4 2月11日 女子学生の記憶
二角獣の月十一日 6
「ヤア、オハヨウ、カルメラ。キョウも……今日は? いいテンキダネ」
「そうね……」
いつにも増して挙動が不審なマルコに会った。
「アアソウダ。ナニカ、ボクにデキルコトはナイカナー」
「それ昨日も聞いた」
「えっ……キノウ? えっ? あれ? えっ? え~~~!」
すごい取り乱しようだ。
「き、昨日? 昨日って何日? 十日?」
「そうよ」
「今日は十一日?」
「それも昨日聞いた」
朝の定例行事を終えてループの情報を共有する二人。
といっても、マルコからの話は前ループまでに聞き出しているので、カルメラが何度も同じ話をするだけだ。
何度もやっているので、さすがに慣れてきたみたいだ。
「……そんなわけで、昨日のあんたと同じく、私は今日を繰り返してるわけ。昨日にあんたのやったことは、きっちり落とし前つけといたから、もう償いとかはいいってことで」
「一体……僕は何をされたんだ……?」
聞いても無駄だと思うけどね。
ニカノはドライな感想を見せる。
前回の記憶に見るべき収穫はなかった。せいぜい、記憶内の時間コントロールが上手くなったぐらいか。
今回はそうでないといい。いちおう期待はある。今回はある出来事が起こると、資料には記してあった。だいぶ先の話だけど。
今回、初の女性の記憶覗きになる。
今回に限った話でもないが、記憶には編集されて飛ばれているシーンがあった。
時間スキップではなく、宝珠に記録せず削除されている。
当然この記憶領域を作ったニカノの師、ステファニーの仕業と考えられる。
最低限の礼儀だろうか。記憶を覗いている時点でそんなものはないも同然だが。
ただし、それがなくてもニカノは早送りを駆使して、シーンを飛ばしていただろう。
相手に申し訳ないとかの気持ちではない。
自分の誇りが傷付くという理由でだ。
もっとも、それをはっきり自覚できているわけでもないし、攻撃的な言動を伴った他責思考としてしか認識できない。
それは記憶を見られている少女、カルメラも同様だった。
二角獣の月十一日 8
マルコとカルメラの二人はループ事情を共有し、協力してループから抜け出す手段を探す。
しかし、進展は一行になかった。
素人にそんな簡単に見つけられたら苦労しないですよね。
「あんたの時はどうだったの?
「う~~ん……なんだか気が付いたら次の日になってて」
その後もあーでもないこーでもないと、議論を続ける。
この時点でも、回数をこなせば終わるという推論は立てられると思うんだけど……。
ニカノの感想を余所に、二人の思索はままならない。ニカノは不思議に思うが、ただの学生にすぐに正しい答えを出せというのは、いささか酷な話である
アレをしただの、これを食べただの、ピントのズレた議論を聞いているニカノは、ちょっとイラつき始める。
落ち着け。こんなことで苛立ってもしょうがない。
今、僕がすべきことを考えろ。
僕ならこんな感情に振り回されず、きちんと自分のやるべきことを整理できる。
自分に言い聞かせるニカノ。
感染経路の調査。
今回、これについては期待できない。
まず、感染先。次の日のループ者が発見できていない。
翌日の二角獣の月十二日にループした人物はまだ見つかっていない。
見つかっていないだけなのか、最初から存在しないのか、それすら判別がつかない。
彼女の記憶を覗いたところで、感染者がいたとしてもそもそも気づけない。
感染経路の特定は不可能だ。
では、カルメラの記憶を覗く意味自体ないのか。
少なくともニカノにはある。
その場面まで飛ばしてもいいと思っているぐらいだ。
ニカノを余所にもめている二人。
それもそのはず、ニカノは実際のこの場には存在しない。後から覗いているだけだ。
二人きりの喧騒は続き、ループを終わらせた切っ掛けについて考えを搾り取られるマルコはどんどん言うことがなくなっていく。
返答に窮したマルコは告白したからかも、とか言い出す。
それは関係ない。
その場にいないニカノは冷たく断定する。
……っていうか、この流れは、またあれをやってしまうんじゃ?
誰に、とか、何を、とかを遮るように、カルメラのあれが発動する。
「私は女の子だが好きだから……そういうのちがう」
会話のキャッチボールになっていないし、「ちがう」とは何が違うのか。
部外者ニカノは国語の先生のような評点を行う。
一方マルコはショックを受けている。
どう反応すればいいか分からない様子だ。
まあ、こっちはいい。
ニカノは気にしない。
どうせマルコの記憶はループで消える。
問題は消えない方、発言したカルメラの問題である。
二角獣の月十一日 9
カルメラは前ループの自分の発言に頭を抱えていた。
なんで? なんであんなこと言ったの?
