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距離

 

 彩夏は、深彗からの手紙を読んですぐ返事を書いて送った。

 手紙を投函してから一か月以上経ったが、深彗からの返事が届くことはなかった。

 エアメールは時間がかかるのだろう。彩夏は、手紙が戻ってこないということは深彗のもとに届いたと信じて気長に待つことにした。

 その後も、事あるごとに手紙を書いては送り、つまらなかった日常生活に楽しみを見出していた。

 気持ちが逸る彩夏は、郵便配達員を外で待ち深彗からの便りをまだかまだかと心待ちしていた。

 季節は巡り、高校三年生に進級した彩夏は、深彗のいない新学期を迎えていた。

 友達もでき以前に比べ明るく活発になった彩夏だが、深彗からの手紙は届くことはなかった。

 それでも彩夏は、深彗との約束を守り手紙を書き続けた。



 

 深彗が日本を立ちアメリカに帰国してから四年以上の月日が経過していた。

 アメリカの大学に通う深彗は、夏休みに入り実家へ帰省した。

 深彗は、母に依頼された自宅の模様替えの手伝いをしているとあるものを見つけた。

 ――どうしてこれがここに……!?

 それは、一括りにまとめられた大量のエアメールだった——。


『あら珍しい。手紙を書いたの? 日本のお友達? 私がついでに投函してあげるから預かるわ』

『じゃあ、お願い』


 深彗は、アメリカに帰国後も彩夏への思いを書き綴り手紙を送っていた。

 その手紙がここにある。よく見ると、深彗宛ての日本からのエアメールも見つかり愕然とした。

 ――彩夏!? 君なのか!? それとも……彩夏に何かあったのか!?

 深彗は、逸る気持ちを抑えて手紙を開封し内容を改める。彩夏は、深彗が帰国した翌朝に覚醒したことを今となって知り、安堵するとともにやるせない気持ちが込みあげてきた。

 ——どうしてこんなことになったんだ!? もっと早くに気づくべきだった……

 

