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Emoria-雲を空に返す夜に  作者: ume.


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第35話ー救いの道ー

室内の空気は薄く、

少女の息遣いよりも静かだった。


レヴィは椅子の縁を握りしめたまま、

吐息を震わせて言った。


「……三日前の朝だったんだ。」


リオルは黙って頷き、

少女の胸の上に漂う“揺らぎ”を感じ取るように目を細めた。


レヴィは続けた。


「最初は……ほんの小さな違和感だけだった。」


レヴィは手を組み、

組んだ指が白くなるほど力を込める。


「僕が感じる違和感なんて、

 リオル、君ならもっと早く気づいたんだろうけど……

 そのときは、疲れてるだけだって思った。」


(自分に言い聞かせていたんだろう。)


リオルはそう思ったが、否定はしない。


「……でも、その日は判断が、本当に難しかったんだ。」


レヴィはゆっくりと少女の髪を撫でた。


「この子ミーナ——は、よく笑う子なんだ。

 市場でよく鼻歌をうたってた。

 それなのに……」


視線が揺れ、少女の頬に触れた。


「三日前、突然歌わなくなった。

 声は出るのに、ぜんぜん響かない。

 “音が沈む” 感覚が、どうしても消えなかった。」


レヴィは唇を噛む。 

 


「ミーナの揺らぎは元々、極端に“薄い”。

 喜びも悲しみも、色が外に出にくい。

 調律師の僕でも、読み取るのが難しいタイプなんだ。」


リオルは静かに頷く。


「三日前、確かに違和感はあった。

 でも――暴走に特有の濁りがなかった。

 呼吸の響きも乱れていなかった。

 色圧のブレも、どれだけ聴いても見当たらなかった。」


レヴィは唇の唇には血が滲んでいる。


「……ミーナの様子がおかしいと気づいて、

 まず最初に〈リュメル調律局〉から取り寄せた

 標準のリュメルをいくつか試したんだ。

 喜(橙)、悲(青)、息(白)……

 どれも、この子の“弱いところ”を補うはずの色だった。」


リオルは小さく頷く。


「効かなかったんですね。」


「うん。まったく反応がなかった。

 封環で響きを確かめても、

 濁りも暴走の兆候も出ない。

 それなのに――

 ふっと“色だけ消えていく”みたいで……」


レヴィは拳を握りしめた。


「だから僕は、

 自分にできる限りの処置を全部やった。

 色圧の確認も、呼吸の揺らぎも、

 封音の反射も調べた。

 ……どれも“正常”の範囲だったんだ。」


その悔しさは、言い訳ではなかった。

本当に“手を尽くした者だけが抱く無力感”だった。


「だけど……昨日の夜、

 呼んでも返事がないと気づいた。

 そこではじめて“これは僕ひとりでは無理だ”って

 わかったんだ。」


レヴィはゆっくり顔を上げ、

消え入りそうな声で言った。


「ミーナの容態は……僕が知っているものとは

 どれとも違った。

 あれは、僕ひとりでは判断がつかなかった。」

レヴィは小さく息を吐く。


拳が震える。


「……リオル。

 君しかいないと思った。

 こんな“静かな異常”を見抜けるのは。」


レヴィが自分を責めるように指先を握りしめたとき、

リオルは静かに立ち上がった。


その動きには迷いがなかった。


「……レヴィ。少しだけ場所を貸していただけますか。」


リオルは少女ミーナの枕元に静かに膝をつき、

机に並べられた調律用の小瓶へそっと目をやった。


透明な瓶の中には、黒を除く九つの色が微かに揺れている。

赤、青、紫、緑、橙、白、桃、白金、黄——

どれも弱々しく、呼ばれるのを待っているようだった。


レヴィが不安げに問う。


「……九色全部を使うのかい?」


リオルは頷く。


「はい。この子は特定の色が欠けたのではありません。

 “流れ”そのものが弱っている。

 だから……まずは各色の息を、同じ高さまでそろえます。」


ひとつひとつの瓶に指先をかざすたび、

小さな封音が、部屋の中にかすかに立ちのぼる。


リオルは慎重に比率を測り、

九色の光をひと粒の器へ導いていく。


リオルが九色の瓶に手をかざすと、

室内の空気が柔らかく揺れた。


風はないのに、光だけがふわりと浮く。


赤は、灯火の欠片のように。

青は、夜明け前の水のように。

緑は、草の匂いを連れてくるように。


それぞれの色が微細な封音を立てながら、

小さな器へ吸い寄せられていく。


レヴィはその光景に息を止めた。


(……こんなの、見たことない……)


