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Emoria-雲を空に返す夜に  作者: ume.


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第1話-還雲祭の宵-

初投稿です。お手柔らかにお願いします。

夜の空気が、わずかに甘い。

蜂蜜を薄めたような香りが、街の通りを漂っていた。


年に一度の還雲祭かんうんさい

人々は昼から飾り付けをはじめ、今、街はまるで

ひとつの瓶の中のように明るかった。


カラフルなレンガで敷きつめられた通りの両側には、出店が連なっている。


焼き菓子の湯気が上がり、雲の形をした紙灯が風にゆれる。


灯には、それぞれ淡い青、橙、紅、白……色とりどりの光が滲んでいた。


感情の雲〈エモリア〉を象ったものだ。


通りでは、子どもたちが焼き菓子を手に笑っている。


人々は、心の病にかからぬよう、

あふれた感情――

エモリアを瓶に封じて暮らしている。


そして年に一度、

エモリアを空へ返すのがこの祭りの習わしだった。


通りの明かりが遠のくほど、

空が光を帯びていく。


群青と金が溶けあい、

まるで誰かが巨大なパレットで

夜を描いているようだった。


いくつもの光が風に揺れる。

吹き抜けるたび、空気の粒がかすかに光を帯びて、

髪や袖をやさしく撫でていった。


広場の中心には、

透明なガラスでできた一本の樹が立っていた。

枝先には雲の形をした小瓶や灯が吊るされ、

それぞれが人々の封音を受けて微かに光を返している。


還雲樹かんうんじゅと呼ばれるその樹は、

この街の中央に立つ、光と祈りの象徴。

祭りの夜には、いつもよりいっそう強く輝く。


封音が鳴るたび、枝に吊るされた瓶が震え、

光の粒がゆるやかに滲んでいく。

それは、空に帰るのを静かに待つ光。


今日の夜の終わりに、

女王の手によって還雲が行われる。

今はただ、祈りだけが夜を照らしていた。


リオルは群衆の外れで立ち止まり、

胸の前にひとつの瓶を握っていた。

瓶の中では、雲がゆるやかに混ざり合い、

橙が微笑み、青が静かに沈んでいる。

その光が彼の指先に反射して、淡くきらめいた。


リオルはそっと瓶を傾け、封の隙間から光を覗いた。

封音ふうおんが鳴る。

鈴と風のあいだのような音。

音とともに、瓶の中の光がわずかに脈を打つ。


「…………」


混ざりあう雲の光が、瞳の中でゆっくり揺れた。

その視線の先で、還雲樹の枝先がまたひとつ光り、

光の粒が静かに夜へ溶けていった。


——人の心は、絵の具のように混ざっている。

どんなに調えても、純色には戻れない。

けれど、その濁りこそが、生きている証。


広場では、次々と封音が響きはじめた。

樹の枝葉が淡く呼吸し、音と光が街を包みこむ。

夜はまるで祈りの灯火でできた雪景色のようだった。


けれど、リオルの耳には、

音の途切れが混ざって聞こえた。


瓶の底。

雲の影のさらに奥。

漆黒の粒が、静かに沈んでいる。


リオルは指先で瓶をなぞり、

小さく息を吐いた。

樹の光が一瞬だけ、揺らいだ。


「……エモリアが、無事還りますように。」


封音がひとつ、鈴のように鳴った。


還雲樹がそれに応えるように瞬き、

吊るされた瓶の中で、

光がいくつもふわりと揺れた。

 

それは、まだ封を保ったままの、帰りたがる光。

夜空には届かず、ただ淡く揺れていた。

瓶の中で最後の輝きが静かに沈み、

リオルの掌の温度だけが、残った。


✴︎リオルの独り言✴︎

「封音が鳴る夜、

 人はどんな夢を見ているんだろう。

 雲のように、ほどけてはまた形を変えて。

 そのたびに、誰かの心を照らしていく。」


✴︎用語解説✴︎

【No.1】エモリア(Emoria)

 感情の雲。

 人の心から溢れた想いが形をとる。

 色も重さも、ひとつとして同じものはない。


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