仕事の遅い悪魔と取引した男
「あのぅ、願いを叶えましょうか?」
自分の足を見ながら歩いていると不意にそんな声が聞こえてくる。顔を上げた私の前に、子どもほどの背丈で黒い毛に覆われた、人と獣の間の子のような顔をした奇妙なものが立っていた。
私は敵意らしいものは感じないそいつのことをジロジロと眺め回すと、なんだって? と尋ねる。
「願いを叶えましょうか?」
そいつはもう一度先ほどの言葉を繰り返すと、落ち着きなく、足をソワソワと動かした。そのときにちらりと見えたが、どうやらヤギのような脚をしているらしい。よくよく見れば背中の方には鏃のようなものがついている尻尾も見える。
「なるほど、悪魔か」
私の言葉にそいつはそうですそうですと角のある頭を勢いよく上下させる。失業して金も尽きかけている私にとっては都合の良い話であった。
「実を言うとそろそろ契約を取れないと怒られるんですよ。助けると思ってお願いします」
「それで、願いを叶える代償ってやつはなんだ?」
「ええっと、貴方が亡くなったときにですね、魂をですね。魂をいただきたいんです、はい」
悪魔の言葉に私は暫し思案する。そしていまの状況を考えた結果、この悪魔との取引に乗ることにした。
切羽詰まっているからということで三つまで願いを叶えてくれるというのでさしあたりの金と、楽で稼げる仕事と、健康な長寿と願いを口にする。
すると悪魔は頷き、精一杯務めさせていただきますと言うと姿を消した。
その数日後、買ったきり忘れていた宝くじが当たったことで少額ながら金が入り、面接を受けた会社から採用通知が届いた。
これでなんとか生きられる、と私は胸を撫で下ろした。
「悪魔と取引したって言うんなら、それならなんであんたはいまここにいるんだい?」
私の話を聞いていた男がそう尋ねてきた。場所は天国である。
その質問に私は答えた。
「宝くじも合格通知も悪魔の力じゃなかったらしいんだよ。悪魔がノロノロやってたうちに私は金も仕事も手に入れたし、しかもその後すぐに事故死したんだ」
あの仕事の遅さでは悪魔が契約を取れずに怒られるのも仕方のない話だった。
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