九色がそろった瞬間、

器の上に“淡い球状の脈”が生まれた。


それは、光でも影でもない——

ただ静かに呼吸する“気配”。


リオルは金の瓶を取り出し、

蓋にそっと手を添えた。


部屋の空気が、金の音に呼応して震える。


「……ほんのひと雫だけ。

 陛下……お借りします。」


蓋をほんのわずかに傾けると、

金の粒が一粒だけ滴り落ち、

九色の中心で小さく、しかし確かな音を立てた。


ちりん……と。


金の粒が落ちた瞬間、

淡い光の球がぱっと広がり、

細かな金線が九色をひとつにつないだ。


レヴィは胸を押さえる。


(まるで……祈りそのものだ……)


光はゆっくり凝縮され、

金平糖のように整った粒へと変わっていく。


その中心で、金の灯がかすかに脈打っていた。

  

レヴィは息を呑んだ。


粒の中心には、

金の灯が細く細く息づいていた。


レヴィは震える声で呟く。


「……そんな調合、見たことがない……」


リオルは静かに答えた。


「本来は使うべきではありません。

 けれど……この子がまだ呼んでいるのなら、

 光の行き先を示す“灯”だけは、必要です。」


粒を小さな器に受けると、

ほんのり温かい光が指先を照らした。


リオルはそれをミーナの唇へそっと運ぶ。


「……大丈夫。

 これはあなたが戻りたい場所へ、

 帰るための道標です。」


ミーナの喉がかすかに動き、

粒の光がゆっくりと、胸の奥へ溶けていった。


その瞬間——

街のどこかで、瓶がひとつだけ鳴った。


カラン……


レヴィがぎゅっと瞳を閉じる。


「……ミーナ……戻ってきて……」


リオルは少女の手をそっと包み、

揺らぎの変化を確認しながら穏やかに言った。


「……大丈夫です。

 まだ……灯りは消えていません。」


リオルの言葉が室内に溶けたとき、

ミーナの睫毛がひとつだけ震えた気がした。


レヴィは息を呑み、両手で口元を押さえる。


「……ミーナ……」


少女の呼吸はまだ弱い。

けれど、胸の奥で “ほんのわずかに光が動く” のを、

確かにリオルは感じ取っていた。


その瞬間——

外の光彩路のどこかで、瓶が再びひとつだけ鳴った。


カラン……


さっきより、少しだけ澄んだ音。


レヴィはゆっくりと目を閉じ、

深く、静かに言った。


「……リオル。来てくれて本当にありがとう。」


リオルは頷き、

少女の小さな手を包んだまま静かに言った。


「焦らなくていい。

 ……ミーナの灯は、まだ息をしています。」


室内に落ちた沈黙は、

先ほどよりも、ほんの少しだけ温かかった。

✴︎リオルの独り言✴︎

リュメル調律局は、

王都の中心、封音塔の影が最も濃く落ちる場所にある。

ここは国の機関ではない。

私の生家――

フィレア家が何代にもわたって守ってきた、

“色を調える”ためだけの機関だ。


塔から運ばれる九つの色のエモリアを預かり、

それぞれの呼吸を確かめて、

街へ戻すためのリュメルを作る。


街々の調律師たちは皆、ここからリュメルを受け取り、

それぞれの場所で人々のバランスを整えている。



✴︎用語解説✴︎


【No.32】リュメル調律局(フィレア家管轄)


王都にある、フィレア家が代々営む“調律の中枢”。

封音塔から届けられた9色のエモリアを扱い、

それぞれを微細に調整して9色それぞれ

単色のリュメルへ加工し、

全国の調律師へ卸している。


調律師は通常、

・人の揺らぎを診る

・必要な色を判断する

・局から受け取ったリュメルを処方する

という仕組み。


ただし 複数色を合わせた調合(多色リュメル) は

非常に高度であり、

現代で安全に行えるのは、

フィレア家の中でもごく限られた者――

そのひとりがリオルである。


そのため“調律局”という名前ではあるが、

実態は 家業と才能に支えられた一族の技術拠点 に近い。

リュメルは、

フィレア家の信頼と技術によってのみ守られている。

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