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Emoria-雲を空に返す夜に  作者: ume.


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第7話-青に沈むー

ノア視点です。

夜が深くなると、

家の中の音がひとつずつ消えていく。

時計の音も、風の気配も、

眠りの中で凍っていくようだった。


その夜、灯りが消えていないことに気づいた。

母の部屋の戸の隙間から、

かすかに橙の光が漏れている。


そっと覗くと、

母が箱を開けて、

古い作業着と一枚の写真を取り出していた。

写真の中の父は笑っていて、

その笑顔に母の指がそっと触れた。


「……ねぇ、あなた。

 ノア、あの子……

 最近、自分の考えを言わなくなったの。

 何を聞いても、ただ微笑うだけで……。」


針を持つ手が止まった。

灯りの下で、母の肩がかすかに震える。


「私の育て方、間違ってたのかな……」


その声は、

金属の針が床を叩く音にまぎれて消えた。


ノアは、息をするのも忘れて立ち尽くした。

胸の奥がきゅっと痛んだ。

けれど、何を言えばいいのか分からなかった。


母の涙は、見てはいけないもののように感じた。

泣くことはいけないことのはずだから。

それでも、指先が勝手に動いた。

そっと、母の頬に触れようとした。


その瞬間――

母はびくりと身をこわばらせ、

反射的にノアの手をはねのけた。

灯が揺れて、写真立てが倒れる。


「……聞いていたの……? 

 ちがうの…ノア、今のは……」


母は慌てて涙をぬぐった。


「ノアは、いい子よ…悪くない…

 ただ、私が……全部悪いの。

 こんなお母さんでごめんね…」


その声は震えていて、

言葉のひとつひとつが、

氷の粒のように静かに落ちていった。


床に落ちたガラスの音が、

世界でいちばん冷たい音に聞こえた。


ノアは何も言わなかった。

母も何も言わなかった。


沈黙の中で、灯の色が少しずつ遠のいていく。

まるで部屋の空気ごと、

光が静かに息を止めていくようだった。


ノアはただ、その光景を見つめていた。




翌朝、空はやけに明るかった。


ノアはいつもより少し早く起きて、

居間にいた母に明るく声をかけた。


「おはよう、母さん。」


母は一瞬だけ息を止め、

それから、ほっとしたように笑った。


「……おはよう、ノア。」


母が笑顔を向けるので、ノアは笑い返した。



――その夜から、世界の色が少し変わった。

青が薄く、白が深く。

音も、遠くなった。












彼女は気づいていなかった。

あの瞬間、自分がノアの手をはねのけ、

取り繕う言葉で沈黙を広げてしまったことに。


この日から、

ノアが自分から笑わなくなってしまったことに、

母はしばらく気がつかなかった。


そして、取り戻せない冷たさが残っていた。


✴︎リオルの独り言✴︎


悲のエモリアは、静かな青をしている。

波打つこともなく、ただ深く沈んでいく色。

痛みを隠すように、

音を立てずに落ちていく。


悲は悪い色じゃない。

それは、誰かを想った証だから。

けれど、流さない涙は重く、

胸の底で冷たく固まってしまう。


私はその青に触れるたび、

そっと瓶をあたためる。

いつかまた、光に溶けるように――と。



✴︎用語解説✴︎


【No.7】)(青のエモリア)


失う痛み、届かぬ想い、後悔など、

人の心の深層に宿る静かな感情。

一方で他者の痛みや喪失に共鳴し、

人と人のあいだにやさしさを生む感情でもある。

涙として外に流れるとやわらぎ、

灰や白へと変わり、心を浄化する。

しかし、閉じ込められた悲は冷たく凝り、

やがて共感の力そのものを弱めてしまう。


調律士は悲を消さず、

その人の中で静かに流れるよう導く。

悲は弱さではなく、

やさしさを保つために欠かせない色とされている。

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