3. 学校生活
委員会活動が始まった。私はじゃんけんで負けて第一希望の保健委員になれず、残っていた学級代表だけは避けたかったので美化委員を選んだ。すると、若松くんも私と同じ美化委員を希望していた。
若松くんなら体育委員のほうが似合うのにな、と思いながら1回目の委員会に行く。今日はみんなで手分けして、クラスや管理棟のゴミを回収しに行くことになった。
私が2年生の教室に行き、ゴミ袋を持って階段を降りようとした時だった。
「わぁっ……あ、あぶない」
危うく足を踏み外すところだった。袋を抱えているので足元が見えづらい。ゆっくり行かなきゃ。
重たい袋を持って慎重に階段を降りていく。やっとのことで1階に着いたものの、そこからゴミ置き場までが遠かった。
「ふぅ。暑くなってきちゃった」
どうにか歩いて置き場に到着する。あと何クラスあったけと思いながら校舎に戻ろうとすると、後ろから声がした。
「竹宮さん!」
振り返るとそこに若松くんがいる。もう自分のところ、終わったのかな。
「……ゴミ袋をひとりで抱えるの大変だろ? ふたりで運ぼうよ。その方が早いよ」
「え……いいの?」
「行こ!」
そう言って若松くんは、私と一緒にクラスのゴミ袋を運んでくれた。さっきまで重かった袋が、急に軽くなった気がする。最後の方は若松くんが「運んじゃうね」と言って、ゴミ置き場まで持って行ってくれた。
背の高い彼が持つと、ゴミ袋が小さく見える。軽々と持ち上げる姿がたくましく感じた。
「ありがとう、若松くん」
「ううん、気にしないで。こういうのは協力し合わないとな」
おかげで早く終わって、部活にも顔を出せそうだ。
「今日も行くの? 吹奏楽部」
「うん、ちょっとだけ練習しようかな」
「俺も少しだけ行ってくるよ、じゃ!」
私は彼に手を振って部活に向かった。
「ああいうところ、頼りになるな……若松くん」
※※※
別の日の昼休み。窓から光が差し込み、風がノートの端を揺らしている。
私は数学の課題が終わっていなかったので、自分の席で必死になって取り組んでいた。
「はぁ。今日までだなんてすっかり忘れてたよ」
「萌々香ファイトー!」と佳澄が応援してくれている。
最後の問題を解こうとしたけれど、応用問題みたいでよくわからない。
「佳澄、これわかった?」
「それ、私もよくわからなくて放置しちゃった」
「だよね。どうしよう」
すると若松くんが通りかかって「それ、数学の課題?」と聞かれた。
「うん、最後の問題がわからなくて」
「あ、それはね……」
若松くんは私に丁寧に教えてくれた。彼がノートを指差したときに一瞬だけ距離が近づいて、思わず息を止める。
「なるほど、さすが若松くんだね! 私も書いてこよっと」と佳澄が言って自分の席に戻った。
私も彼にお礼を言う。
「ありがとう若松くん。おかげで助かったよ」
「良かったよ。俺……数学は頑張ろうと思っててさ」
ふっと彼の視線が斜め上を向き、少し遠くを見ているようだった。数学の難しい問題が解けるのに、まだどこか自信がないような表情をしている。空には小さな雲がゆったりと流れていた。
彼はこれまでも時々別の顔を見せていた。普段はしっかりしていて頼りになるのに、ふと風向きが変わる瞬間がある。なぜか私はその時だけは、若松くんのことが気になっていた。
「数学が得意な人って尊敬するよ」
「へへっ……そうか?」
そう言って笑う若松くんは、いつもの明るさのある彼なんだけどね。
※※※
「ただいま」
「おかえり、姉ちゃん」
リビングに入ると、結翔が大量の折り鶴を折っていた。
「結翔、こんなにたくさんどうしたの?」
「千羽鶴を折るんだ! あやめちゃんが入院するんだよ」
あやめちゃん……? 初めて聞く女子の名前だ。
「そうなんだ。病気?」
「うん、なんか大変なんだって! 千羽作るから手伝ってよ姉ちゃん」
「え……しょうがないなぁ」
結翔からはこれまでもクラスの女子の名前は聞いてきたけど、あやめちゃんという名前を口にした途端、何となくいつもと様子が違うような気がした。
それまでと比べてちょっと真剣に見える、たぶん。
「おかえり。萌々香」
お母さんも仕事が終わったようだ。そして私にこっそり話す。
「結翔ったら彼女のことが好きみたいよ」
「……本当?」
すると結翔が折り紙を私に押し付ける。
「おい、聞こえてるって! あやめちゃんのことは別になんとも思ってねーし」
その横顔がほんのり色づいたのを、私もお母さんも見逃さなかった。
「ふふ……じゃあ夕飯作ってくるね」
お母さんがキッチンに向かったあと、お父さんもリビングに来た。
「おっ……あやめちゃん作戦は順調か?」
「お父さん、何その言い方……」と私が冷めたように言う。
「好きな子が入院となれば……気になるよな、結翔」
「だから別になんともないんだって、父さん」
ニヤニヤしているお父さんをスルーして、私と結翔は無言で折り紙をおっていた。
「晩ごはんできたよー」
「はーい」
私たちはダイニングに集まる。
こうやって家族4人で一緒に食べるごはんの時間。当たり前だと思っていたけど、あやめちゃんの家はこれから寂しくなるのかな。
「……あやめちゃんは病院でごはん、食べれるのかな?」
結翔がぽつりと呟いた。
「病院食っていうのがあるはずだな」とお父さんがビーフシチューを食べながら言う。
「ただ、大変な病気だったら難しいかもね」とお母さんも頷く。
あやめちゃんに会ったことがないのに、私は彼女のことが心配になってきた。弟のクラスメイトだからではない。理由はわからないけど……胸騒ぎがしてくるのだった。




