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Emoria-雲を空に返す夜に  作者: ume.


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第39話ー祈りの音色ー

〈クリスタルツリー〉の根元――

“祈りの座”と呼ばれる白い石段は、

まるで光の残り香だけをまとって

静かに夕闇へ溶け込んでいた。


レヴィはその前に立ち、

指先を震わせたまま動けずにいた。


「……ここに、立つのか」


祈りの座に立つのは王族だけ。

民は誰ひとり足を踏み入れない。


幼い頃、いつも隣で姉の祈りを見ていた。

風も光も、すべてが姉の歌に呼応して揺れた。


レヴィには、一度もできなかった。


祈りの声は、

王族の“力”であると同時に――

“重圧”の象徴でもあった。


背後に立ったリオルが、

静かな声で囁く。


「怖いですか?」


レヴィは笑った。

すがるような、弱い笑い。


「怖くないわけ……ないよ。

 姉上の声が……いまだに耳に残ってる。

 あんなふうに歌えるわけ、ない。」


リオルは首を振らない。

否定も肯定もしない。


ただ、背にそっと手を添えた。


「姉上の声を思い出すのは……当然です。

 ですが、あなたが歌うのは

 “レディウスとしての祈り”ではありません。」


レヴィは振り返って、揺れる瞳で見つめた。


「じゃあ……何として?」


リオルは微笑んだ。


「“あなた自身として”。

 レヴィとして。

 逃げたあの日とは違う、今のあなたの声で。」


レヴィは息を呑んだ。


〈逃げたあの日〉。

その言葉が胸に刺さる。


けれど――

その重さは、もう昔のものとは違っていた。


彼は一歩、踏み出した。


祈りの座に足を置く。

石が体温を吸うように、

ひんやりと触れた。


〈クリスタルツリー〉が微かに光る。

枝先に灯る淡い粒は、

まるで呼吸を整えるようにふるりと震える。


まるで――

「ようこそ」と告げているようだった。


レヴィは胸に手を当てた。


(……聞こえる。

 街の声が……泣いてるみたいだ……)


泣き声でも、叫びでもない。

声にならない“揺らぎ”。

助けを求めるでもなく、

ただ静かに消えかけていく息遣い。


逃げていた力。

避けていた感覚。


でも今は――

はっきり聴こえる。


「……始めます。」


レヴィは、息を吸った。


そして――

祈りの歌の第一節を、そっと紡いだ。


「ひかりよ ねむりをわすれ……」


その声は、

姉のように澄んではいなかった。

震えて、細くて、不安定だった。


けれど――

クリスタルツリーは、その声に確かに反応した。


ひとつ、

枝先の瓶がふるりと揺れて、


カラン……


小さな祈りの音を返す。


レヴィの瞳に光が宿った。


続ける。


「くもよ うたを かえして……」


ツリーの枝々に、

わずかな光が走る。


レヴィの声は震えていたが、

確かに街へ向かって伸びていく。


だが――

第三節へ入った瞬間。


胸の奥に、

過去の影がぶつかった。


あの日救えなかった少女。

逃げた自分。

姉の祈り。

王族の名。

背負いきれなかった責任。

壊してしまうかもしれない恐怖。


全部が一度に胸を締めつけた。


声が――途切れた。


喉が痛い。

息が出ない。

胸が苦しい。


「……っ……!」


祈りの歌は止まり、

ツリーの光がふっと萎む。


夕闇が、

広場をひとつ呑み込む。


レヴィは膝を折りかけた。


(やっぱり……僕には……

 姉上みたいには……)


