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Emoria-雲を空に返す夜に  作者: ume.


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第18話ー静寂のひとー

アウル視点です。

風が、途切れていた。

坂の上に佇む白い屋根の調律所は、

まるで世界の音を

一度そこで止めたように静かだった。


アウルは扉の前で立ち止まり、

封音計を胸に抱く。

針はわずかに震え、

しかし音を発しない。

封音が澄みすぎて、

数値が拾えないのだ。


扉の向こうから、

かすかに硝子が鳴る。

呼吸のような、音。


ゆっくりと扉を押すと、

柔らかな光があふれた。


部屋の中は、瓶で埋め尽くされていた。

棚にも、壁にも、窓辺にも。

淡く揺らめく色が、呼吸のように点滅している。

まるで空の破片を集めて並べたようだった。


その中央に、ひとりの影。


黒とも、銀とも、群青ともつかない髪が光を受け、

角度によって表情を変える。

静かに瓶を手に取り、

光の粒を見つめていた。


アウルは息を呑んだ。


――女王陛下に、似ている。


祈祷の間で見た、

あの祈りの光を

そのまま人の形にしたような佇まい。

しかし、近い温度を帯びている。


リオルは、ゆるやかにこちらを振り向いた。


「観測院の方、ですね。」


その声は驚くほど静かで、

音よりも、空気の揺れとして胸に届いた。


「……あなたが、リオル・フィレア調律士。」


アウルは姿勢を正し、深く頭を下げた。


「観測院のアウル・エルディスです。

 陛下の命により、黒の沈殿現象の調査に来ました。

 最近、各地で“黒のエモリア”が空に還らず、

 地上に滞留する事例が報告されています。」


リオルは瓶を棚に戻し、静かに答えた。


「……心当たりがないわけではありません。

 今まさに、レイラという少女を治療しています。

 彼女も“黒の沈殿”の影響なのかもしれませんね。」


アウルは視線を巡らせた。

瓶たちが、音もなく瞬いている。

その光は静かで、

それでいて鼓動のように脈を打っていた。


「噂は本当なのですね。

 エモリアの“色”を、

 数で視ることができると。」


リオルは目を伏せた。


「数というより……

 エモリアの声を聴いているだけです。

 それを読み解いているだけのこと。」


アウルはしばらくその姿を見つめていた。

瓶の光が、リオルの頬をかすめて流れる。

黒が銀に、銀が群青に溶けていく。


「……あなたは、空から愛されているのですね。」


リオルは短く瞬きをして、

少し間を置いてから静かに答えた。


「愛されていたのは、先祖です。

 私はその力を継承したにすぎません。」


アウルは反応に困り、ゆっくりと

懐からひとつの封筒を取り出した。

白金の封蝋には、王家の紋章。


「――陛下からの親書です。

 リオル調律士、

 あなたに王都への同行を求めています。

 女王の祈りのもとで、

 “黒の沈殿”の調査に協力してほしいと。」


リオルは静かに手を伸ばし、

封を受け取った。

蝋の光が瓶の色を反射し、

淡い金の揺らぎが室内にひろがる。


「……女王陛下の直筆、ですか。」


「ええ。

 “エモリアを聴く耳を、持つ者へ

あなたの力をお貸しください”――

 それが、陛下の言葉でした。」


リオルはしばらく封蝋を見つめ、

小さく息を吐いた。


「……ですが、この少女を一人にはできません。

 どうか、一ヶ月だけ待って頂けませんか。」


アウルは少しの間沈黙し、

静かにうなずいた。


「こちらも急ぎの任務ゆえ、

 それ以上はお待ちできません。

 一ヶ月後、必ずお迎えにあがります。」


リオルは穏やかに微笑んだ。

「では、それまでに。

 この子の心を、

 もう一度呼吸させてみせます。」


アウルは深く頭を下げた。

瓶の群れが再び小さく鳴き、

封音が二人のあいだで重なった。


まるで、空と地上の呼吸が

ひとつに溶けていくように。


✴︎リオルの独り言✴︎


王宮は、光を通す器だ。

外壁はクリスタルでできていて、

朝も夜も、空の光を受けてゆるやかに屈折する。


十の封音塔が、それぞれ異なる色の響きを集め、

その光が外壁を通るたびに

十色の屈折が重なり合い、

王宮全体がひとつの宝石のように瞬く。


その輝きは、装飾ではない。

人々の祈りが形を変え、

空に還るための“循環の証”だ。


私はときどき思う。

この世界そのものが、

ひとつの瓶であり、ひとつの光の結晶なのだと。


王宮が光を放つかぎり、

この国はまだ、祈りの中に生きている。



✴︎用語解説✴︎


【No.18】王宮おうきゅう

“空の心臓”と呼ばれる聖域。

外壁は半透明のクリスタルで構成され、

空の光と封音の波を屈折させて街へと還す。


十の封音塔が国じゅうの感情〈エモリア〉の響きを集め、

中心の〈祈祷の間〉にある〈空映晶〉へと導く。

内部で混ざり合った光は再び外へ広がり、

王宮全体が“十色の宝石”のように輝く。


その光は、空と地上をつなぐ“祈りの呼吸”の象徴とされている。

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