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ループ感染 Leap year  作者: 園日暮


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Last Turn 時をかける


 話の前に、二人は一旦移動した。

 今にも消え去りそうな始祖の幻影を本人の研究所に残し、ループ者の幻影が闊歩する王都を移動。ステファニーの研究所にやってきた。

 通常空間にあるそれと全く同じ研究所に。普段は所員でごった返している研究所も、ここでは誰もいない。


 家は別にあるが、二人ともずっとこの研究所に籠った生活を続けてきた。


 「私はずっと、子供のころから魔法の研究だけを続けてきた」


 ステファニーの姿はいつの間にか元に戻っていた。


 「それでつらいと思ったこともないし、結婚なんて興味も抱かなかった。ずっとそういう人間だと思っていた」


 ステファニーは誰に語り掛けるでもなく、独り言のように言葉を紡ぐ。

 ニカノはかしこまって、清聴している。


 「でも、違う時もあったんだ。わずかにだけど」


 ステファニーの姿が、前よりもさらに若返った。ニカノよりも二、三歳ほど若いだろうか。


 「このぐらいの頃、ちょっといい雰囲気になった男の子がいたんだ」


 慕っている師の過去の色恋沙汰を聞かされるニカノの気持ちはいかがだろうか。

 ニカノはかしこまった顔を崩さない。


 「でも、それより魔法の方に興味があったから、それ以上進展することはなかったし、後悔することもなかった。思い出すこともなかったかな。日々充実していた。…………でも実際には、そのころから全く成長してなかったんだ」


 再び、ステファニーの姿が妙齢の女性のものに戻る。


 「君を引き取って、君が育ってきた時、それが分かった」


 分かってしまった。ステファニーはそう告げる。その瞬間のステファニーの瞳には憎しみが宿っていた。

 顔をしかめるニカノ。

 少年には、それがステファニー自身を焼く憎しみであるということが見て取れた。


 よりによって、彼を。あんな目に会った、彼を。そういう目でいている自分に気づいた。

 これほど自分に失望したことはなかった。


 しかし、もっと業は深く。

 だが、ことはそれでは終わらなかったのだ。


 ステファニーはその感情を隠し、少年と過ごした。

 無事隠しおおせていたのは、それほどその感情が激しいものではなかったのかもしれない。


 それは良いことだ。

 彼女はそう思おうとした。


 或いはニカノはそれでも受け入れたかもしれない。


 想像した。


 少年の隣にいる自分。彼女は自分の想像に拒否反応を覚えた。

 あまりに、不釣り合いだ。


 彼女の心はそう判断した。


 吐き気さえ覚えた。実際、吐いた。


 自分はどうしようもない。

 そう思えば、諦めもついた。その手の感情はすべて捨て去り、無きものとして過ごす。それがいい。


 そこに変化が訪れた。


 それは良い変化だったろうか。普通に考えればそうだろう。


 ステファニーの少年に向ける感情は、薄れてきた。


 良いことだ。


 少年の成長と共に、その感情が失せてきていっているのを感じた。


 己が相手に相応しい年代であり、相手も同時に特定の年代でなければならない。


 彼女は己のおぞましさに恐怖した。

 同時に、少し安心もしていた。



 ()()()()()()()()()()



 このまま時間と共に、彼女の感情は失せ、それ以前の自分に戻る。


 そう思っていたステファニーの所に、ループ現象の調査依頼が来た。


 調査の中で彼女は見つけた、可能性を。


 できてしまう。

 おぞましき理想を実現できてしまう。

 時間さえもねじ伏せて。


 彼女にはそれだけの力があった。


 おぞましいと感じながらも、葛藤はなかった。試してみた。自身に時間魔法をかける。



 それは師匠(せんせい)にありそうな挙動だと、ニカノは思った。

 後先考えず、まず体が動いてしまう。そういう人だ。


 その思考はこの話を前にして、彼なりの現実逃避だったのかもしれない。



 いくらかの試行錯誤の末、彼女の時間魔法とループは重なり、気が付けば彼女はこの空間にいた。

 この空間でなら、彼女は自分を若返らせることができた。


 そこでステファニーは正気に返った。



 「……これで話は終わり。この罪人はここに閉じ込めておかないとダメ。ここで時間のズレを修正していれば、ループ現象も起こさないで済むだろうし」


 口にはしなかったが、青春を犠牲にして築き上げた前人の及ばぬ実績。それをニカノにあっさり超えられた。それに対する感情もあっただろう。

 それと自責が入り混じり、ステファニーはこの結論を出した。


 口にしなくてもニカノはそれを感じ取っていった。


 肝心なことは何も感じ取れなかったのに。


 ニカノはこの期に及んで、自分を責めた。

 師の感情を秘かに読み取り、自責で自分を追い込む前に何らかの解決策を見つけ出すべきだった。


 実際に気づいていれば、見つけ出せたかは、論外。


 師匠の望みを叶えるべし。

 それが自分のすべきこと。

 ニカノはそう考えた。


 ステファニーの今の望み。それはこの場に閉じこもること。そして、ニカノはこの場にいてはいけない。己のおぞましき欲求に人を巻き込んではいけない。それが師の望み。同時に師の欲求に答えるには、ニカノの時間を進めてはいけない。


