16 時元限界領域 2
待ち望んだ、師匠との再会。時間にすると、そんなに大したものではない。わずか半月ぶりほどの再会。それでもニカノは言葉が詰まって出ない。
記憶宝珠で体験した日数を含めれば、一年以上か。ただ早送りやスキップも駆使していたので正確なニカノの体感時間はもう誰にも分からないことになっている。とにかく暦上以上に懐かしい再会なのだった。
そのニカノとは対照的にステファニーには、どこか突き放すような様子があった。
「私がここに来たときは、その始祖様の幻影、もうちょっと話が出来たんだ」
事務的に、連絡事項を伝える態度。
格好も普段よりカチッとした正装だ。式典に出席する時しか着ないような服を着ている。
「そのせいかも。それで急激に劣化が進んで、取り急ぎ記憶だけ取り出しておいたんだ。……それで大体のことは分かったよ」
ステファニーの手には、ニカノにも見覚えのある宝珠があった。例の禁術にて始祖の幻影の記憶を取り出したものだ。
「この空間は始祖様が大規模儀式魔法を使うときに作った時間の狭間。『時幻の軍勢』なんかを使うときに利用したみたい」
何千何万という兵士が自軍のみが動ける時間を持ち、存在しない幻の軍が一斉に敵兵に突撃をかけた。連邦建国戦争に語られる逸話である。
まるで講義を受けているよう。
戸惑うニカノ。
「ここから脱出する方法は、やっぱり『時の幻影』を使うこと。幻影の再現時間を限りなくゼロに近づけて出現させると、時空連続体の反発作用が発生して、その反動でこの空間からはじきだされるから。……分かったら君は帰りなさい」
「師匠はどうするつもりなんです」
ニカノの戸惑いは消えた。
ループに関する調査。ステファニーの失踪と同時に発生報告が消えたループ。
ステファニーのレポートに書きなぐってあった『不老不死?』という言葉だけは、いまだ意味が分かっていないが、それ以外のことはすべて予測していた話だった。
「私はここに残ります。理由は……君ならもう分かっているんじゃないかな」
その一言でニカノの反論は封じられた。
「……答え合わせをしようか」
時はズレを内包している。それを利用するのが時間魔法。
暦上の時間と、人の認識上の時間、それらと絶対時間とでも言うべきものの間にはズレがある。
この世界の暦や認識では一年は360日。しかし、絶対時間では一年は365日。さらに四年に一度366日になる。
このズレは世界の修正力により修正されてきた。
要は人の認識できない時間が、一年に五日あればいいだけの話だ。
どれだけ一日をループしようが、人にはそんなことは何の影響も与えない。
なぜなら、ループして戻った時間は人の記憶から消える。
ループして消え、ループして消え、ループして消える。
人は何の変哲もない時間の流れを過ごして、次の日を迎える。
人の認識ではそうなるだけだ。
それがこの世界の何の変哲もない理。
つまりループはこの世界の自然現象である。
しかし、始祖が時間魔法を編み出してしまったことで、その理に異変が生じた。
暦と認識時間、絶対時間の間にだけズレがあり、自然にそれは修正されるはずだったのだが、時間魔法の存在により、暦と認識時間と絶対時間、そのすべてにズレが発生することになってしまった。
自然には修正されない時間のズレ。その蓄積はやがて時間崩壊というカタストロフを引き起こす。
それを防ぐために、始祖はこの空間にて時間のズレを修復していた。自然の修正を妨げず、人の認識時間のズレだけを修正する方法。
或いはもっと細かく行えば、ループしていることに人が気づかないこともあり得る。
一日の内に一秒だけループして巻き戻っている時間がありそれを記憶していたとして、人は気づかない。何らかのきっかけで気づいても錯覚だとしか思わないだろう。
それを百万人に行えば、誰にも気づかれずに百万秒の認識時間を稼げる。約277時間以上、11日以上の時間になる。
そんな風にして、膨大な計算の元、認識時間の修正は行われた。始祖の死後は、その幻影の手によって。
しかし、その状況に変化が訪れる。
危険性を悟り、始祖は誰にも教えず、どこにも残さずにいた時間魔法。それを独自に発見して復活させてしまったものが現れたのだ。
ステファニーである。
ステファニーによる時間魔法の復活によって、始祖の幻影は再び、時間崩壊を防ぐための再計算を余儀なくされた。しかし、幻影にそんなアドリブは効かず、ほころびが生まれた。
