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ループ感染 Leap year  作者: 園日暮


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1/11

1 感染と対策



 一角獣(ユニコーン)の月三〇 ヴィスコンティ家当主 レナート・ヴィスコンティ

 二角獣(バイコーン)の月九 王城詰め三級魔導士 ライモンド・トスティ


 …………………


 二角獣の月二〇 彫刻家 ダミアーノ・ゴレッティ

 二角獣の月二十二 商家の娘 リナ・コルデロ


 …………………



 一日が終わると、またその日の始まりに戻り、また同じ日を繰り返す。時間が巻き戻り、同じ一日をループする。

 それを何度か繰り返したのち、予兆なく終わり次の日となる。


 そして次の日は、別の人間が同じ一日をループすることになる。

 その繰り返し。

 

 同日に二人以上のループ者ははっきりとは確認できず。

 二日、二度目のループを体験した例もない。



 被害者数は未確認。

 確認できただけでも被害者は数十人に及ぶ。

 

 まるで他者にうつすと治る、感染症じみた現象。

 (もっとも、うつすと治るのは最近の研究で迷信と判明したが)


 故にこの現象を、ループ感染と仮称する。



 三頭獣(ケルベロス)の月 一二日 アサトリューク連邦王国 国家魔導士 ステファニー・スカリア





 「なるほど、これは興味深いですね」

 「興味深い、じゃない!」


 師の残した報告書を読み終わった少年の呟きに、腹の出た中年の男性は怒声を返した。


 中年の男性はシジズモンド・ルッソ伯爵。この国の閣僚である。


 凡庸な中年男性の見た目からは予測できぬ辣腕で、最年少にして外務大臣を務める。

 新進気鋭にして自信に溢れ、怖いも知らずと評されている。その伯爵が、今は焦りからくる醜態を晒していた。


 この国で秘かに蔓延しているループ感染。

 前触れなく訪れ、一日を何度もループする。そして、別の人間にループがうつる。


 ルッソ伯爵はその対策を、この国最高の時空魔導士に命じた。


 そして、今ルッソの前にいるのは、その時空魔導士ステファニー・スカリアの弟子である少年。


 「これは失礼」


 口調と裏腹に、少年の目にはまったく謝意が見えない。


 時空魔導士ステファニーの弟子であるニカノ・イッタ国家魔導士。

 ルッソ伯爵が、現閣僚中最年少ならば、この少年は、連邦の歴史上最年少で国家魔導士の資格を得た。

 その齢、わずか13。

 現座は師である国家魔導士ステファニー・スカリアの助手を務めている。


 それほどの若年でありあながら、その見た目は実年齢より、さらに幼く見える。

 同世代と比べても小柄で、研究に没頭し健康をないがしろにしがちな魔導士によく見られる、痩せすぎの体型。色素の薄いプラチナの光を放つ頭髪も、さらにその印象を加速させる。


 もっともルッソ伯爵とて、目の前の少年と大して変わらないほどの背丈である。

 肉付きに関しては遥かにしのぎ、体重は倍以上の差があるだろうが。


 「いいか! この時間災害によって、今我が我が連邦がどのような苦境に立たされているのか。それが分からんのか!」

 「苦境……ですか」


 澄ました顔で繰り返す少年を、大臣は忌々し気に睨む。

 「貴官も国の禄を食む、最高位の位を与えられているという、自覚を持たんか! まったく魔導士という奴はどいつもこいつも……」


 ニカノ少年はそれを悠然とスルーして、滔々と考えを述べた。


 「終わりの分からないループ。どうせまたループすると思って、()()()()。そのタイミングでループが終わり、やらかしがそのままに史実となってしまう。影響力の強い人間がやらかすなら、影響もより大きくなるでしょうね」


