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掌編置場

思いの残映

作者: 須藤鵜鷺
掲載日:2025/08/13

 学校の建物って、どこもわりと同じように見える。同じような時期に一斉に建てられたからかもしれないけど。だからだろうか。ここは初めて訪ねる場所のはずなのに、なんだか懐かしいような気がしてくる。

 数年前に廃校になった小学校。ここはその建物を再利用して宿泊施設と博物館をあわせもった施設として去年オープンした。当時テレビの取材も入ったためか、利用客はわりと多いようだ。正面の児童玄関だったところが受付になっていて、そこで博物館の入館手続きや宿泊のチェックインをする。現役の小学校だったときはもっとたくさんあったのだろう靴箱はほとんどが撤去されていて間口は広くとられている。残された靴箱も今は展示の一部で、鍵のかかる下足入れが別で備え付けられていた。建物の一階と体育館が博物館のエリアで、二階と三階の教室が宿泊部屋につくり変えられている。宿泊客は視聴覚室を改装した食堂で給食風の食事をとることもできる。

 今の時間はまだ宿のチェックインは始まってなくて、博物館のほうだけが開いている。受付に座った女の人が「博物館のチケットはこちらです」と声をかけてきた。眼鏡をかけた四十代くらいの女性。その声に吸い寄せられるように受付へと進み、チケットを買った。宿泊客はこの博物館も見られるらしいが、あいにく今日は予約で満室になっていた。そもそも教室を使っているので、部屋数もそんなに多くないようだ。

 はじめは外観だけ眺めて帰るつもりだった。それなのに博物館のチケットを買ってしまった。もぎりとかは特に無いようで、今日の日付印を押された紙のチケットを手持無沙汰にいじりつつ、そのエリアに足を踏み入れた。

 受付から右手に行くと校舎側、左手に行くと体育館側に出る。なんとなく校舎のほうへ足を向けた。すぐのところにあるのは元・職員室だった。小学生だったときにはできるだけ来たくなかった場所。ここに来ないといけないときというのは、だいたい先生に怒られる何かをやってしまったときだったから。入り口のドアは開け放たれていて、もちろんそこに先生たちの姿はない。それどころか今は展示を見てる人も他にいなくて、中はがらんとしていた。ここの展示のテーマは「子どもの生活の歴史」というものだった。職員室だったときには先生たちが使っていたのであろう事務机をいくつかまとめて島がつくられていて、それがそのまま展示台として使われている。各島ごとに昭和初期、中期、後期、そして平成と時代が分けられていて、当時の教科書や流行っていたらしいおもちゃ、当時の写真をパネルにしたものなどが並べられている。ざっと見れば十分くらい、細かく見ても三十分はかからないだろう。せっかくチケット代を払って入ったのだからと思い、できるだけじっくりと見て回った。でもどれだけゆっくり見ても展示がそこまで多くないので限界があった。その間にも他の客が入ってくることはなく、だんだんいたたまれなくなってきたので職員室を出ることにした。展示はここだけではないはずだ。

「しつれいしました」

 ふいに、そんな声がした。舌足らずな、子どもの声。

 子どもなんていたっけ?振り返ってみたけれど姿は見えなかった。もうどこかに行ってしまったんだろうか。

 ばたばたばたっ。何人もの子どもが走り去るような足音。音がした廊下に出て左右を見た。長いリノリウムの貼られた廊下があるばかり。

 チャイムの音。幼い高い声のざわめき。まるで小学生のときに聞いていたような。

 きっとこういう展示なのだ。校舎の中に入るまで気づかなかっただけで、実はずっと放送かなんかで流されていたに違いない。

 廊下の奥へと歩いていく。次はどこへ行けばいいんだろう。ふわりふわりと視界が揺れている。あれ、そういえば、今は何をしていたんだっけ……?

「きりーつ、れい。おはようございます」

 教室の中から声が聞こえる。そのドアをガラッと開けた。

 担任の先生がぱっとこちらに目を向けた。

「おや、――さん。もう一時間目が始まっていますよ」

 あのころの担任の先生に、名前を呼ばれて、席につくよう促される。ひとつぽつんと空いた自分の席。あぁ、遅刻しちゃったんだ。だったら早く席につかなくちゃ……。

 ガタッと大きな音を立てて、椅子を引く。周りの子たちがざわざわしてる。早く座らなきゃ。木と鉄でできた教室の椅子に、とんと座る。あぁよかった。そう思った瞬間、ふわっと風に包まれた。

 一瞬視界が揺れたかと思うと、次に見えたのはなにもない、誰もいない教室だった。今まで見えていた先生も、クラスの子どもたちも、誰もいない。それどころか机や椅子も片付けられていて、ただがらんとした空間が広がっていた。子どもたちのざわめきも今は聞こえない。

 前方の黒板には「こちらの展示は現在準備中です」と書かれていた。それで自分が今どこにいるのか、何をしていたのかをようやく思い出した。

 それでもさっきまでの白昼夢のような光景が、まぶたの裏にまだはっきりと残っていた。

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