僕の知らない君②
彩夏は、駅に着くとバックの中をガサゴソとあさり始めた。
「えっと~どこにある……」
普段徒歩で通学の彩夏が交通 ICカードを使うのはアルバイトに行く時くらいだ。
「やあ……偶然だね……」
「!」
声だけで顔を見ずとも誰だかわかった彩夏は、顔を上げることなく手を動かした。
「いつからいたの」
目的のものが見つからない。彩夏はバッグの中を探し続ける。
「君が正門を出た時から……」
彩夏の心臓がドキリと音をたてた。探し物をする手が止まった。
「そう……」
彩夏は素っ気ない態度でそれ以上の会話を避けた。
彩夏が改札を通過すると彼も後ろをついてきた。
小さな駅のホームは学生たちで溢れている。きっと彼も電車通学なのだろう。
すると彩夏の隣に並んで立つ彼は「彩夏、これからアルバイトに行くの?」と話しかけてきた。
「?」
いつしか呼び捨てにされていると気づいた彩夏は、質問への返答どころではない。不愛想な表情で水星の顔を不満げに見上げた。
目が合うと水星は満面の笑みで彩夏を見つめてきた。
彼は終始笑顔を絶やさない。よくもまあ、ここまでよく笑えるものだとある意味、尊敬に値する。海外生活を送っていたせいだろうか。彩夏そう思った。
「あの……水星さん。私はあなたに呼び捨てされるほど仲良しではありませんが……」
「名前で呼んでくれる?深彗でいいよ」
彩夏の話を全く理解していないようだ。
「あの、ですから……深彗君、私がこれからアルバイトってどうして知っているの」
律儀に名前で言い直す彩夏に深彗は屈託のない笑顔で答えた。
「くんもいらないよ」
彩夏はなんだか拍子抜けしてしまい、それ以上質問するのをあきらめた。
するとマイペースな深彗は質問してきた。
「彩夏はどうしてアルバイトをしているの?」
突然の質問に彩夏はどう答えたらいいか逡巡した。
「……しゃ、社会勉強……そう、社会勉強の一環として」
たどたどしい話し方で返答した。
「そうなんだ。君は偉いんだな」
彩夏の両親はお小遣いをくれないどころか、学校で使用するちょっとした備品や教材費も出してはくれない。決して家が貧しいわけではない。兄たちは時々事業を手伝うからといってお小遣いを貰っているが、彩夏は貰ったことがなかった。
『おばあちゃんに貰えば』が母の口癖だった。祖母と彩夏に対する母の嫌がらせとしか思えなかった。
ある日彩夏は知った。
母は家事全般をこなす祖母に生活費を入れていない。今、祖母の年金で生活費をやりくりしていることを。
辛抱強い祖母は決して愚痴など零さない人だが、見ていればよくわかる。彩夏は、そんな祖母からお小遣いなんて貰えるわけがなかった。
そんな秘密にしていたい家庭の事情など他人に明かす訳にはいかなかった。
葉月家の実権を握っているのは母。そんなことがバレたら母から酷い仕打ちを受けるに違いないからだ。
太陽が雲間に入ったように彩夏の横顔が曇っていった。
暫くすると電車がホームに入ってきた。
二人はその電車に乗り込むと彩夏は座席に座った。深彗は彩夏の前の吊革につかまり上から彼女を見つめた。
彩夏は四つ目の駅で立ち上がると電車から降りた。深彗も無言のまま彼女に続く。
その後も深彗は彩夏の後ろをなぜかずっとついてくる。
「深彗君の家はこのあたりなの?」
居たたまれなくなった彩夏は深彗に質問すると、彼はにっこりと微笑んでいるだけで何も答えない。
「ここ、私のバイト先だから、じゃあ……」
彩夏はそう言って深彗と別れた。