 ルッソ伯爵は険しい表情を崩さず、身振りだけで肯定の意を示す。


 「どうせループするならと、他国の反応を試して情報が欲しがる。一方的な宣戦布告なんかを行って、それでループせずに続いてしまったら、大惨事ですね」

 「笑い事ではない!」

 透明感のある爽やかな笑いを見せるニカノに、ルッソ大臣は声を荒げる。


 「……一部の上層部にだけ情報を掲示し、いつ終わるか分からないループだから、もしループが起こったとしてもくれぐれも軽挙は慎むようにと伝えてある」

 「一部だけですか。大々的に布告した方が、被害は軽減される思うのですが」

 「他所には知られたくないのだ……」


 ループ感染は記憶は継続される。つまり死に戻りなどを活用すれば、どんな機密でも暴ける……かもしれない。


 「……実際にはできなくとも、その可能性があると思われた時点で問題なのだ」


 外交を担っている伯爵には、今この国がどれほどの綱渡り的外交を周辺諸国と繰り広げているか、嫌というほどに実感している。

 それ故に、密かに事態を収束させるために自ら動き、国家魔導士まで動かしたのだ。


 「7,8年ほど前か。この国に疫病が蔓延したことがあった。あの時のような惨劇がまた起こるかもしれんのだ」


 周辺諸国が危険な感染症に対する防疫として、同盟を組む。息を合わせて隔離。連邦に圧力を掛けた。それから逃れるために連邦は……汚染地域を自ら隔離しての感染拡大防止処置を行なわざるえなかった。


 「まだ年若い貴官には実感がないかもしれんがな」

 「いいえ、よく覚えていますよ。7年前です。自分の両親も感染者として隔離されましたので」

 

 そこから師であるステファニーに拾われるまでは、思い出したくもない日々だった。


 「……そ、そうか」


 さしもの伯爵も気まずげに視線をそらす。気をそらすように、テーブルの上に置かれた紅茶を手に取り、口に運ぶ。

 喉を潤した伯爵は、気を取り直し声を鳴らす。


 「言っておくが、時空魔導士である貴官も容疑者の一人なのだよ。この時間ループ現象が人為的なものではないと証明されたわけではないのだ」

 「へえ……それは、それは」

 ニカノのその態度が、伯爵の癇に障った。

 「貴官だけはない。貴官の師も容疑者だ。特に調査を依頼されておきながら、誰にも行き先を告げずに失踪するなど、逃げたと考えられても……」


 伯爵の前のテーブルが激しく鈍い音を立てて振動する。


 「師匠(せんせい)は、そのようなことをされません! 決して!」


 それまでの悠然とした態度から、一変。激情と共に拳をテーブルに叩きつけたニカノ。伯爵は思わず手にした紅茶をこぼす。


 「オワッ!?」

 紅茶は伯爵のズボンを汚した。

 幸いにもズボンに掛かった量は大したことがなく、火傷するほどではなかった。

 その大部分は床にこぼれ落ち、絨毯にシミが広がっていく。


 「オホン」


 伯爵は年端も行かない子供相手に見せた醜態をごまかす様に、空のカップを受け皿に戻す。

 中年の醜態に冷静さを取り戻したのか、少年は再び悠然とした雰囲気に戻り、魔法を発動させた。


 すると、絨毯に吸われた紅茶が、伯爵のズボンに染み込んだ赤茶色が、見る見るうちに水滴となって遡っていく。

 落ちた紅茶は巻き戻り、再び元のカップの中で湯気を立てる。


 時間魔法にて、紅茶の時間をこぼれる前に戻したのだ。


 「……ウム。……うむ、その魔法だ。その魔法を人にかけ今回の現象を引き起こしているのではないかね?」


 伯爵は巻き戻った紅茶を見つめる。

 時間が巻き戻ったのだから、その紅茶は成分的に落ちる前と寸分変わらないはずだ。落ちた時に混入したであろう汚れなどは取り除かれているはず。

 それでも伯爵は、その紅茶を飲む気がしなかった。


 「……フンッ」

 伯爵に見えない角度で冷笑を一つくれたニカノは、滔々と語る。


 「確かに今の魔法を使えば、理論上()は一日をループさせ戻すことも可能でしょう。……時に今の魔法、どれぐらいの魔力を消費するか、お分かりでしょうか?」

 「いや……」

 「カップ一杯分の紅茶を巻き戻すだけで、少なからぬ魔力を消費します。カップ一杯分。それを何倍すれば、この部屋を埋め尽くせるとお思いか。何万? 何億? 魔力もそれだけ必要になります。この部屋の時間を戻すだけで。世界すべてを覆いつくほどに魔法の効果を及ぼすとすれば、そんな魔法、とても人の域で可能とは思えません。調査を依頼なさるなら、まずその程度の理屈は理解いただきたいものです」