「母さん、これは一体どういうことだ!」

 深彗は、声を荒げて母親を問い詰めた。

「あら、見つけてしまったの? そんな手紙処分しとくべきだったわ」

「どういう意味?」

「あんな碌でもない子、あなたには相応しくない。もっと自分に見合った人とお付き合いしなさい」

「なんてことをしてくれたんだよ! 彩夏からの手紙が届いたっていうのに!」

「あの子はあなたを事故に巻き込んだのよ。それにあの子虐待されてたっていうじゃない……。日本人も野蛮になったものだわ」

「どうしてそのことを母さんが知っているんだ?」

「妹に調べさせたのよ。そんな野蛮な家の子と縁が切れてよかったわ」

「そんな理由で手紙を隠したっていうのか? 母さんを信じた僕が馬鹿だった!」

「何言っているの。すべてあなたのためじゃない。分かってちょうだい」

「わからない! 彼女からの大切な手紙を隠すなんて最低だ! 僕はあなたを軽蔑する!」

「もう何年も昔の話じゃない。あの子だってさすがに諦めたわよ。それより今の彼女とはどうなの?」

「……もうやめてくれ……!!」

 深彗は、壁を拳で殴りつけた。




 深彗は、彩夏の自宅に何度か国際電話をかけたが繋がらなかった。

 メールも送ってみたが返事はなく、手紙を書いたところで彩夏のもとに届くとも思えず、虚しさだけが胸に残る。

 深彗は、黄昏時の空をぼんやりと見上た。遥か上空に、黄金色に輝く飛行機に目が止まり気づけば駆け出していた。

 あれから四年以上の月日が経ち、彩夏が今どうしているのか全くわからなかった。

 日本に到着すると彩夏の自宅を訪れたが、再会を果たせなかった。

 彩夏の祖母から今東京の大学に通っていることを教えてもらい、その日のうちに大学を訪れた。

 深彗は、サプライズで感動の再会を果たそうと彩夏と連絡をとらず彼女の大学キャンパス内でこっそり待ち伏せしその時を待った。

 深彗は、四年ぶりの再会に胸が高鳴る。暫くキャンパス内を散策していると、彩夏らしき女性の姿を見つけた。

 深彗の心臓はドキリと音をたて、雷に打たれたような衝撃を受けた。

 もともと容姿端麗だった彩夏は、以前にも増して周囲から目を引くほど美しく成長していた。

 手足が長く、華奢ですらりとした体系の彩夏は、透通る白い肌、琥珀のような艶やかな美しい髪は毛先が緩く巻かれていて、今日本で流行りのファッションを身を纏う。知性や上品さを感じさせる雰囲気の彼女は、すっかり洗練された都会の大人の女性に変貌していた。

 深彗は、その美しい姿に心を鷲掴みにされた。

「彩夏~ちょっと待って~!」

 友達だろうか。活発な印象の女性が彩夏を追いかけてきた。彩夏は、その女性を見るとひまわりみたいに微笑んでいた。

 ――君が笑っている……

 彩夏は、女性と肩を並べて歩き出しその間ずっと微笑んでいた。

 深彗は愛でるような眼差しで彩夏をひたすら見つめた。

 そこへ、二人の男性がやってきて彩夏たちに話しかけた。彩夏は、困惑の表情を浮かべ俯き、もう一人の女性は首を横に振っていた。

 彩夏が気のない男性にする態度だと深彗にはすぐに分かった。昔から変わることのない彼女に安堵した深彗だった。

 それでも男たちは、彩夏にしつこく詰め寄る。彩夏は、両手のバッグを握りしめながら後ろにじりじりと下がり始めた。完全に男たちを警戒しているようだった。

 深彗は、彩夏を助けようとした刹那、足が止まる。

「彩夏——!」

 彼女を呼び捨てする体育会系の大柄な男が、彩夏の元まで駆けてきた。

 彩夏は、その男の背後に身を隠すように回り込みその男を見上げていた。

 すると、二人の男たちは諦めた様子でその場を去っていった。

 彩夏が男に頭を下げると、男は恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 男は、彩夏が女性と会話している間もずっと彩夏に視線を注ぎ、彩夏しか見えていないようだった。  

 男が彩夏に気があることは一目瞭然だった。では、彩夏は?

 男は、さり気なく彩夏の手から荷物を持つと彼女もそれを許しているようだった。

 ――つき合っているのか……!?

 深彗の心臓が鈍い痛みを覚えた。

 あの日以来、二人は連絡を取り合うことができなかった。四年の月日は、二人の間に大きな溝を作り上げていた。

 深彗は、彩夏に会うことなくキャンパスを後にした。

「あれ? どこ行ったのかな?」

「どうしたの?」

「さっきから、ずっとこっちを見ているイケメン外国人がいたけど、いなくなっちゃった」

「そんな人いた? どんな人だった……? 髪の色は? 身長は? 顔はどんな感じ?」

「え~と。髪はシルバーで背がすごく高かったよ。肌は透き通るような白さで、超美人のイケメンだった! なんかモデルとか、ハリウッドスターみたいな感じだったよ」

「……まさか、居るわけないよね……」

 彩夏は、辺りを見渡すがそのような人物は見当たらなかった。

「彩夏の知り合いか? そいつとはどういう関係なんだ?」

「たぶん、人違いだと思う……」

 深彗に思い募らせる彩夏は、月の綺麗な晩に病室の窓辺で読んだ深彗からの手紙を思い出し、胸を高鳴らせた。

 

 どこにいても僕たちの心はいつも一緒だよ

 僕は君を愛してる

 彩夏、必ず君を迎えに行く

 だから、それまで待っていてくれないか

 約束だよ


 ——約束、まだ信じているなんて……。深彗君は、忘れてしまったよね……






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