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届かぬ想い

 

 彩夏は 携帯の着信履歴に目がとまる。不在着信のその相手に慌てて電話を掛け直した。

 ――何かあったのかもしれない

「もしもし? おばあちゃん?どうしたの?」

「彩夏、元気にしているかい? 深彗君にはもう会ったかい?」

「え……!? 今、深彗君って言った?」

 彩夏の心臓がキュンと跳ね上がる。

「そうよ。まだ会ってないの? 今朝、突然深彗君が家に来て彩夏に会いたいって言うから、あなたの連絡先を教えたよ。私はてっきりもう会ったのかと思っていたよ。日本には一週間ほど滞在すると言っていたよ。あと、深彗君の滞在先を教えるから……」

 ――友人が見たのはやはり深彗君……あなただったの!? だったら、どうして声をかけてくれなかったのだろう



 彩夏は、居てもたってもいられず深彗の滞在先を訪れることにした。

 滞在中の最寄駅前の広場で、彩夏は足を止めた。

 とても懐かしい声音のする方に顔を向けると、少し離れたその先に深彗らしき姿を見つけ出すことができた。

 ――深彗君……? 

 彼は更に背が伸び、前髪を立ち上がらせたアシンメトリーの前髪、凛々しい眉、艶っぽい甘いマスクの彼はどこかハリウッドスターを彷彿させ、都会の街中でも目立つルックスとモデルのような出で立ちは、美しいという言葉がまさにピッタリだった。

 彩夏は、そんな深彗に近寄りがたく声をかけることができずにいた。

 彼は英語で誰かと会話しているようだ。澄んだ声音があの頃を色濃く思い出させてくれるようだった。

 彩夏は、別人のように成長した深彗に見惚れてしまい声をかけるタイミングを逃してしまった。

 ややあって、背の高い黒髪の日本人離れした女性が現れ深彗に飛びつくように抱きつくと彼の頬にキスをした。深彗も女性を抱きしめると、頬にキスをしていた。

 ——えっ……? 

