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6. ある雨の日

 (若松くん視点)

 6月、梅雨入りの季節となった。

「お疲れ様でしたー!」

 部活を終えて雨の中、下校する。


 傘を叩く雨の音が徐々に大きくなってきた。

「けっこう降るな」

 体操服も少し濡れている。

 自宅に到着してリュックから鍵を出そうとしたが――


「あれ? ない……」


 鍵がリュックに入っていなかった。

 そういえば昨日の夕方に買い物に行って、別のバッグに入れたままだった。


「やば、どうしよう」


 今日母さんは、あやめの病院に泊まると言ってた。

 ということは家に入れないのか……!?

 スマホは学校に持っていけないので、家に置いたままだ。


「……ここにいるのもアレだし、文房具屋にでもいくか」


 雨の中、文房具屋まで行こうと歩いてたその時――

 後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。


「若松くん!」


 雨音をかき消すような明るい声。

 竹宮さんだった。

 ポニーテールを揺らして歩いてくる。


「……文房具屋行くの?」

「うん」

「私もなの」


 そのままふたりで店まで歩いた。

 彼女はシャーペンの芯を買っている。


「あれ? 若松くんは買わないの?」

「あ……うん。実は家の鍵忘れちゃって」

「え! それは大変だね」

「今日母さんも帰ってこないからさ。どうしようかと思ってたんだ」


 めちゃくちゃ恥ずかしいのに、竹宮さんになら普通に話せてしまうのはどうしてだろう。

 すると、彼女は少し考えてから俺の方を見る。


「じゃあ、うち来る?」

「え……? でも……」

「こんな雨の中いたら風邪ひいちゃうよ? うちなら多分大丈夫だから」

「あ、ありがとう」


 こうして俺は竹宮さんの家に行くことになった。隣で歩く彼女を見るのが、何だか照れくさい。

 雨に打たれながら歩いていくと、彼女の家が見えてきた。


「ただいまー」

「おかえり、萌々香……ん? お友達?」

 竹宮さんのお母さんが俺の方を見た。


「同じクラスの若松くん、鍵がなくて家に入れないの。家の人もいないみたいで」

「そうなのね……雨ひどかったでしょう? どうぞ上がって」

「お邪魔します」


 竹宮さんのお母さんが笑顔でそう言ってくれて、俺はホッとした。彼女に似て優しそうな人だ。


「あれ、お客さんか?」

 奥の部屋から竹宮さんのお父さんが出てきた。端正な顔立ちをしている。

「萌々香の同じクラスの子よ。鍵がないんですって」

「そうか、萌々香がお世話になってるね」

「こ、こちらこそ……」


 お父さんはお母さんと一緒に部屋に戻って行った。

「うちの両親、デザイン事務所やってるの。あそこは仕事部屋なんだよ」と竹宮さんが教えてくれる。


 両親が家にいてくれるんだ。

 俺の家と違って賑やかそうだ。

「24時間ほぼ一緒にいるんだよ? 変だよね」

「……そうかな」


 俺からしたら……こういう時に父さんが帰ってきてくれたら、母さんも助かるだろうにって思うんだけど。

 まぁ、ずっと家にいられるのも微妙なんだろうな。


 リビングのソファに座っていると、2階からドタバタと音がした。

「つっかれたー! あれ? 姉ちゃんの彼氏?」

「ちょ……結翔! そんなんじゃないよ! 同じクラスの若松くんだよ」


 竹宮さんには弟がいるんだ。あやめと同じぐらいだろうか。

 弟くんは俺の方をじっと見つめている。なかなかかっこいい子だ。

「……あやめちゃんと苗字一緒だ」


 ――あやめちゃん?

 もしかしてあやめの同級生か?


「あやめを……知ってるの?」

「うん、クラス一緒。今入院してんだ」

「俺、あやめの兄なんだ」


 彼はそれを聞くと、目をガッと開いて驚いた顔をする。

「えー!? まじ?」

「まじだよ」

「すげー」


 竹宮さんも「若松くん妹いたんだ」と言っている。

「結翔から聞いたよ。私も折り鶴折ったんだ」

「姉ちゃん途中でサボってたくせに」

「そんなことないわよ!」


 姉弟のやり取りにクスッと笑ってしまう。竹宮さんも鶴を折ってくれたと聞いて、俺はあたたかい気持ちになってきた。


「みんな、ご飯できたよー」

 竹宮さんのお母さんが呼んでくれた。

 匂いだけで、心がゆるむ。誰かと食べるご飯の雰囲気を、久しぶりに感じた。

 夕食は豚肉のケチャップ炒めと野菜スープ、ちくわときゅうりの和え物。どれも優しい味がする。

 

「若松くん、背が高いな」

 竹宮さんのお父さんが言う。

「バレー部なんです」

「なるほど。強そうだな」


「若松くんのスパイクすごいんだよ、お父さん」

「へぇ、よく見に行ってるの?」

「え……まぁ、1回だけ見に行った……かな」

 少し恥ずかしそうな竹宮さん。クラスの人が何人か見にきてたけど、竹宮さんも来てくれたのは嬉しかったな。


「……俺の妹もフルートを習ってて」

「え、本当? じゃあ中学になったら吹奏楽部入ってほしいな」

 竹宮さんがぱっと笑顔になった。本当にフルートが好きなんだな。

 

「あ、けどその時はもう卒業してるか……会いたかったな。あやめちゃんに」

 あやめが無事に治療を終えて退院できるのか、正直わからない。

 

 けれど、俺は気づけばこう言っていた。

「きっと会えるよ。あやめも喜ぶと思う」


 俺の口からこんな言葉が出るとは。

 それでもあやめと竹宮さんが会って、あやめが再びフルートと吹いてくれる日がいつか来るんじゃないかって……思えたんだ。


 竹宮さんと話していると、不安で冷え切った心がゆっくりと溶かされていくような気がする。そのぬくもりを、あやめにも感じてほしい――そう思った。

 彼女だけじゃない。ここにいるご両親や結翔くんも、俺を安心させてくれるのかもしれない。

 


 うちの家族は――

 あやめが退院して父さんが戻ってきて、またみんなでこんな風に笑いながら夕食の時間を過ごせるのだろうか。

 いや、こんなこと考えるなんて。小さい子どもじゃあるまいし。


 だけど、あやめのことはどうしても思ってしまう。


「……うん。いつか会わせてね、あやめちゃんに」

「もちろん」


 彼女と約束することで、俺の中に“希望”が芽生えた気がした。


 そして夕食後、竹宮さんのお母さんがうちの母さんに連絡を取ってくれて――今日は竹宮さんの家に泊まることになった。


 

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