10 2月25日 顔役のお嬢の記憶
二角獣の月二十五日 7
キエーネ家は王都七番区一帯の顔役である。
付近の住民たちは何かとキエーネ家を頼りとし、またキエーネ家からの要請には進んで応える。どちらも満足する共生関係を築いている。
他の地区と比べても治安が良く、浮浪者も少ない。
そのキエーネ家の令嬢カレンは、自警団を集め号令を掛けた。
「今! この王都は! 通り魔の恐怖に! 苛まれていまーす! 我ら自警団は! 正義と! 人々の安寧のために! このにっくき無差別殺人鬼を! 捕まえなければなりませんっ! そのために今夜より! 夜回りを強化します!」
集まった自警団からおざなりな歓声が飛ぶ。ひそひそと文句も囁かれる。官憲に任せとけばだの、疲れてるから帰って休みたいだのと。
キエーネ家令嬢カレンはあまり人望がない。
まだローティーンの年若い少女でありながら、自身の正義を押し通す正義マンだ。
団員からの感想を集めると、「善行や人助けをやって当然と思っている。人を褒めるということをしない」、「そもそもこの人団長じゃないっすよね?」、「いつも他人の粗だけを探している」、「基本的にいつも自分が正しいと思っている」、とこんな感じだ。
それで助かっている人も少なからずいる。しかし、傍にいるとウザイ。
そのカレンの後ろには二人の男が控えている。
一人は老人。しかし、その眼光は鋭く、昔は裏稼業でならした古強者だ。今はカレンの護衛として付いている。
おざなりな掛け声を上げていたやる気のない自警団のメンバーたちも、その眼光で睨まれれば、文句など言えないし、嫌でもやる気を出さざるを得なくなる。
もう1人は軽薄な笑みを浮かべた若者。しかし、情報に関しては他の追随を許さない、王都一の情報通として知られている。
この自警団の参謀役のような役割を担っている。
老人の号令と、若者の采配で、見回りが始まった。
元々地域の治安を守るためならば、自警団としては望むところではあるのだ。
三々五々と固まって散っていく。
「……では! わたくし達も行きますよ!」
「はい、お嬢」
「ええ~、お嬢様は本部で待っていてくれていいんすよ?」
「そんなことはできません! 許せぬ悪を前にどうして黙ってじっとしていられますか!」
「ははは……そっすか」
若者の本音としては、邪魔だから大人しくしていてほしいのだが、そんなことを直接は言えない。
「ゆくぞ、ベリオ」
「へ~い、アルベルト翁」
ズンズン先を行くカレンに追随するアルベルト老人。相変らず軽薄な笑みを浮かべたまま遅れて付いて行くベリオ。
そんなベリオの頭の中では一つの疑問が渦巻いていた。
いつもこんなもんといえば、こんなもんなんですけれどねえ。な~んかいつもよりさらに前のめりじゃないですかね、お嬢。
最初はそうでもなかった。
いつも通り、代り映えしない小さな悪事を挫いて回っていた。
ループに気づいても、疑問に思えど、やることは変わらなかった。
それが襲撃者の存在で一変した。
あの襲撃者こそ、最近巷をにぎわせている通り魔その人に違いない。
このループは悪漢を片付けるため、天が下した采配に違いない。
そう思い込んだカレンは、己の持てる力を尽くし、対通り魔包囲網を引くのであった。
真っ直ぐに前回のループで襲撃者に遭遇した地点に向かうカレン。
場所が分かっているなら、そこに戦力を集中させればいい気もするが、そのため他が手薄になって通り魔被害が出るかもしれないので廃案となった。
そして襲撃者であるモンテカルロとの対決に入る。
二角獣の月二十五日 46
カレンたちとモンテカルロの対決は22勝14敗3分け。
戦力比較を行えば、カレンたちの方が上。
まず人数差で3対1。その上アルベルト老人一人で勝てる相手だった。いや、むしろ一人なら確実に勝てる。
ベリオは嫌らしく敵の足を引っ張る方法をいくつも持っているし、カレンも戦力的には物足りないが、完全に足手まといというほどではない。自らの危険を顧みない手段でおとりとして輝く時もあった。
さらに周りから駆けつける援軍が間に合う時もあった。
これだけの条件がそろっていて14敗もしているのには理由がある。
カレンは将来キエーネ家を継ぐと目されている。
