秘めたる想い人 ②
彩夏と深彗。
今では当たり前のように、二人で昼食を摂るようになっていた。
昼休みとなり、二人揃って教室を出ようとしたところ由実に声をかけられた。
「彩夏~今日も水星君と二人でランチ?」
「うん」
何気ない質問に迷うことなく返答する彩夏。
「ひょっとして……二人は付き合っているの?」
由実の唐突な質問に、彩夏と深彗は顔を見合わせた。
『だから、お願いだ、彩夏……僕から離れようとしないで……僕が君を守るから……』
彩夏は、あの日の出来事を思い出し頬をバラ色に染めた。そんな彩夏をみて、深彗もうっすらと頬を紅潮させている。
けれど、付き合っているかといわれるとそうではない。
二人は、仲のいい友達といったところだろうか。二人の関係に名前を付けることができない彩夏は、由実にどう返答したらいいのか逡巡する。
「あのさ、目の前でそんなに見つめ合われたら、見てるこっちが恥ずかしいじゃない。つまりはあれね。二人は発展途上ってことね」
聞いておきながら、二人の雰囲気に居たたまれなくなった由実はその場を去っていった。
残された二人の間にも、気恥ずかしい空気感が漂った。
その日、彩夏は、二人の関係に名前を付けることができなかった。
ここの最近の二人の行動パターンは、いつものように学生食堂で食事した後、校内を歩いて回りながらたわいもない会話をすること。
今日は、いつもに増して沈黙が続くのは気のせいだろうか。
『ひょっとして……二人は付き合っているの?』
『つまりはあれね、二人は発展途上ってことね」
沈黙する二人は、それぞれ由実の言葉を思い出していた。
「深彗君……」
「彩夏……」
二人同時に互いの名を呼び合い、再び静まりかえる。
二人の間には、いつもに増して気恥ずかしさが漂い、しばらくの間沈黙が続いた。
その沈黙を先に破ったのは深彗だった。
「……彩夏、僕は日直だからちょっと職員室に行ってくる」
「うん、わかった。行ってらっしゃい」
そう言って深彗はその場からいなくなり、彩夏は、気恥ずかしい空気感から解放され「ふぅ」と吐息を漏らした。
――周りから見たら、私達は付き合っているように見えるのかな……
そう考えただけで、今まで以上に深彗を意識してしまう彩夏だった。
一人教室に向かう彩夏は、とある人物から声をかけられた。
「葉月さん、あの……ちょっと今いいですか」
誘導されたその場所は、教室のある校舎に隣接する人気のない静かな理科室前の廊下だった。
声をかけてきた人物は、彩夏が高校一年生の時のクラスメイト、斉藤正樹だ。
彼とは、グループが一緒になり数回言葉を交わしたことがあった。
サッカー部に所属する彼はスポーツ万能、浅黒く細身で小柄、プロを目指しているとかで、皆から一目置かれた存在でもあった。
「あの……斉藤君でしたよね。それで、私に何のご用ですか」
静まり返った理科室の廊下に、彩夏の声が響き渡った。
――ん?その声は……彩夏か?なぜこんなところにいるんだ?
日直の深彗は、次の授業で使う資料を理科室にとりに来ていた。理科室の扉から誰かと話す彩夏の後ろ姿が少しだけ見えた。
胸騒ぎを覚えた深彗は、身を隠すように扉横の壁に背を向けて立った。
「葉月さん……一年の頃からずっと好きでした。僕と付き合ってくれませんか」
斉藤正樹は、緊張しているからかキリっとした面持ちで彩夏に告白する。
深彗の予感は的中した。
――まずい……これでは立ち聞きだ
深彗の心拍数は、一気に六十台から百台に鼓動を打ち鳴らす。
彩夏は、思いもよらぬまさかの展開に酷く動揺した。
「……あの、こういったことは初めてで……どう答えていいか……斎藤君は、いい人なのですね」
「ん?どういうこと?」
「私のようなブサイクで陰キャラのどこがいいのか……揶揄われているとしか思えないのですが……」
幼き頃から母からブスで性格が悪いと言われて育った彩夏は、自分でもそう自覚していた。
斎藤は、彩夏の発言に信じられないといった表情でこう言った。
「何言っているの⁉ 葉月さんは高嶺の花だよ。皆君に憧れを抱いているんだ」
彩夏は、開いた口がふさがらない程驚きを隠せなかった。
「そんなこと、誰にも言われたことがないから……信じられない」
「葉月さん、ひょっとして……今つき合っている人……いる?」
「いません……」
「じゃあ、気になる人は?」
「……います。私には気になる存在がいて……今となっては永遠の片思いですが……」
「はぁ……やっぱり……それって、いつも一緒にいる水星のことでしょ」
斉藤は、うなだれがっかりした表情を見せた。
「葉月さんと水星、いつも一緒だから……なかなか入る隙が無くて……」
――え?
深彗は、口元を抑えて堪えた。突如、自分の名前があがったため狼狽えてしまい思わず声が漏れ出そうになった。
深彗は、彩夏がどう答えるのか気になり彼女の言葉に耳を澄ませた。
「深彗君は……彼は……私にとって大切な……クラスメイトです」
「それ、ホント? でも、水星は葉月さんのこと狙っているだろうな……」
「それは違うと思います。深彗君は、誰にでも優しい人だから……好きとかそういった特別な感情ではないと思います……」
――彩夏……
深彗は、彩夏の思いを知り複雑な心境になる。
「私は中学生の頃からずっと好きな人?というか……理想的な存在がいて。でも、もう二度と会うことは叶わないみたい……けれど、忘れることもできなくて……」
彩夏の声が震えていた。悲しみを含むその声は、消え入りそうだった。
「本当にごめんなさい。告白って、勇気がいりますよね……なのに、応えることができなくて、こんな私で本当にごめんなさい……」
――彩夏、泣いているのか?君がそれ程まで思う相手とはどんな人物なのだろうか……
深彗は、両手をだらりとさせ壁にもたれると、天井を見上げ瞳を閉じた。
間もなく昼休みが終わろうとする頃、深彗は教室に戻った。
彩夏は、席につき窓の外を見つめている。
先程の彩夏の言葉が深彗の耳から離れない。
『……います。私には気になる存在がいて……今となっては永遠の片思いですが……』
『深彗君は……彼は……私にとって大切な……クラスメイトです』
『でも、もう二度と会うことは叶わないみたい……けれど、忘れることもできなくて……』
彩夏は今、その人のことを想っているのだろうか。彩夏の意識は虚空のどこかを彷徨っているかのように見えた。
深彗はただ、彩夏を見守ることしかできなかった。