自分で言っておいて、自分で頭を抱えている。
前ループの女の子が好き発言のことだ。
マルコが告白しそうなそぶりを見せたため、つい言ってしまった。
告白されたくないからではない。本当に女の子しか恋愛対象にならないのでもない。
「なんで、いつもこうなっちゃうの……」
力なく呟く。
いつからだっただろうか。カルメラの口からは心にもない言葉が飛び出してくるようになった。
彼女以外にも肉体の制御が効かず、心にもない言動を取ってしまう人間が現れることがある。
そんな時、この国の人間は決まってこの言葉を口にする。
「精霊のせいだ……」
この国ではそれは心の精霊の仕業とされている。
万物に宿る精霊は、人の心にも宿る。
その「精神の精霊」が悪さをしているため精神の均衡が崩れるという考えだ。
精霊の仕業でカルメラは自身の本心と違った言動を取ってしまう。
彼女の資料にも書かれており、相談を受けたとの記録も残っていた。
ニカノはこの説を信じていない。
精霊は実在する。だが、人の心には精霊は宿らないと考えていた。
彼女たちの言動が本心とは違った形で出力されるのは、精霊とは違う別の要因であると考察している。
ニカノの考えはともかく、カルメラは精霊を信じている。
それに基づいた治療も考えている。
もっともループ中にそんなことはできない。
まあ、本心ではない嘘を吐いても、ループで消えるのだが。本人の記憶以外からは。
だが、カルメラはそれで良しとはしない。
「嘘は……駄目だよ」
妙に頑なな意識を持っている。
この辺、償いとか言っていたマルコとは似合いなのでは、などとニカノは思う。
「……だからホントにしなきゃ」
カルメラは嘘をつくたび、その嘘を嘘でなくすため、嘘を本心にすることしていた。
どうしてそうなる。
嘘で「女子が好き」と言ったからには、本心から女の子を好きになろうとする。
「私は女の子が好き……私は女の子が好き……私は女の子が好き……良し」
この後、学園に行き、マルコに事情を説明し、ループについて相談し、話の流れでマルコが告白しそうになり、また本心にない世迷言を発言し、それを本心にしようとする。
彼女は正しい意味でのループを繰り返し、本心にすべきことを積み重ねていくのだった。
話の流れを変えるなり、マルコに相談しなけりゃいいのに。
ニカノはそんなことを思うが、彼は記憶には一切干渉できない観測者。
カルメラには届くことはなかった。
二角獣の月十一日 52
ようやくだ。
ニカノが待ち望んだループの記憶が来た。
カルメラが少しずつ行動を変え、試行錯誤。その結果、変化した末、たどり着いた場面。
「あ! カルメラちゃん、久しぶりだね。大きくなったねえ」
「おねえさん」
隣のお姉さんが久しぶりに実家に寄ったタイミングで、カルメラがその場に居合わした。
「たまに実家に顔を出すと結婚の話ばかりされちゃって……」
なに!?
「『神童』なんて呼ばれたのはもう10年も前の話なのよって……」
そんなことはない。
「あの……おねえさん……。ステファニーおねえさん! 相談に乗って欲しいことがあるんです」
カルメラが意を決して話を切り出す。
そうだ。相手は時間魔法の専門家。
ニカノの師匠ステファニー・スカリアと、カルメラはお隣さんだった。
ステファニーがループ感染者と、この時点で接触していた。
もっともステファニーの記憶はループにより消えてしまう。この会話も。
しかし、宝珠に映した記憶を覗いた時点で、ステファニーもこの記憶を見ている。
カルメラはステファニーにループについて相談する。
この次の日、二角獣の月十二日の記憶宝珠はない。
発見されていないのか、それともこの日はループした者は存在しなかったのか。
……それとも、自分の記憶にあるのでわざわざ宝珠にする必要がなかったのか。
ニカノが思考を進める間も、カルメラたちの話は続く。
「……う~ん、それは―――~~ーー-≏∸≂≋≂≂≂≂
時間が飛んだ。
ニカノの意識は記憶領域から現実の研究室に帰ってきていた。
一瞬何が起こったか把握できないでいたニカノだったが、すぐに状況を理解する。
記憶の編集だ。
カルメラの記憶領域はあそこで終わるように編集されていたのだ。
なぜあそこで。あのタイミングで。
あそこでループが終わったと言う訳ではない。
ステファニー本人の残した資料では、カルメラのループは76回で終わったと記されている。
なぜ飛んだ?
師匠だ。
師匠がこの後の会話は残しておかない方がいいと判断したのだ。
いったい、あの後何が?
そもそもこの宝珠は何のために残してある?
研究のため?
一度見ればもう用はないし、国家の許しは得ているかもしれないが禁術の証拠品はあまり残しておきたくはないはず。
ニカノの中では一度見たものは、もう用のないものになる。それが他人にも同様だと思っているが、そんなことはない。人は忘れるし、一度でははっきりと記憶できない。
それに思い至らないニカノはさらに進んで考える。
誰かに見せるために残していた?
誰に?
当然自分に。
ニカノは頭を振る。
これ以上考えを進めるには情報が足りない。
ステファニーはループに感染していたのか。カルメラから感染させられたのか。
編集された記憶の内容と失踪に関係はあるのか。
この記憶から何かヒントが掴めるかと思っていたが、収穫は編纂の跡があることだけであった。
その実、あの後の会話の内容を知りたければ簡単だ。
国家魔導士が国家の命を受けて調査しているのだ。
官憲も動かせる。
カルメラからあの後に交わした会話を聞き出せばいいだけのこと。
しかし、ニカノはもう一度頭を振って、その考えを追い出した。
師匠が見なくて良しとしたものなら、あえて知る必要はない。
ニカノはそう判断した。
この時点では。
とりあえず、禁忌の魔法内での人格の混乱は、どうにかできた。
時間魔法で、記憶内の認識時間を少しずらせば良い。
身の危険にさらされた時、目の前の光景がスローに見える現象が起こる。
それに類似した現象を任意で引き起こす。そういった時間魔法もある。それを応用すれば容易かった。
師匠がそれに気づかないはずがない。
ステファニーの失踪が、記憶魔法の後遺症という線は消えた。
しかし、肝心の師匠の行方については、手掛かりは掴めなかった。
あと、ループ現象の解決についても。
ニカノは疲れを確認し、問題ないと判断した。
次の記憶宝珠に手を伸ばす。
その記憶は、発見された中で一番日付が古いものだ。
一角獣の月三〇日。
夫人と愛人の間で揉め事が起こっていた貴族。レナート・ヴィスコンティ。