カレンは父違いの兄が継ぐのが相応しいと思っている。
兄の体格・筋肉・骨。どれも自分よりも頑健で立派。カレンも鍛えてはいるが、どちらがより正義を為せる肉体かは明白。
故に兄こそ家を継ぐべきである。
そんな兄が、当主である父とは血が繋がっていないという、カレン的にはささいなことで家から出ていくなんて……。
実際にはそんな理由で家から出ているわけではないが、カレンは自分の存在のせいだと思い込んでいる。
故に、自罰的に、命を投げ出すような真似をしてでも、善行を積まねばならない。兄を日影に追いやって罪は、相応の功績をもってしないと償えない。
そう思い込んでいる。
同時に自分のやることはすべて善行だとも思い込んでいる。
カレンの護衛であるアルベルトは、キエーネ家を継ぐのは兄の方が相応しいと思っている。そう思い、兄にはいろんな手管を仕込んだりもしていた。今は家を出ているが、それはいずれ年を経れば落ち着くものだと思っている。まったく現役で引退の気配もない現当主のこともあり、焦ることはないと思っている。
その辺もあって、アルベルトはカレンとは気が合う。だがお家のためとあれば、それは別だ。
謀殺したり見殺しにしたりする気はないが、カレンが命を落とすようなことがあれば、それもまたヨシとしている。
そうなれば当主には腹を切って詫びるつもりだ。
ベリオは他人のために自分を犠牲にするつもりなどない。
ベリオは自警団の参謀役のようなことを担っている。
決してカレンの個人的な部下ではない。
キエーネ家とは取引をしているが、配下ではない。
実質カレンが自警団を私物化しているので、彼女に付いてる形になっているだけだ。
キエーネ家の当主は自分の娘のために死ねなどとは決して言わないし、死なせてしまったとしても、子供可愛さに公平さを失うような人間でもない。
見殺しにする気はないが、自分から死地に飛び込んでいくお嬢の道連れになる気などまったくない。
お仕事は要領よく終わらせて、趣味のナンパに興じたい。
つまり、誰もカレンの命を必死に守ろうとする者はいないのだ。本人さえ。
二角獣の月二十五日 47
22勝15敗3分けで迎えた、47度目のループ。41度目の勝負。
今回もカレンの敗北に終わるはずだった。
迫る刃。引き離されている護衛。防ぎきれないカレン。
その凶刃が肉に食い込む。
刃渡りよりも太い腕。圧縮された肉。それがモンテカルロの刃を受け止めて離さない。
カレンの前に立ちふさがり、その命を救ったのは、山のように大きな背中。見た目など全く気にしない実用性だけ最優先した使い込まれたボロ着を纏った青年。
前日、二角獣の月二十四日ループ経験者、山の人テオであった。
「あにさま!?」
突如として。そう突如として出現したテオにカレンは困惑を隠せない。
その異常事態に何の躊躇もなくモンテカルロは、テオのことをいないものとして、再度刃を振るいカレンの命を狙う。
そこにテオの姿はなかった。
代わりに矢が撃ち込まれた。
矢はモンテカルロの肩にめり込み、倒れ伏させる。
テオは荷物から取り出した矢の切っ先を直接モンテカルロに叩き込んだのだ。
そして、時間が来た。
時間はまた戻る。
二角獣の月二十五日 48
やはりこのループ現象は天の采配だった。
カレンは確信を深めた。
悪漢を始末できるだけでなく兄まで呼び寄せたのだから。
その兄の異常な登場と、異常な移動については疑問に思っていない。
狂人だね。
ニカノは冷酷にカレンの言動を切って落とした。
……けど彼女の兄への献身の精神には理解を覚えた。
そう、相応しい人が相応しい立ち位置に就くべきなんだ。
そのために自分が邪魔なら、なんとか自分を処理すべき。
さらに、ニカノは確信を得ていた。
まさしくあの動きは、時間魔法「時の幻影」と同じ特徴の動き。
ニカノが王城まで行って探し当てた時間魔法「時の幻影」。それは過去より幻影を呼びだす魔法。
一秒前の自分を呼びだせば、幻影は本人に重なるように出現し、本人の動きを一秒遅れでトレースする。
すでに死亡した人間の幻影を呼びだし、生前の発言を再現させることもできる。
