11 2月27日 ナンパ師の記憶
現在のループ災害の原因は時間魔法創始者ベルナルド・アマーリエかもしれない。
その疑惑はニカノの精神に予想外の衝撃を与えた。それでもニカノはその説は外れていると思えた。
正直アマーリエについては国の偉人伝記で呼んだ程度の飾り立てられた知識しかなかった。
しかし、今は王城書庫にてアマーリエの残した直筆の書を見た。
そのから感じられる人物像と、この現象を引き起こす人物像とは繋がらないのだ。
ただ、仮に今も生きているとすれば、二百年近く生きてきたことになる。
それだけあれば、人が変わるなど、可笑しなことでもない気もする。
悩みつつもニカノは、もう残り少なくなった記憶の宝珠を手にする。
彼にとって最も肝要な、師匠の行方の手掛かりはいまだに掴めていないのだ。
二角獣の月二十七日 9
「え~、そんなことないよ~」
「別に……」
「ふざけないでください」
「あんがと」
「それで?」
「今度は私に何をさせるつもり?」
「うざい」
「…………」
「嘘くさい」
「誰にでも言ってるでしょ」
「うっとおしいよ、あんた」
「あ~んもう、ダニーったら。え? 何か言った?」
これらはすべて同じ言葉をかけて帰ってきた反応である。なんともとりとめのない言葉の羅列であろう。大部分が否定的な返答であるが、その多様なこと。
人と人の交流からは無限の分岐、可能性が生まれる。
だから、ナポレオーネ・ベリオはナンパが好きなのだった。
さらにループを利用すれば未知なる可能性の地平線が見えてくる。
本来なら初対面の時だけの初接触。
それが同じ人物に、違う言葉で、何度も初接触ができる。
「失礼」
ベリオの言葉にそれだけを返し、黙礼して去っていく女性。
まるっきり相手にされていないわけだが、こんな相手に対しても多様な反応を引き出せる可能性が生まれる。
ループが起こったら、また同じ時、同じ人に、違う言葉で接触。選べる選択肢はほぼ無限にある。相手の反応もまた無限に等しくなる。
ベリオは一回目の今日に声をかけて、すげなくあしらわれた女性に、毎回声をかけていた。はたしてこの女性はどんな言葉をかければ、どんな反応を示すのか。それを知るためベリオは懲りずに彼女に会いに行く。
これまでの結果は全戦全敗。すべて「失礼」だけしか返ってきていない。しかし、可能性は無数に存在する。こんな彼女でも芳しい反応が返ってくる言葉が存在するだろう。
可能性は無限。
ただ、ベリオの根気は限りなく有限だった。
一人の女性を対象に毎回違う言葉でコナをかけて反応を見る。その試みは、違う女性に声をかけてみたくなり、あえなく費えた。
ナポレオーネ・ベリオ。
彼は二日前、二角獣の月二十五日のループ。カレン・キエーネの記憶にも登場していた。
自警団のメンバーの一人だ。
いつも軽薄そうな薄笑いを浮かべ、格好もそれに準じるスタイルをしている。
本人の主張によると分かりやすさ優先だそうだ。
彼は他人のことが知りたい。だから女性に声をかける。
自分のことも知ってほしい。だからまず外見で自分を主張する。
当たり前のことのようだが、なんだか少しヒネている。
分かりやすさ優先で自分の装束を決める。自分が軽い人間か、硬い人間か。自分で取捨選択して軽い方を選んだ。本性もそっち向けだと主張する。
実際の所、この人は軽くて重い。
それがニカノの正直な感想だった。
二角獣の月二十七日 33
ループも繰り返すと飽きてくる。
無限に可能性のあるナンパだが、人には類型によるパターンというものがある。
代り映えしない反応しか返ってこない時も多い。
変化を求めて敢えて暴言・暴挙を繰り出すという手もあるが、ベリオはそれを嫌った。
結果代り映えしない、ナンパとリアクションが続く。
そもそもベリオは幅広くいろんな相手に声をかけて回っているだけで、ナンパの手管のバリエーションが豊富なわけではない。
その中で広く薄く付き合いを持ち、伝手を広げ、情報を拾い上げ繋げ、それを有機的に回す。
それが彼の情報収集の手段だった。
その手腕には優れているが、深い関係の人間はいない。
それに、そんなに経験豊富でもない
普段は仕事をして、余暇にナンパをしているに過ぎない。
今日もベリオは懲りずにナンパに出かける。
このナポレオーネ・ベリオの記憶で見る所は、別に本人の人格ではない。
多種多様な人物に接触している点だ。そして、恐るべき場所にたどり着いたこと。
それと特筆すべき点としては、彼がループを知らせてきた人間であるということだ。
それによって政府にループ現象が起きていると発覚した。それまでに紆余曲折あったのだけど、それも本人にとっては、他者との心躍る交流? というやつだったのかもしれない。
二角獣の月二十七日 ?