ほころびを修正しようとして、さらに新たなほころびを生み出し。それを修正するためにさらにほころびが生まれる。
それが今回のループ災害の正体。
ループは自然現象。
人の記憶がループしても残るのは人為。
幻影は人に認識できるほどにループの時間が広がるのも、仕方なしと判断した。
しかし、同じ人間をずっと同じループに閉じ込めておくのは、人の認識力に異常を生むとも判断した。
故に、ある程度の時間を経過させると、別の人間にループ対象を切り替えた。
それは誰でもよかった。
誰でもいいから次こいつ。
ループ者の近くにいたから。誰もいないなら、それはそれで適当に。
それが感染しているような、何の感染にもなっていような、判断のできないケースを生んだ。
身近な者の間でループを繰り返せば、その情報は共有される危険性が上がる。
しかし、幻影はその危険性にかまっているほどの余裕がなかった。
自殺者の発生は避けたい所であった。
認識時間の蓄積も遅くなるし、幻影の元となった人格もまた望むところではなかった。
それで自殺者の幻影を作成してみた。
動きをなぞるだけなく、その瞬間の人格を切り取った自立稼働する幻影。始祖の幻影自身と同様のもの。これで認識時間の蓄積が可能なら、生身の人間をループさせなくても対処できる。
そのはずが、その幻影は人を襲い、ループ者を見分けて襲った。
ますます時間の蓄積に障害が出る。
さらに幻影を作って対処。対処に対して、新しい対処が必要になってくる。ますます末期感が募って来た。
過負荷により始祖の幻影に限界が近づいていた時、図ったかのようにステファニーがこの空間に来た。
「分かりましたか。これは私の罪なのです。私が時間魔法を蘇らせたから起こったこと。限界を迎えた始祖様の幻影に変わり、私がここに残って、時間の調律を行います。ニカノ君……君は帰りなさい」
「納得できません」
「でしょうね」
「仮に師匠の罪だったとしても、ここに残る必要があるとは思えません。始祖のように幻影を残して作業させればいいじゃないですか。元の空間に帰還しつつ、必要があればここと行き来して、問題に関しては一人で抱え込まずに集合知をもって対処すべきです。一人では、一人では対処しきれないのは始祖が身をもって実証したはずです」
ニカノは一息で言い切った。
「……そう、だね。うん、君の言う通りだね。君は正しい やっぱり君の方が 君には私は必要ない。なくてもやっていける。
やっぱり私は、また間違った。……だからこそ、戻れない。戻ると、私はこれからも間違いを犯す。だから戻らない。その資格はない」
ステファニーは一言一言を噛みしめるように、口にする。
「そんな……」
師の意思が固いことを見てとって、絶句するニカノ。
「私は最低の人間なんだ。ここに来て、それを分からされた。あさましく、おぞましい、獣欲の持ち主。だから戻らずここにいたほうがいいんだ。……ここで少しでも人のためになる活動に従事したい。それがせめてもの償いになるんだ。君が思っているような立派な人間じゃないんだ」
ニカノがステファニーに抱いている感情。その中で最も大きなものに名前を付けるなら、それは「信仰」。
「立派とか、そんなことはどうでもいいです。僕は知ってます。師匠は自室ならともかく、研究室でまでタイツをに脱ぎっぱなしにして放り出してるし、寝食を忘れて研究に没頭して、作業しながら摘まもうと用意した軽食を三日机に置きっぱなしにして、それをつまんでのたうち回っているのも見ました」
ニカノの信仰は、実像を見ながら築き上げたものだった。
「……うん。……そんなこともあったかな」
「それでも戻るべき、いいえ、戻って欲しいです」
ニカノのステファニーに抱く感情。その中で一番大きいのは信仰だが、それだけしかないという訳でもない。
「納得してくれないだろうな~、とは思っていたよ」
ステファニーは力なく、困ったようにはにかむ。
そこには少し悲しみの感情が混じっていることが、ニカノには見抜けた。
そんな感情にさせたいわけではない。しかし、このままでは。
ステファニーには確かに、自責の念を抱えむ性質がある、かつて同輩の老魔導士が指摘したことだ。
時間魔法を復活させ、時間の秩序を乱した、その罪を背負い、それを直す作業に従事する。
ステファニーの考えそうなことだ。
しかし、それだけか?