さらに極めれば、ただその場で過去の行動を繰り返させるだけでなく、呼び出し元の人物がこの場にいたらするであろう仮想行動を行わせることも可能。
百年前に死んだ偉人のコピーを呼びだして、自由行動をさせる。そういったことが可能な時間魔法だった。
しかし、あくまで幻影は幻影。
世界の記憶に刻まれた、その時点だけの人格を複製し再現したにすぎない。記憶の蓄積も可能だが、それを生かす仕様にはできていない。失敗をしてそれを記憶させても、また状況で同じ行動を取り、同じ失敗をする。記憶と人格の連動が取れていない。
ひとことに執着し、捕らわれた怨霊のごとき存在。それによりこの魔法は「時の幻影」と名付けたと、師は語った。
ニカノが調べてきた時間魔法創始者ベルナルド・アマーリエの弟子が残した書物にはそう記してあった。
そして、問題はこれから。
ニカノはカレンたちとモンテカルロの幻影とテオの幻影が入り乱れる記憶を背景に並列思考で観察と考察を行う。
確かにモンテカルロとテオの動きは時間魔法「時の幻影」と同様の挙動を見せている。
しかし、現状時間魔法を使えるのは二人だけ。
そのうち一人は他ならぬニカノ本人。後は師匠のステファニーのみ。
だから伯爵にも疑惑を持たれたりもしたが、しかし……
師匠がこんなことをするはずがないし、第一師匠の時間魔法なら発動の痕跡が僕でも確認できる。
では、世に知られていない時間魔法の使い手が他にいた?
同じ時間魔法使いでいながら、片や国家魔導士として華々しく活躍。片や存在さえ認知されない。それで師匠に恨みを?
時間魔法を使い犯行を繰り返す。
必然、時間魔法を使う師匠が解決に乗り出してくる。それを狙って……。
噛みしめた歯が痛みを訴え、ニカノは我に返った。
想像が過ぎる。
時間魔法が使えるのに表に出られない事情って何だよ。
まだ、そうだとしたらいろいろと符合するだけで、時間魔法が使われているとも決まったわけじゃない。
落ち着いて考えよう。
ニカノは目の前の捕物に意識を戻す。
やはりモンテカルロとテオの動きは「時の幻影」のものにしか見えない。
しかし、行使する人間が……。世に出ていない使い手なんてあやふやなものを除けば、時間魔法の使い手は歴史上でも三人しかいないんだ。
師匠と、僕と、創始者。でも創始者はとっくの昔に死んでるわけで……200年ぐらい前だっけ…………え?
……でも……それなら……このループで……いや、でも……。盛大に国葬をしたはずだし……しかし……それなら繋がる。
ニカノの頭の中にはある考えが渦を巻いてうごめいていた。
このループは当人の記憶だけを引き継いで、それ以外はすべて一日前に戻る。
けど、そこで戻るのが世界すべてじゃなくて、当人の肉体だけなら……、世界すべての時間を戻すよりそっちのほうが楽なはず。
記憶を引き継いで、肉体だけが一日前の状態に戻る。
それは時間魔法による不老不死なのでは?
それから百年以上の研鑽を経たなら、達人の域に達しているはず。痕跡を残さない自然な時間魔法も使えるはず。
時間魔法創始者ベルナルド・アマーリエが不老不死となりループ災害を引き起こしている?
感染経路に関しては前日のテオと、今日のカレンに距離的接触がまったくないことから、接触ではないことは間違いないだろう。
つまり感染の原因である人間がループ者以外にいて、そいつが感染を振りまいている。
近くにいるものへの感染だったり、まったく接触がなかったり、人間関係的に繋がりがったりするのも、人が意思でもって感染者を選んでいるから?
証拠は全くないけど……、けど、だとしても、それは何のために。
時間魔法の実地実験とでも……?
ニカノがこのような疑惑を抱くに至ったのには訳がある。
師匠ステファニーが残したループの記憶の調査レポート。それにはモンテカルロのことも記してあった。
それは途中で終わっている。テオについての記述はない。記憶の編集自体は行われているので、記憶は見ているがまとめていないだけであるとニカノには思えた。
その途中で終わっているモンテカルロのレポート。
その末尾には、確かにニカノの良く知るステファニーの筆跡で、でもニカノが見たことがないほとに粗い字で、ある言葉が書きなぐってあった。
『不老不死?』