その肩へ、

ふわりと影が重なった。


リオルだ。


彼女は何も言わず、

静かに歌を重ねた。


レディウスの声が震えながらも

〈祈りの歌〉の旋律をなぞるたび、


広場に並べられた“暴走封じの瓶”が

ぽつ、ぽつ……と淡金の光を灯し始めた。


黒く濁っていたはずの色は消えない。

けれど──


金の粒が、瓶の底からゆっくりと浮かび上がった。


まるで眠っていた祈りが

ふたたび呼吸を取り戻すように。


リオルがレディウスへそっと声を重ねた瞬間──

広場の空気が大きく揺らいだ。


「あいのいろ こいのいろ……」


黒い影は“消えた”のではなく、

金の粒に包み込まれていく。


黒は黒のまま、

悲も怒も嫉も虚も、

それぞれの“痛みの色”はそのまま。


ただ、否定されず、責められず、

金の祈りにやわらかく抱かれていく。


音もなく──

広場に並べられた百を超える瓶から、

金の粒がいっせいにこぼれ始めた。


レディウスが次の一節を歌う。


「みどりは そんけい しずけさのはな……」


その瞬間。


黒の影がふわりと浮き上がる。

すぐ上で金の光に包まれ、

やがて緑、白、紫、橙、赤、黄……

“失われていた色”たちが静かに姿を取り戻していった。


リオルは息を呑む。


(……これは……

 “赦し”の流れ……)


金は“浄化”ではない。

“無かったことにする力”でもない。


ただ、すべてを抱きしめる色。


黒すら否定せず、

痛みも怒りも喪失も、

すべて“祈りのひとつ”として包んでいく。


レディウスの声が高く澄む。


「むらさき ねたみを やさしくつつみ……」


瓶の上へと昇った光は、

ひとつ、またひとつと空へ引かれていった。


ただの光の粒ではない。

色と色が重なり、まざり、

長い帯となってひとつの“川”になる。


──蒼の川。


王国の祈りが空へ還るときだけ現れる、

蒼のエモリアの流れ。


風が吹き、

宙に浮いた金と色の粒がすべて吸い寄せられる。


黒い痛みの欠片すら──

金の光に抱かれたまま、

拒絶されず、ただ静かに蒼へ導かれていく。


「きいろは ほこりを うたにかえる……!」


レディウスの声が広場いっぱいに響く。


……ざわ……っ……


大気そのものが揺れた。

街に眠っていた祈りの息が、

ようやく“吸い込まれる”。


そして──


風車が一気に回った。


キィィィィィィ……ッ!!


川沿いの香草の香りが風に乗り、

舞い落ちた花びらが空へ吸い上げられる。


リオルの頬に、花が一枚触れた。


(……街が……呼吸した……)


蒼の光の川はツリーの天辺をすり抜け、

夜に溶けるように空の彼方へ流れていく。


「あおは せいなるねむり……


  くろは うつろのはばたき……

  しろは しんのしんじつ……!」


祈りの歌が最高潮に達する。


広場にいた人々は自然とその旋律に口を重ね、

声の大きさではなく、

“祈りの深さ”で歌が広がっていく。


色の粒はすべて蒼の光へ還り、

黒の影ひとつ残らなかった。


蒼の川はゆっくりと夜空へ吸い込まれ、

ほんの一瞬、星よりも明るく輝いて消えた。


街が──息を吹き返した。


リオルは隣で歌を終えたレディウスを見た。

汗が額を伝い、

喉は震え、

脚はかすかに力を失っている。


けれど。


その瞳には“逃げていない光”が宿っていた。


「……リオル……僕……

 本当に……祈れた……?」


リオルは静かに、

けれど確信を持って微笑んだ。


「ええ。

 あなたの祈りが、街を空へ還しました。」


レディウスの胸が震え、

涙がこぼれそうになる。


その肩を、リオルはそっと支えた。


蒼の流れが消えた夜空は、

静かな金の余韻だけを残していた。


風車は回り続け、

街の眠っていた音がひとつ、またひとつ蘇る。


カラン……

カラン……


並べられた空の瓶だけが、

最後に澄んだ封音を響かせた。


“祈りは、還ったよ” と告げるように。



✴︎リオルの独り言✴︎(改稿・短い短文)


金の光は、痛みや影も否定せず、

ただ “そこにいていい” と抱きしめる色。


黒が沈むとき、

必要なのは浄化でも矯正でもなく、

「帰りたい」と思える場所を思い出すこと。


蒼のエモリアは、その願いを受け取り、

はじめて “還る道” をひらく。


金は寄り添い、蒼は導き――

そのどちらが欠けても、祈りは空へたどり着かない。



✴︎用語解説✴︎


【No.40】蒼のエモリア


蒼は “祈りが本来戻るべき場所へ還る力” を持つエモリア。

暴走した黒や歪んだ色を消すのではなく、

金に包まれ整い直したエモリアたちを

“空へ返すための道” をつくる。

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