 人を小馬鹿にしたニカノの物言いにいら立ちを隠せないルッソ伯爵であったが、それを飲み込むだけの度量はあった。

 小僧の態度ごときにいちいち腹を立てていては、肝心の話が進まないとも思ったのかもしれない。


 「……確かに理屈は通っておる。よかろう、師に変わり貴官がこの現象の調査を行うように。くれぐれも他言無用だ」

 「承りました。……あ! それと……、実は時間など戻っておらず、ループしたと主張している人間が錯乱して、時間の戻る幻覚を見ているだけだった時には?」

 「ハ! それがベターな結論だな。その可能性も含めて調査を行う様に」



 調査を命令してルッソ伯爵が帰って行ったあと、ニカノは鼻で笑った。


 調査しろだと――してやるとも!


 ニカノはこの国がどんな災厄に教われようとも知ったことではなかった。

 だが、行方不明になった師の行方だけは、何を押してもを突き止めるつもりだった。

 そのためだけに、彼は調査を行うつもりだった。


 「……師匠」


 ニカノは師の姿を思い出す。


 (せんせい……)


 師の微笑を思い出す。


 (女神……)


 師の髪の揺らめきを思い出す。


 (天使……)

 

 実際の師匠ステファニー・スカリアは、女性としては大柄な身長に、野暮ったい眼鏡を吊るし、面倒なので手入れのしていないぼさぼさ髪を放置している姿なのだが。

 ニカノのフィルターを通してはそう見えるのであろう。



 僕が国家魔導士の資格を習得した時も……。


 少年はそれまでの最年少記録であった師ステファニーの17才という記録を大幅に更新したのだが……。


 師匠は嫉妬など見せず、純粋に我がことのように喜んでくれた。



 「おめでとうニカノ君。これで君も一人前の国家魔導士だ。新しく自分の研究所を持てるようになったね」

 「嫌です!」

 ニカノは激しく否定した。

 「今まで僕は、師匠の役に立つために……それだけのために学んできました。自分の研究所なんていりません。そんなんじゃ意味が無いじゃないですか」

 激しくこれまで通りの待遇を望むニカノに、ステファニーは、はにかんで。

 「……そんなに熱心に希望されると、照れるな。よろしい。じゃあこのまま私の手伝いを続けてもらおうかな」

 そう言って、手を差し出した。

 「これからもよろしく頼む。ニカノ国家魔導士」

 「は、ハイ!」

 差し出されたステファニーの手を握り握手する。


 ニカノの記憶では、最上級の絹よりも滑らかで、マシュマロのように柔らか。えもいわれぬ風雅な香りを感じた、と記憶している。


 事実を記すと、こちらも髪と同じく、特に手入れのしていない研究者の手であり、魔法の薬に使う薬品の香りが漂っていた。


 「あ、でも、自分の研究テーマを探すことも並行して行わなければならないよ。これは師匠からの課題だからね」


 ステファニーはそう言って微笑んだ。



 ニカノはルッソ伯爵には言わなかったことがある。


 時間を一日戻すなど、人間の魔力では到底不可能。

 しかし、切っ掛けであるならば可能かもしれないのだった。


 小さな力でも、それが切っ掛けとなって雪崩を起こすように、人間の魔力でも今回の時間逆行現象が引き起こせるかもしれない。


 しかし、師匠がそれを起こしたなどと、ニカノは考えない。

 それに師匠が自分に何も言わずにいなくなるはずがない。


 ニカノはそう固く信じていた。


 今回のループ現象を解決しようとした結果、時空に干渉し、時間のはざまとでもいうべき場所にはまり込んでしまったのかもしれない。


 もしそうだとすれば、一刻も早く救出しなくては。


 ニカノの足取りは次第に早くなり、やがて駆け出していた。

 向かう先は師の研究室の中でも、本人しか出入りできない部屋。


 ステファニーが行方不明になって以後、ここだけは探していなかった。

 ニカノはルッソ伯爵がもってきたマスターキーを使う。


