第2章:炎と蛇
炎に照らされた森の広場は、まるで悪夢の舞台のようだった。
アレックスはまだ膝をつき、荒い息を吐きながら、ゆっくりと近づいてくる戦士から目を離せなかった。彼の一歩ごとに枝が砕け、周囲の空気は灼熱のように重くなっていく。
「お前は……誰だ?」
額に汗をにじませながらも、アレックスは必死に落ち着こうと問いかけた。
カエルは薄く笑い、侮るような自信を浮かべて答えた。
「俺の名はカエル。太陽神インティのアバターだ。……そしてお前は、ただの虫けらに過ぎない」
アレックスは後ずさりしながら、必死に頭を回転させていた。ほんの数分前まではただの高校生だったのに、今や腕に刻まれた謎の紋章と神との繋がりを持ち、命を狙われている。
「俺に……何をするつもりなんだ?」
カエルは炎の剣を掲げ、刃先をアレックスに向けた。
「単純なことだ。他のアバターを全て倒し、インティの加護にふさわしい存在だと証明する。それだけだ」
言葉が終わるや否や、カエルは炎の奔流のような速さで突進した。アレックスは咄嗟に地面へ飛び込み、辛うじて剣を避けたが、炎の熱が袖を焼き焦がした。
『動け、若者!』
ケツァルコアトルの声が脳裏に響く。
「動いてるだろ!」
アレックスは叫びながら、必死に転がって次の斬撃をかわした。
カエルの攻撃は止まらない。剣の軌跡は炎の嵐となり、木々すら燃やし尽くしていく。
「逃げてばかりでは終わらんぞ! 立ち向かえ!」
カエルは剣を天へ掲げ、火球を生み出した。燃え盛る球体は瞬く間に大きく膨らみ、森全体を飲み込みそうなほどに輝きを増していく。
「……勝てるわけない!」
アレックスの心臓は激しく脈打ち、恐怖に支配されかけていた。
『では諦めるか? いや、違う。お前には我が力がある。風を感じろ。それを武器とせよ!』
ケツァルコアトルの声に突き動かされ、アレックスは一瞬だけ目を閉じた。ざわめく木々の葉、頬を撫でる風――その存在を強く意識した瞬間、腕の紋章が光を放ち、力が体を満たしていく。
「やってみる……!」
カエルが火球を放った。アレックスは咄嗟に腕を伸ばし、掌から突風が放たれる。炎の塊は逸れ、爆発が森を揺るがしたが、アレックスは立ち続けていた。
「今のは……?」
カエルは目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。
アレックスは息を整え、口元に笑みを浮かべた。
「どうやったのか分からないけど……悪くないな」
再び炎の剣を構えたカエルは、さらに激しい攻撃を仕掛けた。だが今度はアレックスも応戦する。風を操り、攻撃を逸らし、素早く身を翻し、風の盾で刃を防ぐ。
それでも力の差は歴然だった。ついにカエルの一撃が肩を打ち、焼ける痛みが走る。
「悪くはない……だが力不足だ」
炎の剣を振りかざし、止めを刺そうとするカエル。
その時、突如として強烈な風が森を吹き抜けた。
アレックスの体は本能に従い、右腕を突き出した。すると光が集まり、羽を持つ蛇の形をした槍が手の中に生まれる。
立ち上がったアレックスは槍を構え、鋭く言い放った。
「……まだ終わってない」
カエルはその姿をしばし見つめ、剣を下ろした。
「面白い。今は見逃してやろう。だが次は容赦しない……ケツァルコアトルのアレックスよ」
そう言い残し、炎と共に姿を消すカエル。
広場に残されたアレックスは力尽き、膝をついた。
「……一体、何が起きたんだ?」
腕の紋章を見つめながら呟く。
『これは始まりに過ぎぬ。お前を狙う者は、まだまだ現れるだろう』
ケツァルコアトルの声は厳しさの中に、わずかな誇りを帯びていた。
星空を見上げながら、アレックスは胸の奥で理解していた。
――もう普通の生活には戻れない、と。
第2章・終