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出会った頃の君は②

「ねえ。先生遅くない?」

「ホームルームの時間とっくに過ぎている」

 クラスメイト達が騒ぎ始めた。

「あっ、やっと来たー」

 担任の後藤先生が教室に入ってくると同時に、教室内がざわつき始めた。

 彩夏は、そんなクラスの雰囲気に気づくことなく物思いに耽けながら外の景色をひたすら眺めていた。

「え~、早速だが、転入生を紹介する」

 それまでのざわつきが嘘のように静まり返り、教室内は緊張感がみなぎった。

 彩夏はといえば、まわりの声が全く届かないほど思考の世界に入り込んでいる。

「葉月……おい葉月、聞いているか?」

「わっ、ははは……」

 突如、自分の名を呼ぶ担任の声とクラスメイトの笑い声が耳に飛び込んできた。

 ハッと我に返った彩夏は、窓の外の景色から前方に視線を移すとクラス中の皆から注目されていた。

 ――まずい……

 彩夏は俯き、長いサラサラの髪で皆からの痛い視線を遮り心の動揺を和らげた。

 あれだけ目立たないようにと気をつけていたのに、何故かいつも目立ってしまう。

 彩夏は一度思考の世界に深く入り込んでしまうと、周りの声が聞こえなくなってしまうことがある。

 ――気をつけなければ……

 心の中でそう呟いたその時だった。

「やあ……偶然だね……」

 突然聞き覚えのある声がしてきた。

 彩夏は声のする右上に顔を向けると、あの時の少年が何故かそこにいた。

「キャーっ!痴漢!」

 あまりの驚きに、彩夏は思わず席を立ちあがりながら声を上げた。

「君は何か誤解をしているようだ」

 少年はそんな彩夏を見て腰を曲げ口元に拳骨(げんこつ)をあてながら笑いそうになるのを懸命に堪えているように見えた。

「そういえば、君にくらったキック、なかなかのものだったよ」

 生徒たちのどよめきと笑いが再び教室中に響いた。

「何だ、お前たち知り合いか。じゃあ葉月、水星の担当な。頼んだぞ」

 ――え?何?何?どういうこと?担当って……あの少年がどうしてここに居るの?

 自分の思考の世界に浸り全く話を聞いていなかった彩夏は、状況を把握できず頭の中はパニック状態に陥った。

「始めまして。水星深彗(みずほししんせい)です。僕の担当の葉月彩夏さん、よろしく」

 少年は瞳に弧を描き口角を上げ愛嬌のある笑顔で彩夏に微笑んだ。その少年が彩夏の隣の席に座ったのを見て、やっと状況を把握した。

 ――まさかの転入生?そして寄りにもよって、隣の席とは……

 彩夏は「はぁ」と深いため息を零した。



 授業中視線を感じた彩夏は何気なく振り向くと、少年がこちらを見ていた。

 彩夏は気付かぬふりをして前へ向き直った。

 休み時間にもなると案の定、水星深彗の周りには取り巻きができた。

 転入生など珍しいこの学校では、彼は注目の的だった。

 クラスのほとんどの人たちが彼の周りに集まるものだから、隣の席の彩夏まで取り巻きの中に押し込められる形となった。

 できるだけ人との関わりを避け学校生活を送りたいというのに、これまでの苦労が水の泡だ。その場の空気に居たたまれなくなった彩夏は席を外した。

 トイレに向かう途中の廊下で他クラスの女子たちとすれ違った際、転入生の話題でえらく盛り上がっているようだった。

「ねぇ、見た?転入生のイケメン!」

「私もあのクラスに移りたい!」

「ね、ちょっと見に行かない?」

 女子たちは皆浮き立っているようだった。

 その様子を見て、自分が転入生の立場でなくて本当によかったと心から思った。

 教室に戻ると彩夏は自分の席に戻ることも困難な程、転入生の周りには取り巻きができていた。

 彩夏は少し離れた教室の窓辺に一旦身を置くと、外の景色を眺めた。

 転入生の少年は矢継ぎ早に皆から質問をされていたが、丁寧に答えているようだった。

 同じ教室にいると、転入生への質問が嫌でも耳に届く。

 少年はどうやら彼の母親が日本人、父親がアメリカ人で彼はハーフらしい。理由はよくわからないが、どうやら海外で暮らしていて、この度彼だけが日本に帰国しこの町にやってきたらしい。

「ふーん、だからか・・・・・・」

 彩夏は遠くの海を眺めながら小さく呟いた。

 その時、チャイムが鳴った。

 転入生を取り巻いていた生徒たちは蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。

 これでやっと自分の席に戻ることができると思い席に向かうと、水星は彩夏をやわらかな眼差しでじっと見つめていた。

 目が合った彩夏は、無表情のまま視線を窓の外に投げると自分の席に着いた。

 教科書が全部そろっていない水星は彩夏と教科書を共有することになり、その都度席をくっつけることになった。それを見て一部の女子たちが羨ましそうな視線を彩夏に送ってくる。

 ――できるものならば代わっていただきたい

 二人の間に教科書が置かれた。二人で一つの教科書を見なければならないため、水星との距離が更に近くなった。

 何の嫌がらせだろうか。授業中だというのに、水星は教科書には目もくれず机に右頬杖をついた姿勢で彩夏をじっと見つめていた。

 そんな水星の姿が、彩夏の視界に嫌でも入ってくる。

 揶揄われている気がして嫌だった彩夏は、あえて気づかない振りをして教科書に目を落した。

 二人の席が教室の一番後ろの窓側に位置しているせいか、水星の奇行は誰にも気づかれることはなかった。彼はひたすら彩夏を見つめていた。

 彩夏が教科書のページをめくろうとした時、水星の手に触れてしまった。

 彩夏は思わず手を引っ込めながら見上げると至近距離で彼と目が合った。

 初めて水星に出会ったのは夜だったからよくわからなかったが、彼からは日本人にはない異国の雰囲気というか、この世のものとも違うどこか二次元的な空気が漂い不思議な感覚を覚えた。

 ぱっちりとした二重で切れ長の目、陽光を浴びた瞳は澄んだガラス玉のように煌めき、ブルーにもグリーンにもイエローにも見てとれる不思議な色合いの瞳だった。

 透き通るような白い肌、鼻筋の通ったきれいな形の高い鼻、きりりとした唇、銀色に煌めくサラサラな髪、どれをとってもハーフと聞いて納得するものだった。

 だがどこか人離れした端正な顔立ちの彼は、美しいという表現がピッタリな少年だった。



 

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