 国家魔導士の研究成果は、すべて国に帰結する。

 よって国の方で調べられない空間があってはならない。


 キーである赤い宝石に魔力を込める。すると宝石は光を放ち、それに反応して扉の青い宝石も光る。

 ロックのかかった研究室の鍵が外れていた。


 師匠の研究室に侵入したニカノは、そこにある師匠の残したデータをあさる。


 「すごい、こんなものまで」

 そこにはループ感染についての数々の資料と考察が残されていた。


 ふと目線を上げると、棚に自分と師匠のポートレイトが飾られているのを発見するニカノ。

 だらしなく締まりのない顔のステファニーと、締まりすぎのガチガチ顔のニカノのツーショットが目に入る。ニカノの姿は今よりいくらか幼い。


 「くっ」


 今はポートレイトの内一人しかしない現在を意識させられる。ニカノはそれを振り払うように、資料に次々と目を通す。



 ループ現象はこれが初めてではない。

 歴史上たびたび起こって来た。

 しかし、規模が小さく数十年に一人。ループ回数も一回二回。

 幻覚・錯覚・気の迷い。そのような形で処理されてきた。

 ループ被害者が言い出さないだけで、表面化していないケースも多いのかもしれない。

 今回のループは期間・人数ともに、先例のない規模。毎日起こり、一日のループ回数にしても百回を超える報告もされている。



 残っている文書を見るに、師にとって今回の失踪は予定外のことであったようにニカノには思えた。

 調査報告に突如として途切れている部分がある。


 さらに研究室をあさるニカノ。

 少年はそこに厳重に保管されている宝珠(オーブ)を発見した。

 どうやら何らかの魔法が込めらている。

 封がされており、キーがないと解放はできない。


 ニカノはもしやと思い、マスターキーを使ってみた。

 封はあっさりと解けた。


 これは魔法で人の記憶を宝珠内に写し取ったものだ。

 宝珠を調べたニカノはそう結論付けた。

 ループの結果は本人の記憶にしか残らないのだから、第三者から確認するためにはこの方法を取るしかない。


 ただし、この魔法は禁忌として使用を禁じられている。

 この魔法を禁じているのは当然に国。ならば一時的に禁忌を解除する権限も国にある。


 ルッソ伯爵が許可したのだろうか。伯爵が風聞の通りの男ならするだろう。

 マスターキーで解除できたあたり、その可能性は高い。


 それとも師の独断か。

 師ならばやりかねない。師匠は禁忌よりも真実を優先させる人だ。


 その二つの考えがニカノの内を奔る。

 しかし、彼が一番気になっているのは、三つ目の考えだった。


 この魔法が禁忌とされる理由。それは人の記憶を覗き見ることのできる破廉恥な魔法だということだけではない。

 この宝珠で他人の記憶を自分の体験として見ることができる。

 そうするとこれを見た人間は、他人と自分の意識と記憶の混濁で、自我の境界線が崩壊する危険性があるからだ。

 取り出された記憶を見るだけで人格が破壊される危険性がある魔法。それ故に禁忌の魔法とされた。


 それがここにあるということは、師はこれらの記憶を覗いたという事実。


 記憶の宝珠は一〇以上もの数があった。


 これを見ればループ現象の解決に近づけるかもしれない。

 おそらくこれを見て、そののちに行方不明なった師の行方のヒントが得られるかもしれない。


 だが、師が消息を絶ったのは、この宝珠のせいで自我に異常をきたしたからかもしれない。



 ニカノは一つの宝珠を選んで起動した。

 その宝珠を選んだ理由は、宝珠と共にあった資料にある。


 王城詰め三級魔導士 ライモンド・トスティ


 ループ内で現象の魔術的調査を行う。

 ループ外の記録では、ループ当日無断欠勤。

 翌日、廃人となって発見されている。

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