出会った頃の君は③
再び休み時間が到来した。
水星との息苦しい授業から解放され安堵した彩夏は、水星の取り巻きに巻き込まれる前に逃げようと席を立ちあがった。
「彩夏~久しぶり~。相変わらず色白ね。夏休みはどこにも出かけなかったの?」
クラスメイトの本田由実が現れた。その場で立ち話となってしまった。
「そんなことないよ。アルバイトに出かけたよ」
「そんなの出かけたことにはならないよ」
彩夏には友達と呼べる人がいないため、誰かを誘うことも誘われることもなくアルバイト以外出かけることはなかった。ただでさえつまらない日常生活であるのにも関わらず、今年の夏休みは《《去年と比べ》》特別暇だった。
「彩夏~水星君と知り合いだったなんて……なんで教えてくれなかったの」
「え?知り合いって……そういうわけじゃない。夏休みの夜に偶然出会っただけで……」
由実は前のめりになって彩夏の顔を覗いた。
「夜って……彩夏、あんた……結構遊んでいるじゃない」
「違うって……あの日バイト帰りに痴漢に追いかけまわされて、怖かったんだから……」
彩夏は水星を一瞥すると続けた。
「やっとの思いで逃げたところに、目の前に突然現れたから……思わず蹴った」
由実は目を丸くする。
「ヤダ~水星君、それはとんだ災難だったね」
水星は笑顔を浮かべながら二人の話を楽しそうに聞いていた。
「あれ?その脚どうしたの?青あざがあるけど……」
彩夏の心臓がドキンと音をたてた。
由実はよく気がつく。彩夏にとって一番触れてほしくない事だった。
「こ、これ?そそっかしいから転んじゃった……」
彩夏は悟られないように作り笑顔でそう答えた。
「ふぅ~ん……彩夏はおっちょこちょいなところがあるから気をつけなさいね」
由実のそういった、いち早く気づき世話を焼いてくれる姿はまるで姉のようにも感じられた。彩夏は男兄妹の一人娘だったから、姉や妹という存在に憧れがあった。
自分にも由実の様な姉妹がいたらもっと違う自分だったのかもしれない。
水星は、二人の会話をずっと聞いていた。
彩夏の脚の青あざをじっと見ている水星に気づいた彩夏は、これ以上見られたくないと思いその場を離れた。
水星は、授業で教室を移動する際も、係の仕事で職員室に御用聞きに出かける際も彩夏についてまわった。
彩夏はずっとついてこられ自分も一緒に注目されていることが耐えられなかった。
「あの……水星さん、どうしてずっと私の後をついてくるの?」
――はっきり言って迷惑だ
「彩夏は僕の担当でしょ。だから僕は君とずっと一緒だよ」
ああ、そうだった……担任の余計な一言でこうなってしまったのだった。
彩夏はうなだれた。
昼休みになり、彩夏は鞄から祖母の手作り弁当をとり出した。昼食は何故かいつも由実の仲間と摂ることになっていたため席を立つと、隣で深彗がこちらを見ていた。
――まさか昼食まで一緒なんてことないよね
何か胸騒ぎを覚えた瞬間、案の定予感は的中してしまった。
「学食へ案内してくれないか」
「へ?」
彩夏は、深彗から逃れることができなかった。
その様子を見ていた由実は、普段あまり見ることのない彩夏の間の抜けた表情があまりにも可笑しく、ころころと笑いいつまでもおかしそうに笑っている。
「彩夏~、水星君の担当でしょ~、しっかり学校案内してあげなくちゃ」
まだ笑いが止まらない由実は、お腹を抱えながら「行っていらっしゃい」とひらひらと手を振り二人を見送った。
結局二人は、学生食堂で昼食を摂る羽目となった。
二人は、学生食堂で向かい合い黙って食事をしているだけなのに、周りからの視線がとにかく痛い。
美形な深彗は注目の的。周りの女子たちは色めき立ち、周囲がざわついている。「アイドルか」と言いたくなる程、黄色い歓声があがる。
一緒にいる彩夏まで、注目されている。これでは学校中のさらし者だ。彩夏には公開処刑のようにも感じられた。
しかし、当の本人はそんな周りの状況に気づくことなく、にこにこと微笑み彩夏を見つめている。
周囲にも深彗にも、『こっちを見てくれるな』と顔に書きたいくらいだった。
彩夏にとって、学校生活唯一の楽しみだった祖母の手作り弁当を、ゆっくり味わって食べることができなかったのがとても残念だった。
その後も、深彗は彩夏の「金魚の糞か」といいたくなるほど後ろをついてまわった。
その度に注目される二人。
夏休み明けの新学期から、彩夏の学校生活はガラリと変わった。
彩夏は、明日から毎日この生活かと思っただけで意気消沈した。




