表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

5. 朝のひととき

 ある日の朝。

「おはよう、萌々香」

「おはよう……眠い」


 焼きたてのトーストにバターの匂い。ハムをのせて食べるのがお気に入りだ。

 お母さんの自家製ヨーグルトをスプーンで取っていると、2階からドタバタと音がした。

 

「やば、今日ペットボトルいるんだったー!」

「ちょっと結翔、そういうのはもっと早く言ってよ」

 お母さんが慌てて空のペットボトルを持ってくる。


「おはよう」とお父さんもリビングにきた。

 コーヒーを淹れて、お母さんに寄り添っている。相変わらず仲が良い両親だ。

 2人で顔を見合わせてふふっと笑っている。何がそんなに面白いのかは、私にはわからない。


「今日は家で集中できる日だな」

「そうね。たまってる仕事を片付けないと」

「……けどさ、ちょっと休憩してもいいんじゃないか?」

「え? もう……」


 家で仕事していると、自分たちのペースでできるのかな。お父さんもお母さんも忙しそうだけど、こうして2人で笑い合っていることも多い。

 やっぱりそういうの、ちょっとくすぐったいけど……平和だからいっか。


「姉ちゃん」

「なに? 結翔」

 結翔は両親を見ながらトーストにかじりついている。

「うちの親って変わってるんだって」

「え?」


「俺は見慣れてるけど、あんなに親ってくっつかないらしい」

 思わずヨーグルトを吹き出しそうになる。

「……まさか、誰かに言ったの?」

「家族の作文書けって言われたから書いたんだけどさ、みんなびっくりしてた」


 ――だよね。

 私たち子どもの前でも2人で喋ってるんだもの。というか、仕事中もそれ以外も一緒だなんて飽きないのかな。

「私も家族の作文書いた時、驚かれた。わかってたらちょっと誤魔化して書いたのに」


「あら、結翔の作文見てみたいわ」とお母さんが言う。

「俺の作文、職員室前に貼り出されたし」

「すごいじゃないの!」


 それは恥ずかしいだろうな。

 うちの家庭の様子がみんなに知れ渡るなんて。

 お父さんもお母さんも、何とも思ってなさそうだ。


 けれど、2人のおかげでいつも我が家はあたたかい。

 お母さんが笑っていて、お父さんが見守ってくれて。

 いつか私もそんな家庭を……ってまだ早いし。

 

 ああいう夫婦を見てきたせいか、私は“幸せ”のハードルが高くなってる気がする。

 

 ちょっと頬を赤らめた私は、さっと食器をキッチンに運んで学校に行く準備をする。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」



 ※※※



 (若松くん視点)

「おはよう」

「おはよう、夏樹。適当に食べていってね」

 朝、家の空気は静かだった。でも静かすぎる家って、少し苦しい。

 母さんは洗濯物を畳んで、大きめのトートバッグに入れている。

 

 今日も――あやめのところに行くんだろうな。


「……今日からお薬が入るのよ。本格的な治療ね」

「ふぅん……苦しいの?」

「そうだと思う」

 

 俺には3つ歳の離れた妹、あやめがいる。あやめは年明けに病気を告知され、3週間ほど入院した。その後も通院を続けて、また最近入院している。

 難しい病気で対応してくれる病院が遠くにしかなかったので、新学期のタイミングでこの地域に引っ越してきた。


 父さんは単身赴任中なので、母さんが妹のことで手一杯になっている。夜遅くにひとりでため息をついているところを見ると、何もできない自分が悔しかった。


 母さんには疲れも見えるし、少し痩せたかもしれない。俺も協力したいけど、母さんは「夏樹は学校を優先しなさい」と言ってくれる。

 けれど俺だってあやめのことが心配だ。

 妹のことを考えると、いつのまにか時間が経っていることがある。


 あやめは小さい頃から音楽が好きで、フルート教室に通っていた。なかなか最初は吹けないらしいけれど、あやめはすぐに吹けるようになった。

 発表会では、ワンピースを着て綺麗な音色を奏でる姿にじんと来たものだ。


 もうあやめがフルートを吹くのを見られないかもしれない。そう思っていた俺は、春休み中にある女子と出会う。

 母さんと新しい中学校に行ったときに、どこかからフルートの音色が聞こえたのだ。

「母さん、先帰ってて」と言い、夢中でその音を追った。


 すると中庭に、フルートを吹くひとりの女子を見つけた。


「綺麗なフルートの音だな」

 

「う……うん。ありがとう」


 そう言って少し笑う彼女が――あやめと重なった。

 まるで、妹の将来を見ているようだ。

 

 失いそうな未来が、そこにあった。


 きっとあやめは、中学生になったら彼女みたいにフルートを演奏できる。そう思えるようになった。


 その後、彼女――竹宮さんと同じクラスになり、俺は気づけば彼女を目で追うようになった。

 妹のことが心配だったけど、竹宮さんを見れば大丈夫な気がしていた。何となく彼女の力になりたいとも考えていた。妹に似ているからだと思う……たぶん。


 そんなある日、校外学習で寺に行ったときのこと。妹のために健康祈願のお守りを買おうとしたけれど、急に不安になってしまった。

 このお守りを買っても……状況は変わらないのかもって思ってた。


 けれど竹宮さんは違った。


「私は、お守りを信じる。まず自分が信じないと始まらないと思うし」


 そう言った彼女は俺なんかよりもしっかりしていて、頼もしく感じた。竹宮さんに背中を押してもらった気がした。

 その後おみくじを引いたけど、俺の結果は末吉。

 

『病気:むつかし。信心の力によりてなおる』


 むつかし、という言葉が俺の心をえぐるようだ。

 仕方なくおみくじを結ぶと、竹宮さんがふいに言った。


「この吉、若松くんにあげる」


 彼女がおみくじを差し出す。受け取ると指がじんとあたたかくなった。

 すぐに、病気の欄を確認する。


『病気:治る。信心せよ』


 ――ホッとした。

 おみくじって自分のことだとは思うけど、俺はまず妹のことを考えていた。

 

「ありがとう、竹宮さん。これ、お守りにする」

「お守り……2つになったね」

「ほんとだ」


 健康祈願のお守りは母さんに妹に届けてもらい、おみくじの方は……デスクマットに挟んである。

 これを見ると、竹宮さんが応援してくれているようで元気が出てくる。

 


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 今日もよく晴れていて風が気持ちいい。

 俺は少し急ぎ足で学校まで歩いて行った。

 

 いつか、あやめにもこの風が届きますように。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