ニカノから見てステファニーの様子には言いよどんでいることがある。隠したい秘密。それがこの場に引きこもらんとする原因のように思えてならない。
それを引きずり出すことがはたしていいことなのか。
二角獣の月二十二日をループした少女リナは、一人で悩み続けた挙句部屋から出られなくなった。彼女を愛していた両親に相談できていれば、また違った結末もあったかもしれない。
引きずりだしたうえで、一人の知に寄らぬ集合知(二人)で解決した方がよいのか。
いかに天才的魔法の才能をもっていたとしても、また年若いニカノにはその判断がつかなかった。
しかし、その頭脳は鋭く回転し、秘密の袋を貫く錐の切っ先は研がれていく。
ループに関する事情は理解できた。
だが、調査の中で見つけた情報の内、一つだけ符合できないものがあった。
『不老不死』
ステファニーの残したレポートにはそう書きなぐってあった。
それがあったから、ニカノは時間魔法を使った不老不死の可能性に気づき、始祖の仕業ではないかと疑ったのだ。
始祖とは関係ないとすれば……残るは一人。
『不老不死』を望んだのはステファニー?
記憶宝珠にはステファニーによる編纂がなされていた。
師匠が見せなくてもいいと判断したなら、見なくてもいい。一度はそう考えたニカノだったが、ステファニーの行方が掴めず、少しでも手掛かりが欲しかった。
二角獣の月十一日。ループ者がループ中にステファニーと接触している記憶があった。その内容は編纂され閲覧できなかった。
内容を知るのは簡単だった。
ニカノはループを経験した当人に聞きに行った。
その日のループ者魔法学園生徒のカルメラ。ニカノも同じ学園に通っていた時期があったが、ほぼ面識はない。
カルメラは、お姉さんの行方を捜すのに必要なら、と話してくれた。君にも関係ない話でもないし、とも付け加えた。
「向こうへ行ってろ、ブタ」
と、同じく魔法学園の生徒にしてカルメラの前日にループしたマルコが会話に混ざりたくて纏わりついてくるのを追いはらいながら、彼女は語った。
マルコはループ中の食習慣が抜けず、すっかり肥満していた。
編纂された内容とは、ステファニーが実家に帰った時の話。隣のカルメラの家まで両親との口論の様子が聞こえていた。
口論は、いつまで結婚しないで独身のままなのかといった内容だった。
拾ってきた子供なんて育てているからだ、などという言葉も飛び交ったらしい。
それで自分に聞かせないように編纂したのかと、その時は思っていたが、そうでないとしたら。
ステファニーの隠しておきたい秘密に関わることだから、編纂されたとすれば。
「不老不死……?」
「……!」
ニカノの呟きに、ステファニーが反応する。
「君も同じ考えに至ったんだね。やっぱり君は優秀だ」
賛辞の言葉が、今は全然うれしくない。
そこには優秀なら、自分はもういなくてもいいだろう、という響きが込められていたからだ。
ニカノが、その言葉に反応して、ステファニーに目線を戻した時、そこにいるステファニーの姿が変わっていた。
別人? 違う。若返っていた。
そこにいるステファニーは、記憶はそのままに、ニカノと同年代まで肉体の時間を戻していた。
「ここでなら、こういうこともできるんだよ。時間魔法の行使しやすい空間だからね」
同じ目線でステファニーに囁かれたニカノ心臓が跳ねる。
「……それで、ですか? ここでなら不老不死でいられるから、ここに残る、と?」
それは誰でも抱く願望ともいえよう。また彼女自身が口にした、あさましい願望ともいえよう。
しかし、その時、ステファニーは同時に何と言った?
彼女は、元の空間に戻ったら、間違いを犯すからここにいる、とも言った。
「……やっぱり、隠したままじゃ、帰れないよね」
自身の出した答えに納得していない様子のニカノに、ステファニーは、それを明かすことした。
それもまた、自身の罪の償いであるとするように。




