梅茶漬け
「梅茶漬け」
「今日はご飯いいの?」
「たまにはパンが食べたい」
そう言って梅茶茶漬けを食べ終える。梅干は最高級であるらしい。昼も冷たい茶漬け。夜はカツ丼に梅茶漬け。
「和洋折衷でいいでしょ?」
「白米で食べたい」
「我侭を言うんじゃない」
いつも逆切れをされる。義理の母親とは相性が話しはいい。でも、いつもお茶漬けしか食べられなかったから、せめて梅を入れているらしい。栄養が偏りすぎて、どうしようかななんて思っている。カツ丼は正式に言えばカツ丼ではない。ベーコンをご飯に乗っけただけだ。それを長年カツ丼だと思っていた。
17才で二人目の恋人が出来た。新しく出来た彼氏は焼肉屋で、私はデートの終わりに飯を食べる。彼氏の家で肉を焼いてくれる。私は一番美味しい高級肉を食べられる。カルビを食いたくて仕方が無かった。
「悪いね。何もできなくて」
「身体で払ってもらうよ」
「私でよければ何時でも払ってあげるわよ」
「しかし、美人さんだよな」
「何?」
「肉が焼けたぞ」
そうして、腹いっぱいに肉を食べる。そして、頻繁に母親から、カツ丼と梅茶漬けの話に戻る。
「もう白米だけ食べてなさい。私の好意を無下に扱って」
「だから、パンが……」
「もうそのいい訳は聞き飽きた」
「だから、パンが……」
話は30分にも及んでいる。ご機嫌斜めだ。私は父親とはあまり会わない。その時間には眠ってしまうからだ。夜間の仕事をしている。どんな仕事か知らないが。
でも、朝は梅茶漬けになる。夜にカルビを食べるから、良しとしよう。
今の彼氏とは、実家が焼肉屋だと聞いて、付き合おうかなと思った。中々きっかけがないと思ったら、向こうから「プロポーズ」をしてきた。
「一生面倒見ます」
「一生じゃなくていいけど、とりあえず、お願いします」
そうして、焼肉の為に付き合いたいと思っていた恋は実った。今でも変わらない。焼肉の方が、梅茶漬けより美味しいって。比べる程でもないけど。
そして、高校三年になった。私は相変わらずカルビを食べながら、勉強していた。大学に進みたくて、大学名を言ってみた。
「俺も同じ所に受験するよ」
まだ付き合う気なのが、楽観的で面白い。ずっと、続くかもしれないな。そう思った。私は、実家の方に彼氏を呼んだ。
「あら。焼肉兄さん。いらっしゃい」
「あ、どうも」
否定しろよ。と内心では思いながら、牛肉を食べるとどう変わってしまうのか、知りたかった。
「ここの流儀では梅茶漬けを食べなければ、前に進めないわよ」
「精進します」
「精進されても困るからさ」
そう言って、母親は初めて食べたらしい。牛肉を。牛肉なんか夢のまた夢。そんな生活を送ってきたから。感動して涙が出たらしい。
「お、美味しい。良かったら私と結婚……いや娘をよろしく」
「任せてください。冥土の果てまで追っかけていきますから」
「たまには家に来てね。梅茶漬けを奢ってあげるから」
「はい」
そんな話を二時間ぐらいした。長い時間だった。でも、飯の為に結婚するのも悪くは無いなと思った。
「アンタ。早く焼肉兄さんと結婚しなさいよ」
「別にいいけど」
「結婚式には行くからね」
「結婚式はしないわよ」
「じゃあ、二次会は焼肉店にて」
「一次会は?」
「ベーコンを何故美味しいのか語り合う」
「どこで?」
「喫茶店で」
「……母さん。二次会から始めよう」
「まあ、腹減ったしね」
やっぱり、梅茶漬けでは、腹が満たされなかったんだと思った。そうして、高校を卒業した。母さんは珍しく化粧をしている。父親は仕事で来る事ができなかったらしい。
私は、初めて夫の両親と出会った。中々温厚そうな二人だった。そして、二人で暮らす事にした。夫の職場に近い中古マンションを買って。何て幸先がいいんだと思っていた。合鍵を母親にも渡した。
そして、結婚式が終わり、家の家事をほったらかして、こっちに来る。焼肉が食べたいらしい。いつも、焼肉を食べながら、生活している。母親は、きっと一人で淋しいんのかなって思う。
そして、夫といるよりも、母親といる時間が多くなっていた。これでいいのかな。まあ、家事はやってくれるからいいけど。そう思いながら、自室で映画を観ていた。ボクシングの映画だ。感動して涙が出た。
ずっと、こんな馬鹿馬鹿しい生活が続けばいいなと思った。明日で19になる。夫と「三人」で結婚記念日を祝う事になっている。やはり優しいとかいうよりも、ただ焼肉が食べたいだけのような気がする。私の母親は。