第21話ー旅立ちの調律ー
朝の光が、瓶棚の隙間を縫うように差し込んでいた。
あの日から、もう二週間が過ぎた。
レイラはすっかり色を取り戻し、
最近は、兄と朝の散歩をするようになったらしい。
ノアは相変わらず調律所に通い、
猫に餌をやるのが日課になっている。
部屋の中の音も、少しずつ変わっていった。
封音の響きがやわらかくなり、
瓶の光も穏やかに呼吸している。
リオルは静かに荷をまとめ、
最後の記録帳を閉じた。
窓辺には、レネスからもらった
瓶飾りが吊るされている。
淡い橙と白が混ざり合い、
朝の光を透かしてやわらかく揺れていた。
「もうすぐ出発ですか?」
レネスの声がして、振り向くと扉のところに立っていた。
その隣にはレイラもいて、
両手で包みを抱えている。
「妹が作ったんです。お礼に……。
もしよろしければ、道中召し上がってください。」
包みの中には、
雲の形をしたパンに野菜とチーズを挟んだ
小さなサンドイッチがいくつも並んでいた。
リオルは目を細めて微笑む。
「ありがとうございます。
彼女の橙は、もうすっかり安定していますね。」
レイラは恥ずかしそうにうつむいた。
「また、納品にきますね!」
「ええ。いつでも。」
ノアとセナも、少し遅れてやってきた。
セナは穏やかに微笑み、ノアは口をとがらせる。
「王都ってどんなとこ? パン、売ってる?」
「たぶん、もっと種類がありますよ。」
リオルの返事に、ノアは目を輝かせた。
「じゃあ、帰ってきたら教えて!」
「約束します。」
部屋の空気が、やわらかく笑いに包まれる。
そのとき、静かなノックの音が響いた。
こん、と二度。
瓶の封音がかすかに共鳴する。
リオルが扉を開けると、
朝の光を背にした男が立っていた。
深い藍の羽織。淡い金の糸。
「……調律士リオル殿。お迎えにあがりました。」
アウルだった。
その声に、部屋の空気が少しだけ引き締まる。
リオルは軽く頭を下げ、荷を肩にかけた。
振り返ると、みんなが立っている。
「……では、行ってまいります。」
レネスが「お気をつけて」と言い、
レイラは小さく手を振った。
ノアは唇をかんで、
それでも笑顔で言った。
「できるだけ早く帰ってきてね!」
リオルはその言葉に穏やかに微笑み、
「ええ。約束します。」
と答えた。
扉を出ると、
丘の上の空気がひんやりと肌を撫でた。
アウルが一歩後ろを歩き、
静かに問う。
「……準備は、整いましたか。」
「ええ。大丈夫です。」
しばらく沈黙が流れる。
丘を下りる道の先、
王都の方角には、まだ薄い霧がかかっている。
アウルが言う。
「黒の沈殿が拡大しています。
陛下はあなたの調律を待っておられます。」
リオルは小さく頷き、
空を見上げた。
雲の奥で、光と影がかすかに交わっている。
✴︎リオルの独り言✴︎
王宮へとつづく
光彩路は、
陽の光を閉じ込めたようなガラスの石で敷かれている。
青、橙、白、紅――
歩くたびに足もとで光が揺れ、
まるで道そのものが呼吸しているようだ。
晴れた日には、
そのレンガにうっすらと空の色が映る。
淡い雲が流れるたび、
地上の光もゆるやかに揺れて、
まるで空と道が会話をしているように見える。
地上の人々は、
その道を“光の道しるべ”と呼んでいる。
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✴︎用語解説✴︎
【No.21】光彩路/通称:光の道しるべ
各地の街から王都へと延びる巡礼の道。
ガラス質のレンガで敷かれており、
光を受けると十色の輝きを放つ。
晴れた日には、レンガが空を映し、
地上にもう一つの空をつくり出す。
古くから“空と地上を結ぶ道”とされ、
祭の夜には人々が小さな灯を並べる。
その光は遠くから見ると、
まるで地上に映る星の道みたいだった。




