8 2月13日 チンピラの記憶
モンテカルロ・フェルナンデス 享年24歳 男性 髪色 ラベンダー 職業 ダンス講師
幼いころよりバレエを学び、将来を嘱望される。
繊細で優美なダンスを持ち味とするが、繊細ゆえに安定性に欠くと専門家は評価。
国立バレエ団に入団することはできず、バレエに限らず雑多な踊りを教えるダンス教室の講師となる。
バレエの下地があり肉体スペックは高い。性格は神経質と周囲の評判。
交際関係 なし 交友関係 なし
二角獣の月十二日 自殺
自室で首をカミソリで掻き切った遺体で発見された。
これが彫刻家ダミアーノのループに現れた襲撃者の正体だ。
二角獣の月十二日に死んだはずのモンテカルロが、何故二角獣の月二〇日に現れたのか。
あり得ない現象?
否。
ことは時間が関わっている災害の只中。
タイムループではなく、時間跳躍で時間を超えて現れたという可能性すらも視野に入れなくてはならない。
師匠のレポートでは、このモンテカルロについての記述は途中で途切れている。
この時点で師匠が行方知れずになったのか。
モンテカルロは二角獣の月二〇日・ダミアーノの記憶以外の日のループにも出没している。
これもその一つ。
モンテカルロ自死の翌日。
その日のループ者の記憶。
二角獣の月十三日 13
サンドロはチンピラである。
やたらと鼻息が荒く、すぐに暴力を振るう。そして、弱い。
真っ当な職には就けず、かといって本職からは鼻で笑われ、要領の悪さから使い走りにさえしてもらえなかった。
そんなサンドロに転機が訪れた。言わずと知れたループのことである。
何をしてもループが起こればなかったことになる。それを利用して好き放題にやってやると意気込んだのだが、天性の要領の悪さでことごとく失敗。さらに失敗したことを教訓にもう一度チャレンジする根気もなく、次から次へと違うことに手を出しては失敗の繰り返しだった。
そして今、こんなはずではと思いながらサンドロは疾走していた。
犯罪に失敗し、官憲に追われているのではない。
すじモノに手を出し、追われているわけでもない。
サンドロの要領の悪さはそんな甘いものではない。
そんなことをしようものなら、いつも通り、とっくに捕まっている。
それでもサンドロは追われている。
思い当たる理由はある。
しかし、それは前回のループでの出来事なのだ。
そんなはずはないと思いながらもそこしか思い浮かばない。今サンドロを追ってくる人物との接点は。
サンドロはあちこちにぶつかりながら逃げる。
通行人はサンドロの形相と様子を見て、自主的に避けている。
だからサンドロがぶつかっているのは柵や壁、ゴミ箱など動かないものだけだ。
余裕がないこともあって、その要領の悪さをいかんなく発揮し、手当たり次第に障害物に躓いている。
そんな有様では追いつかれない方が不思議。要領だけでなく運まで悪いのか、その人物に追いつかれた場所はちょうど人気のない場所。
溝の淵に足を躓かせて、派手に横転した所であった。
慌てて、立ち上がる……よりも先に駆け出そうとするサンドロ。
そんなものが成功するはずもなく、まごつくだけで一歩も前に進まない。まごついているサンドロの後頭部に、にゅっと突きつけられる銀の鉄塊。
その人物は刹那の躊躇もなく、サンドロの頭部を切り裂いた。
二角獣の月十三日 7
ループを確信したサンドロは犯罪を行った。
それまでは度胸がなく、やろうと思っても、体が震えてしまって、とても実行に移せなかった犯罪。
だが、今ならできる。
失敗してもどうせまた元に戻るんだ。後先を考えなくてすむなら恐くなんてないぜ。
サンドロは興奮のあまり忙しなく辺りを見渡し、目を血走らせ、怪しすぎる風体で人込みに混じった。
犯罪――スリ行為に及ぶために。
しばし後、人並みからカエルが挽き潰された様な叫び声があがった。
人垣が割れたその先には、電撃魔法を喰らってひっくり返っているサンドロの姿があった。
スリのターゲット――身なりの良さそうな紳士が自衛のために持っていた魔道具でやられたのだ。
二角獣の月十三日 8
サンドロはくさっていた。
前回の失敗はすべて自分以外の責任にして、ひたすら八つ当たり。
目的もなく町をぶらつきながら、目に付くもの手当たり次第に――いや。目に付く自分よりも弱そうな相手だけを、手当たり次第に睨み付けている。情けないと言うべきか 身の程をわきまえていると言うべきか。
その後、学生カップルを恐喝し、反撃でボコボコにされた。
二角獣の月十三日 9
懲りないというか、学習能力のないサンドロは又しても悪事を働くべく、獲物を物色していた。彼のお眼鏡にかなったのは大荷物をもった老婆。
ひったくりである。
ひったくった後、階段から足を踏み外して荷物の下敷きになった。