とぼとぼ歩く。その歩みに力は無く、今にも倒れそうなほどに弱弱しい。
なんてつまらないところに来てしまったんだ。
それがベリオの心境であった。
昨日一日、散々歩き回った。目的はもちろんナンパである。そして、返ってきたのは絶望絶望絶望。
こんなことになるぐらいならいっそ――。
なぁんてな。
一日や二日成果がなかったぐらいで、それはないわ。
昨日までと何も変わらない街中を一人さ迷い歩くベリオ。
そう、街は何も変わらない。だたそこには、人がいなかった。
すると、あまりにも暇。
あまりにも暇なので、悲しみに暮れる人ごっこをやってみた。
一人で粗末なベッドに座り、膝を抱え込む。心が悲しみに支配され、何もする気が起きない。
ただただ、無為に時間が過ぎていく。
寂しい一人遊び。
何時間ほどそうしていただろうか、ずいぶんと懐かしい感触だった。昔はよくやったものだ。一人で考えて、一人で実行して、一人で終わる。自分一人だけで完結する一人遊び。
余りにも一人なので久しぶりにやってみたが、やはり自分には他人と遊ぶほうが楽しい。
ベリオは立ち上がり他者と交流するために、軽薄な笑みを作り家を出た。
人と交流するのはいいけど、別に女性限定でなくてもいいだろ。
ニカノは疑問に思ったが、それは流した。
こうなったのは前々回のループでのナポレオーネ・ベリオの行動による。
ひたすらに顔だけは広い彼は、ナンパだけでなく自分の身に起こった現象について探ってみることにしたのだ。
時間が一日戻っている。この国には時間魔導士がいる。つまり僕と師匠だ。
僕は彼に会った記憶はない。
ループ中に合っていればその記憶は消えるので、確実に会っていないとは言えなかったけれど、彼の記憶を見る限り僕にも師匠にも会えなかったようだ。
国家魔導士とはそう簡単に会えるものじゃない。
その方法に見切りをつけた彼は、別方面から時間魔法に付いて探った。
例えば、始祖の残した魔道具。
そんなものが残っていないか。
伝手――やはり女性中心に――を最大限に生かし、彼は見つけた。
国立魔導博物館。それは元は始祖の研究施設のあった場所。始祖の死後、博物館という形でその痕跡を残した。
始祖はそこで時間魔法の研究実験を行っていた。
その場所。始祖には場所にこだわる理由があった。
王城の秘蔵図書にすら残っていなかったそんな情報。噂程度のもの、それも大昔の――を元に、ベリオは親しくなった博物館職員に頼み込み、一般客には入れないエリアに侵入した。
見つかっては捕まり。
探っては何の成果もない。
そんなループを繰り返して、彼はそれを見つけた。
「なんだろね……これ?」
それはメトロノームのような大きさと機構の装置。針が左右に振れるようにできている。
彼には分からなかったようだけど、僕にはすぐに直感するものがあった。
あれはおそらく時空震測定器。
時間の流れの揺れ、それを測定する道具なのか?
