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Emoria-雲を空に返す夜に  作者: ume.


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第2話―還雲の儀-

夜の終わり、空はまだ息をひそめていた。

風も、鳥も、音という音を失い、

世界全体がひとつの心臓になって脈を止めている。


広場の中央に立つ還雲樹が、

ゆっくりと光を吸いはじめた。

枝という枝に吊るされた無数の瓶が、

微かな光を溜めこみ、

ひとつ、またひとつと淡く瞬く。


そのとき、

女王アリシアは白い衣をまとい、

樹の前に立った。

彼女の髪は夜と朝の境を映すように金色に揺れ、

瞳にはまだ、夢の光が残っている。


両の手を胸の前で組み、

唇をひらく。

彼女の声は風でも音でもなく、

世界そのものが息をするような響きを帯びていた。


~~~♩~~~♬~~~♪~~~♫~~~


ひかりよ ねむりをわすれ

くもよ うたをかえして

みずは つきのほほをなで

かぜは ほしをいだく


あいのいろ こいのいろ

みどりは そんけい しずけさのはな

むらさき ねたみをやさしくつつみ

きいろは ほこりをうたにかえる


あおは せいなるねむり

おれんじは よろこびのひかり

くろは うつろのはばたき

しろは しんのしんじつ


いろは ひかりをほどき

こころは そらにかえる

るゥ らァ らァ ……


みらいは まだ なまえをもたず

やみに やさしき こえひとつ

ねむるものらの ゆめのうた

るゥ らァ らァ ……


ひかりよ いま めざめて

くもよ うたをかえして

こころは なにも もたず

そらに かえる

るゥ らァ らァ……


~~~♩~~~♬~~~♪~~~♫~~~


彼女が歌うたび、

街中の瓶が共鳴し、封音が一斉に鳴り響いた。

その瞬間、すべての瓶が光の粒へ変わり、

中のエモリアを抱いて空へ昇っていく。


雲のかけらは声の旋律をなぞるように流れ、

金も白も、紅も蒼も、すべての感情が光となって、

世界の上へ、上へと還っていった。


還雲樹は呼吸をするように輝き、

枝からこぼれる光が人々の頬を照らす。

街全体がひとつの呼吸をした。


それは、世界そのものが目を閉じ、

そしてまた静かに目を開くようだった。


アリシアの髪は淡く金に光り、

夜明け前の空と同じ輝きを宿していた。


封音が最後のひとつを鳴らした。

その音は、終わりのようであり、はじまりのようでもあった。


そして風が動いた。

空へ昇った光がゆっくりと散り、

世界は、再び光の朝を迎えた。


光は静かに還り、

世界はひとつ息をした。


✴︎リオルの独り言✴︎

「封音は、心の奥にある声だと思う。

 誰かが泣いたあと、静かに息を吸うみたいな音。

 それは決して悲しいだけの音じゃなくて、

 どこか、やさしい。

 世界がその音を覚えているかぎり、

 感情は何度でも光に還る。」

✴︎用語解説✴︎

【No.2】封音ふうおん

感情〈エモリア〉が瓶に封じられる瞬間、

または祈りで共鳴したときに鳴る音。

人の心が“閉じる”ときと“開く”ときの、境目の響き。

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