 彩夏は、その光景を目の当りにしその場から動けなくなってしまった。なぜだか突然涙が溢れ出し、その涙を止めることができなかった。

 その場に立ち尽くし呆然としていると、相手の女性と目が合った。

 ハッとして我に返った彩夏は、思わず建物の陰に身を潜めた。

 建物の陰から二人の様子をそっと窺うと、女性はこちらを指さし深彗も視線を送ってきたため慌てて身を隠した。

 深彗がこっちに向かって歩いてくるのが見えた。彩夏の心臓の鼓動はスピードを増し息苦しいほどだった。

 深彗に会いたくてここまでやってきたというのに、身を隠す彩夏は、彼から逃げるように場所を移動した。

「彩夏……?」

 深彗が自分の名を呼ぶ声が微かに聞こえた。

 ――手紙の返事が届かなかったのは、こういうことだったんだね……てっきり深彗君が迎えに来てくれたのかとばかり思っていた……私たちの恋は、もう……終わったんだね……

 彩夏の胸の中は、ぽっかりと空っぽになってしまったように感じた。




 彩夏は、今日の出来事を思い出し感傷に浸っていると突如携帯電話が鳴った。

 相手不明の着信に一瞬逡巡したが、通話ボタンを押すと携帯端末を耳に押し当てた。

「はい……」

『彩夏か……?』

 その瞬間、彩夏の心臓が高鳴った。あの頃と変わることのない、優しく響くその声音。

「……深、彗、君?」

『そうだよ、彩夏! 久しぶりだね! 元気だったか?』

 深彗からの電話が夢のようで、まだ信じられなくて。ああ、この日をどれだけ待ち侘びていただろうか。心臓がドキドキと張りつめていく。

「本当に深彗君なの?」

『そうだよ。……君の声をまた聞けて嬉しいよ……』

 ――先程目の当りにしてしまった光景が脳裏から離れない

「うん……私も……」

 ――あなたからの電話がこんなにも嬉しくて堪らないのに、私の心は泣いている

『君は、ついに奇跡を起こしたんだね!』

 ――あの時の深彗君からの手紙、すごく嬉しかったよ

「うん、深彗君のおかげだよ」

『そして、ついに夢を叶えたんだね……』

 彩夏は、深彗と一緒に見た美しい満月の夜のことを思い出した。

「うん……あなたが導いてくれたから……」

『彩夏……あの約束を……まだ覚えているか?』

 ――忘れたことなんてないよ。あなたが迎えに来てくれるって、ずっと信じて待っていたんだよ……

「……うん……」

『そのことだけど……』

 ズキリと胸に鈍い痛みを覚えた。深彗が言わんとすることを聞くが怖かった。

 ――わかっているよ、深彗君……それ以上言わなくても……

「い、いいの……あの頃の私たちは、まだ子供だったし……」

『彩夏?』

「……」

『どうしたんだ? 変だよ、彩夏』

 ――だって、見てしまったんだもの……

「わ、私のことだったら、気にしないで……」

『彩夏、君に話さなければならないことがある……会って話さないか』

 ――それを伝えるために会いに来てくれたのね……私たちはもう……

「……」

『彩夏? なぜ黙ったままなんだ? ひょっとして……今……好きな人でもいるの?』

 怖かった。傷つく自分が。深彗の口から語られるその言葉が。ならばいっそのこと。

「……深彗君……私たちの恋は、もう……終わったんだね……」

『彩夏……⁉』

「……」

『もしもし? 彩夏⁉』

 ――手紙書いたよ。あの後直ぐに。何通も書いた。でも、返事は戻ってこなかった

「私だったら大丈夫……それより、深彗君が無事でいてくれて、本当によかった。あなたの声が聞けただけで、もう……。深彗君、今まで私のために、ありがとう……」

『彩夏!? ちょっと待って! 話を聞いてくれ!』

 ――あなたには私の心が届かなかった……ただそれだけのことだよね。ああ、そうだった……今のあなたには、私は必要ないのだから……

「……さよなら……深彗ミィ……」

『待って、彩夏!』 

 彩夏は、自ら通話を切った。四年の年月は、遠く離れて暮らす若い二人には障害となった。

 彩夏は、深彗の口から残酷な言葉を聞く勇気がなかった。現実を受け入れることができなかった。

 傷つく自分が、自分から離れていく深彗が何よりも耐えがたかった。それならば自ら傷つくことを選んだ彩夏。彩夏は泣き崩れた。

 深彗は、その後何度電話しても彩夏が電話に出ることはなかった。彩夏の大学とマンションにも何度も訪れたが会うことは叶わなかった。




『彩夏……僕から離れようとしないで……僕が君を守るから……』

 深彗は、彩夏ともう二度と会うことが叶わない、そう思うと悲しくてどうにかなりそうだった。

 飛行機が滑走路を離陸する。深彗は、絶望的な思いを胸にアメリカに帰国した。




「あなたが葉月彩夏さん?」

「はい、そうですが……」

 深彗と抱擁していた女性が彩夏の大学を訪れた。

「あなた、この前駅前にいた子でしょ」

「……」

「ふ~ん、なるほどね……」

 彩夏は、その女性から値踏みするような視線を送られた。

「あいつを振った人が、どんな人か気になってね……」

「あの……」

「あいつ、ああ見えて一途だからさ。相当落ち込んでいたよ~。この世の終わり的な顔をしていた」

「それってもしや、深彗君のことでしょうか」

「そうよ。あなた、あいつとどうして別れたりしたの? 他に好きな男でもできた?」

「そんな人はいません! 今でも深彗君のことが……!」

 女性と目が合い、そう言いかけたところでやめた。

「あなたは……深彗君とお付き合いしているのではないのですか……?」

「ああ、やっぱり……そんなことだろうと思った。何やっているのよ! Idiot big brother(バカ兄貴)!」

「?」

「私、水星ひかり。水星深彗は私の実の兄よ」

「ええっ――⁉ では、あれは……」

「そういうこと。あなた達って本当、世話が焼けるわね……」




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