時間の流れを認識することが時間魔法習得の第一歩。魔力でもってそれを望んだ形で揺らし、望んだ結果をもたらすことが時間魔法の原理。
ただ、時間の流れや揺れの感知は個人の感覚に委ねられ、第三者の目には計れないものとされている。
だからこそ、始祖の没後、師匠が現れるまで誰も時間魔法を使える魔導士はいなかった。
だけど、始祖がそれを測定する器具を作っていたとするなら……話は大きく変わってくる。
僕はそんなものの存在を全く知らない。
別にそれはおかしくない。
一度途切れた時間魔法の系譜を、師匠が再び一から紡ぎあげたんだ。始祖から継承されていない秘儀の一つや二つ、いやもっとあっても全然おかしくない。
それはさておきベリオには、その器具がなんなのか、さっぱりの様子だった。
そりゃそうだろうね。
振ったり叩いたりしているけど、何の反応もない。
せっかく時間をかけて見つけたのにその有様で、がっくりきているみたいだ。
突時、その器具の針が激しく揺れた。
時間の揺れが起こっている。
ループの開始だ。
捜索に時間をかけすぎたことで、ループの時間になったのだ。
計測器の振幅は、針が振り切れそうなほどになり……、そして時間が捻じ曲がる。
ループして二十七日の最初に戻るはずが……、いや、戻ったのかな?
彼は二十七日の彼の家のベッドで目覚めた。
ループ起点では彼はまだ寝ている。起点から目が覚めるまで何時間か経過して、目覚めた彼のいる場所は、これまでのループと同じ。時間も同じ。
ただ、人がいない。
人だけでなく、生物の息吹を感じさせない静寂の街にいた。
誰もいない街でベリオは精力的に動いた。
生物がいないことに気づき、花屋や観葉植物をチェック。地面を掘り返してミミズがいないか調べる。
そしてベリオは、動くものを見つけた。
「ゲェ……」
よりにもよってそれはモンテカルロの幻影だった。
このモンテカルロの幻影とベリオは二角獣の月二十五日に何度もループ中で交戦したのだが、当然ベリオにはループしなかった最後の二十五日の記憶しかない。
ベリオにとっては交戦した通り魔で、自分の知らないうちにカレンたちによって確保されていたが、いつの間にか逃げていたという記憶しかない。
「やっと出会えた人が、こいつかい」
ベリオは距離を取り、モンテカルロの幻影を観察する。モンテカルロはこちらに気づかず歩いていく。
通り魔も人がいなけりゃ通行人……か。
やがてモンテカルロの姿がベリオの視界から消えた。
ベリオは一つため息を付き、モンテカルロの向かった、反対の方向に歩き始めた。
それは正解だった。
「――さぁてと……あら?」
モンテカルロの向かってきた方向に、またも新しい人影を発見したのだ。
こんどは通り魔じゃないだろうな。
ベリオはそう思いつつ、いつもの通りに声をかける。
「あ、そこなお嬢さん――」
そこでベリオの記憶は終わる。
ニカノは思う。
記憶を見た限りだと、女性だとは判別できなかったと思う。
それなのに彼は迷わずお嬢さんと声をかけていた。
ただの願望かな? それともナンパ師の直感で女性だと見抜いたのか。
ループ中での彼の言動を見ている限り、ただ願望だと思う。
つまりあの人影の性別は分からない。
ベリオのループもそこで終わり、次の日にベリオは伝手を使い、この話を信じてくれそうな対象に伝えたのだった。ループ中は、ループしてしまうので築けなかった伝手を作って。
なお、その時の証言によると、やはり女性とは限らなかったが、お嬢さんだといいなという希望で声をかけたのだそうだ。
ベリオの希望はともかく、ニカノは見た。
その人物の正体ではなく、ベリオのループが終わる瞬間の時間の揺れを。
それはまさしく時間魔法の発動だった。
やはりこのループは時間魔法によるのもの。時間魔導士が関わっている。
それが何者かは、この際後回しにする。
しかし、ニカノは同時にこの考えの矛盾に気づく。
ループに時間魔法発動の痕跡はない。
そして、時間魔法の発動がなされるのを見た。
そう、魔法の痕跡があった。
ではベリオに時間魔法をかけて、あの異様な場から追い出したように見えた人物。
あの人物はループとは関係ない?
謎の時間魔法使いは存在している。
しかし、ループは時間魔法とは関係ない?
ニカノはまとまらぬ頭で、残った記憶宝珠を手にする。
残る宝珠は一つ。最後の記憶。
これに師匠の行方を示す指標があるのか。
ループ現象の調査すら再び暗礁に乗り上げんとしている中、ニカノはその記憶を覗いた。
最後の記憶。
二角獣の月三〇日 女流小説家 エンマ・グリマルディ 〆切日の記憶




