた。相手も言葉が見つからずに困って黙っている。
「ところがさ、話はそれだけじゃないんだよ。その、僕がよく行く喫茶店、それからも行ったんだよな、ひとりで。でさ、さっき言っただろう、若い女のウェイトレスだけどさ、その女、俺が行ったら、妙にサービスが良いんだよな、着いたテーブルを綺麗に拭くし、ニコニコの笑顔で、「ご注文、何にする?」って、なれなれしく訊いてくるし、来るときも、色っぽく腰を振ってさ、「これ、あたしからのプレゼントよ」って、チョコパフェくれるんだよな。何か変だよ。俺に気でもあるのかな?って思うじゃん。いったい、どういう風の吹き回しなんだろ?」
相手は、しばらく黙っていたが、ゆっくりとした口調で、
「お前、さっき、カードに、「あなたを心から愛しています」って書いたって言ったよな」
「ああ、それが?」
「そのカード、どこやったんだ?」
「ああ、そう言われたら、テーブルに置いたままに忘れていったっけ?それが?」
すると、相手は、苦り切った表情で、酒を飲み干して、
「鈍い奴は、もういいよ。せいぜい、その娘と仲良くするんだな、チャンスだぜ?」
「その娘、美人でもないし、タイプでもないよ。何でだよ?」
「悪いのは、お前だぜ、仕方ないよ。....................、おい、店を変えて、飲み直すか?」
「そうだな、俺も、そんな気分だ。よし、行こう!」
二人は、店を出ていった。残されたカウンターには、空になったグラスがふたつ、ポツンと残されていたのであった.....................。




