6 2月22日 引きこもり少女の記憶
二角獣の月二十二日 7
リナ・コルデロはそこそこ裕福な商家に生まれた。
娘を身分の上の家に嫁がせようと、教育を受けさせる両親。
教育だけでなく、同時に愛も受けた。
故にリナは否定できず、破綻した。
リナは実家の自分の部屋に籠りきりとなった。
両親も強くは出られず、引きこもりとなった。
そして、ループが起こったが、リナは気づかなかった。
起きて、本を読んで、寝て。
変化のない生活を送っていたリナにとって、ループが起きようと起きまいと、その生活に変わりはなかった。
朝起きて、寝ながらベッドで本を読む。
昼食を食べて、腹ごなしに室内を歩きながら本を読む。
夕方は本の山を自分の周りに配置して、すぐに次の本が手にできる態勢をキープ。
就寝前に、ストレッチに軽く本を読んで、内容を反芻しつつ床につく。
部屋にある本をすべて読み切ってしまうと、またもう一度読み返す。新しい発見もあり、技術書、魔法書などは読んだことを実践してみたりもする。
新しい本が欲しくなると、食事のトレーにそっとメモを添えておく。
だが、さすがにループが続いてくると不審に思う。
ずっと同じメニューの食事が続くのだ。
こ、これって、どういうことなのかな。
両親からの何らかのサインなのか。
へ、部屋から出てこないと、ずっと同じ食事を食べさせるぞ……ってこと?
……ど……どうしたらいいのかな。
リナは悩み、現実逃避に本を手にするのであった。
まあ、この人がどんな人物で、ループに気づくかどうかは、別にどうでもいいんだけどね。
この人の記憶で重要なのは二つ。
ずっと引きこもっているので感染経路が限られてくるってこと。
この調子でずっと他の人と接触しないのにループが続くなら、接触感染ではない可能性が高まる。
あと一つは……。
現実逃避していたリナは、本から顔を起こす。
そして、指を立て、時間に干渉しようとする。
読んでいた本は魔法書。
著者はステファニー・スカリア。
リナは独学で時間魔法を学び、発動させようとしていた。
まあ、「魔法」と言えるレベルじゃないけどね。少し時間に干渉し、時が揺れただけ。
それでも独学でその域に達するのは尋常でなく、ニカノは彼女の才を認める。
一方、時間の揺れ自体を感知する方法をもたないリナの認識では、魔法を使おうとして失敗しただけでしかない。
でも、ニカノにとってはそれでいい。
この記憶で見るべき二つ目の点。
ループ中に時間魔法を使うと、時間にどのような影響が出るのか。
この二つの点をニカノは探っていく。
二角獣の月二十二日 12
失敗していると思っている魔法を使うものはそうはないない。
リナは今日も同じメニューの食事に悩みながら、本を読む。
習得しようとしてではなく、魔法書を読んでいるだけで使えるようなったのは大したものだ。
師の元で学んでいる他の教え子の誰より筋がいい。
惜しむらくは、時間を感覚として捉えることができないことかな。それさえできれば飛躍的に成長できるだろうに。
そんな感想を持つニカノは、師をひたすら見続けていることで時間の流れを捉えることに成功していた。
二角獣の月二十二日 43
同じメニューでも、それはそれでいいかなとリナは思いだしていた。
部屋から出て波風が立つより、同じご飯を食べ続ける方を選ぶ。
リナのループは、ループ前と全く変わらず進行していた。
何度か確かめてみたが、ループ中の時間魔法行使に、特段通常時との差異は感じ取れなかった。
強いていえば、時間魔法の効き目がいいように見受けられた。
それはそういう時もある。日によって効果が変わる。どんな魔法にもあることだ。本人の調子にもよるし、特に時間魔法なわけだから、使う時間による影響も受けやすいというもの。
そういえば、この国のあるアサトリューク半島は、時間魔法の効きがいい土地柄だとか。だからこの地で時間魔法が編み出されたのだが。
それはさておき、魔法の調子が良くなる一日をずっとループしているなら、それはずっと調子がいいはずで、当然のことだとニカノは判断した。
二角獣の月二十二日 77
リナが魔法書も読んで、魔法の練習らしきものをしているのは、部屋から出ないでデキることを彼女なりに考えた結果だった。
あくまで部屋から出ないことは前提で、家の役に立つことを探した結果、魔法が使えるようになれば、と彼女は思った。
あくまで部屋から出ないことは前提で。
ずっと研究室に引きこもって魔法の研究。
一般の人が想像する魔導士には、そういう姿も多い。けれど、実際にはそんな魔導士はそういない。
魔法の研究にはかなりの金がかかる。
引きこもって自分の研究に没頭できるほどとなれば、よっぽど高名な魔導士か、研究に相当の有益性が認められないと無理だろうね。
太いスポンサー。それが必要。
彼女の実家はどうだろう。規模的にはちょっと無理かな。
13にしてすでに本職の、百人単位で所員を雇うことが可能な国家魔導士の職にあるニカノのダメ出しがされた。
ステファニー・スカリア著『時の流れに道を付ける』を読みつつ、使えない時間魔法――その実少しだけ使えている――を試してみながら、リナは思いを馳せる。
時間魔導士にして国家魔導士ステファニー・スカリア。
きっとこのんな人なら家族に誇りに思われているんだろうな。
こんな人なら――こんな人なら、けっ
二角獣の月二十二日 78
リナは本を枕に本を読む。
本が傷んじゃうかな。でも、まあ、いいか……たまにはそんなのも。
ベッドに寝ころんだまま、リナはわざわざそんな態勢で本を読む。すぐそばに枕はあるが、起き上がって移動する労すら厭われた。
ん?
今、記憶の時間が飛んだ?
またか。
こんなタイミングで編集されている?
どういう意図だろう。
師匠を侮辱する発言でもあったのか?
いや、師匠ならそんなことで編纂したりはしない。僕ならこいつの引き込もった部屋に時間振動弾をぶち込むだろうが、師匠がそんなことをするはずがない。
なんだろう?
考えても仕方ないんだけど、少し気になるな。
う~ん……、気になるけど、今はそれより彼女がループの終わりまで他人に接触するかを確かめるべきかな。
ニカノは気を取り直す。
……でも、気になる。
結局リナは本を読んでいるばかりで、誰とも顔を合わさなかった。
そして、ループしていることにも気づかなかった。
どうやって彼女を発見して記憶を取ったのだろうか。
ルッソ伯爵の言によれば、ループ当日ないし翌日に、普段とは違う怪しい挙動をとった人物を見つけ、魔法で真実判定を行い、見つけ出しているそうだが……どうやって?
次の記憶は二角獣の月二〇日。
ダミアーノ・ゴレッティ。
30代男性。
彫刻家。




