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出会った頃の君は①

 夏休み明けの久しぶりの登校は気が重い。

 自宅から徒歩圏内の学校への道のりは、いつもに比べ遥か遠く感じた。

 心と身体は連動しているからだろうか。

 小高い丘の上にそびえ立つ学校への上り坂は、足に重石でもつけているかのように遅い足取りとなった。

 彩夏は、交互に見える革のローファーの先だけを見つめながら、ひたすら長い坂道を登っていく。

 途中、こんもりとした森に差し掛かった時、違和感を覚えた。

 ――そういえば、セミの鳴き声がしない。

 夏休み前に、あれだけ元気に鳴いていたセミたちの大合唱は、気づけば小さくなっていた。

 ふと足元に目を遣れば、アスファルトの上にひっくり返り足をバタバタと動かすセミを見つけた。

「こんなところにいたら踏まれちゃうよ」

 そう呟きながら、近くに落ちていた小枝をセミに近づけつかまらせると、傍にある木の幹につかまらせてあげた。

 セミが、無事木に移ることができ安堵したその刹那、再びポトリと地面に落ちた。

「――え?」

 その刹那の出来事に彩夏の思考は追いつかなかった。

 セミは確かに目の前の木につかまった。なのに、その手を離してしまったのだ。    

 木につかまる気力さえ失い、もう二度と飛ぶことすら叶わないセミ。

 力尽きたセミは地面にひっくり返り、やがてその命が終わりを告げるその時を、ただひたすら静かに待つことしかできない。

 気づけば、辺りには天を仰ぐかのように、セミたちの骸が転がっていた。

 ――セミは最後にもう一度だけ空を飛びたかったのではないだろうか。彼らは悔いなく生きることができたのだろうか。死ぬ間際、一体どんな景色を見るのだろうか。

 彩夏は漠然と考える。

 セミのひと夏の儚い命に、彩夏は胸が詰まって涙がこみ上げた。




「最悪だ~!」

 教室に向かう廊下を歩いていると、彩夏のクラスの教室から何やら騒々しい男子生徒の声が響いてきた。

 彩夏は、教室の入口で一旦立ち止まり様子を窺った。

「おはよう」

「おはよう。葉月さん、久しぶり」 

 彩夏は、いつも通りクラスメイトに無難な挨拶をする。それ以外は、極力無駄口をきかないように心掛けていた。 学校では、できるだけ目立たないように静かに過ごすことが彩夏の目標でもあった。

 人に心を悟られないよう、自ら見えない壁を作り、嘘という防護服を身に纏い、己の心が傷つかないよう守る。

 そんな高校生活を送っていた。

 彩夏は、クラスの皆が注目している黒板に視線を移すと、騒がしい理由が一目で理解できた。

 そうだ、今日は席替えの日でもあった。

 教壇上に設置された箱の中から一枚選び、そこに書かれた番号が二学期の席となる。

 一学期の彩夏の席は、教室の真ん中の席だった。

 また目立つ席だったらどうしようという焦燥から、箱の中に手を伸ばしたものの逡巡する。

 腹を(くく)ってエイヤーと一つ掴み、小さく折り込まれた紙を恐る恐る広げると、黒板に書かれた番号と照らし合わせた。       

 彩夏は、胸に手をあて大きな溜息をひとつ零すと、黒板に自分名前を書き新しい席に着いた。

 今日からまた、つまらない学校生活が始まる。

 彩夏は、今日一番の幸運を表情かおに出すことなく「何かの吉兆だったらいいのになあ」と心の中で呟く。

 窓辺からは、秋の気配を感じさせる澄み切った蒼穹が果てしなく広がっていた。

 小高い丘の上に建つ校舎からの眺めは絶景だ。

 街並みのずっと先には、碧い海がきらきらと輝いていた。

 だが、死にゆくセミの最期を見た今日、彩夏の心は晴れることはなかった。

 移り行く季節の気配を感じながら、思いを巡らす彩夏は、ただ静かに景色を眺めた。




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