 他人から見れば、ふざけた話にしか見えないだろうが、ニカノは真剣にこの命題に向き合っていた。



 「……だから君は帰りなさい」

 「分かりました」


 ニカノのステファニーへの感情で、最も大きなものは、名を付けるなら『信仰』。


 「この空間ならできると思います」

 「?」


 時間魔法『時の幻影』は己の過去を切り取って、顕現させる魔法。

 理論上は未来の自分でさえ切り取って出現させることができる。


 一年分の自分の時間を切り取って、ここに残す。

 そのニカノは一年が経つと、ループして一年前に戻る。永遠に年を取ることのない、時を跳躍(リープ)して、一年を円環(ループ)する少年。


 「……捧げます。どうか……()を、愛してあげてください」








 三頭獣(ケルベロス)の月 29日

 


 ニカノは、ルッソ伯爵に事の顛末を説明していた。


 「ふむ、つまり、ループ現象を解消するため、スカリア国家魔導士が自ら生贄になってその空間に残った……と」


 もちろん、師の名誉に関することは口にしなかった。


 「……それで、師だけを犠牲にすることを良しとせず、自分も一年分の時間を贄にしてきた、と。そういうことかね」


 伯爵はニカノを見上げる。

 伯爵は矮躯である。

 ニカノに調査を命じに来た時には二人とも変わらないほどの背丈であった。

 それが今は、伯爵よりニカノの方が背が高くなっていた。

 あの空間に切り取って置いてきた己自身。己自身の時間、一年分。その分だけ、少年は成長していた。

 背は伸び、その容貌はすでに少年期を逸脱しつつある雰囲気を醸し出している。


 しばらく人前に顔を出さず、急に成長期が来たとでも言えば、その変化はごまかせるだろう。

 伯爵はこの現象の事態も、解決も、あまり公表したくない。


 「……ともかく、これでループ災害は収まったということだな」

 「はい。……或いは何千年、何万年後かには、また発生するかもしれませんが」

 「そんな先のことまでは、面倒を見切れんよ。その時代の為政者が対処すべきことだ。……うむ。ご苦労だった」


 伯爵はニカノより提出された、報告書を手に、研究所から出た。


 スカリア国家魔導士の処理は、任務中殉職とするか。

 しかし……。


 時間魔法の行使は時間崩壊を起こす可能性がある、か。


 時間魔法の取り扱いには厳重な注意が必要。

 ループ者の中に、無意識で時間魔法もどきを使えている人間を発見。ただちに、家より引きずり出して、暴発させないように魔法のコントロールを覚えさせる必要あり。

 それ以外にも時間魔法使用者がいれば、探し出して、無文別な行使を制御すべき。


 そう記された報告書を伯爵は眺める。


 このことを公表すればどうなるか、伯爵は考える。

 最初に想像した危惧。周辺諸国による連合。国境の封鎖。感染を防ぐための処理。


 おそらくそれらと類似したことが行われるであろう。


 これは国家機密とし、アサトリューク連邦王国が続く限り、国内にて管理する。

 そのように決議をまとめよう。


 では、連邦がなくなった後は?

 それは、連邦の後継国が考えること。

 秘密を守り続けるなり、公表して連邦に――決議に名を連ねるルッソ伯爵にすべての責任をなすりつけるなり、好きにするがいい。


 「そんな先のことまで、面倒を見切れんわ」


 伯爵は吐き捨てると、王城に向け足を進めた。




 最年少主席時間魔導士となったニカノ。

 伯爵が辞し、少年は研究室に一人佇んでいた。


 現在はまだステファニーの研究所だが、いずれ彼に引き継がれ、ニカノの研究所となるだろう。


 その一室でニカノは目を閉じ、想像する。


 そこは時の流れから逸脱した空間。

 そこでは、一年経つたびに再びループして一年前に戻る、年を取らない永遠の少年が、同じく少女と築く、楽園。


 美しくもおぞましい、背徳の楽園。


 ニカノの理想は叶えられた。それは師の幸福。


 ニカノは笑い、その顔を手で隠した。

 成長したその手は、彼の顔の半分以上を覆うことができるようになっていた。


 その手の隙間から、一滴の雫がこぼれ落ちる。


 ニカノの色素の薄くなった髪の根元には、かつての色を戻した髪が伸びてきていた。




 暦は、三頭獣の月を過ぎ、四足従(ガーゴイル)の月に至ろうとしていた。




                   了


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