二角獣の月十三日 12
それからもサンドロはセコイ悪事に挑戦しては失敗していた。
詐欺を行おうとすればすぐに見破られ、強盗に手を染めれば鍵が開けられず。しかも在中だった住人に通報された。
なんだか、失敗の原因はすぐ分かりそうなところにあるのに、サンドロははそれにいっこうに気づかず、何で上手くいかないんだと不満を募らせていた。
そんな風にくさりながら、次なる悪事を物色していたサンドロ。
もう時間は深夜に近い。そろそろループが起こる。今回はこのまま何もない回か、と実は幸運な現状を不満に思っていたサンドロにぶつかってきた人間がいた。
これこそ神が与えたもうた機会だと、勝手な判断でぶつかってきた人間から慰謝料をぶんどろうと、肩をつかんで振り向かせる。
そのまま走り去ろうとしていた中年男性は、初め目を見開き驚きを現し、次いで口の端をつり上げた。
男性はサンドロを思い入り付き飛ばした。
付き飛ばした先には一人の青年。
中年男性はサンドロたちに目もくれず走り去っていった。
なんだぁ? なら……。
今度はぶつかった青年に因縁を付けようとするサンドロ。しかし青年は意に介さず、サンドロを興味深そうに見ている。
青年に軽薄な脅し文句を吐こうとしたサンドロのその口に、ナイフが突っ込まれた。
叫び声を上げようとして、意味不明な呻きを上げるサンドロ。青年はサンドロの口内に突っ込んだナイフをかき回しながら、興味深そうにサンドロを見続けていた。
サンドロは中年男性の身代わりとなって、青年に殺された。
前日に死んだはずの男、モンテカルロに。
その後もサンドロは殺され続ける。
なんとか遭遇を回避しようと苦闘するも、ことごとく裏目に出てサンドロはモンテカルロに遭遇してしまう。
モンテカルロもまた、サンドロを探しているようだった。
反撃を試みた回もあったが、それをすると逆にドツボにハマり、余計に悲惨な殺され方をしていた。
そして、最後の回。つまり、ループが起こらず次の日になる回には、モンテカルロは登場しなかった。
さてこの際、このチンピラの生死はどーーでもいい。
気になるのはモンテカルロの挙動だな。
一 モンテカルロはループしているっぽい。
二 サンドロを見て、何か感じ取っていた。
三 モンテカルロは人を襲い殺そうとしている。
四 サンドロに遭遇後は、何故かサンドロに執着していた。
五 モンテカルロは前日に死んでいる。
ちょっと考えてみるか。
ニカノは、サンドロの絶命をバックに、思考をまとめる。
一に関しては発見されていないだけで、一日に付きループする人間が一人だけとは限らない。
なので、この日はサンドロとモンテカルロの二人がループしていたのかもしれない。
そもそも前日に死んでいるのだけど。
二、これは分からない。僕の見た限りでは、ループ者とそれ以外で時間の動きに違いがあるようには見受けられないし、時間魔法に関する変化も見られない。もっとも、ダンス講師モンテカルロにそんなことが見分けられるはずがない。
同じ一日をループしている者同士なら一目で分かる何かがあるのかな。
いや、それより前のループで見かけ、自分の行動の影響を受けていないのにループ中の行動が変化したことから類推したとする方が自然か。
三 殺人の動機。
ループ中は殺人を犯しても、消える。そのため禁忌とされる行動に興味を持ち行った。快楽目的などが考えられる。
四 なぜサンドロに執着するか。
上で上げたように快楽目的であれば、何度殺害しても違うリアクションをしてくれるループ者の方が、より快楽を得られるから?
五 実はモンテカルロは死んでいなかった。
モンテカルロは前日に死んでいる。しかし、何らかの異常事態、時間跳躍などが起き、まだモンテカルロが生きていた過去から、時間を超えてやってきている。
……どれも推測にすぎないなあ。
まあ、いい。
他にもモンテカルロが登場したループの記憶はある。
それらを見てから考えるとしよう。
ニカノは人の殺される姿を見ながら、静かに思考していた。
本人は気づいていないが、そういった人間の記憶を少年はすでに見ている。
一角獣の月三〇日をループした貴族レナート・ヴィスコンティだ。
レナートは愛人の殺される原因を探るため、薬まで使って心を殺し、愛する人の死を見続けた。
その記憶の影響がいまだニカノに残っているのか、それとも記憶を見続けることで精神がマヒしているのか。
同じく記憶を見続けた師匠ステファニー・スカリアも、ニカノと同じ状態になったのだろうか。
次の記憶は二角獣の月二十二日。
山籠もり中で、ループ中誰とも人とは遭遇しなかった男、テオフィロ。
訂正、モンテカルロとだけ遭遇した男。山人、テオフィロ・キエーネ。




