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秘密④

 深彗は彩夏を抱えながら保健室に駆け込んだ。

「先生! 彩夏を見てください! 呼吸と脈はあります!」

「そこのベッドに寝かして!」

 深彗は、指示されたベッドに彩夏を横たわらせ、心配な面持ちで彩夏を見つめる。

「葉月さん! 葉月さんわかる? 葉月さん!」

 養護教諭が声をかけ続けると、彩夏は薄っすらと目を開け応えるように頷き再び目を閉じた。

 彩夏は、そのまま保健室で要観察となり休むことになった。



 深彗は、彩夏のことで頭の中がいっぱいとなり、気が気でない彼は授業どころではなかった。

 休み時間のチャイムが鳴ると同時に、深彗は教室を飛び出し保健室に駆けて行った。

 そんな深彗を由実は驚きの表情で見つめた。 

 保健室には、養護教諭の姿がなかった。

 気持ちが逸る深彗は、彩夏が休んでいるベッドのカーテンを彼女に声をかけずに開けた。

「――っ!」

 深彗は思わず息をのむ。

 そこには、体操着をめくりあげたブラとショーツ姿の艶めかしい姿の彩夏が、深彗の視界に至近距離で飛び込んできた。

 細くすらりと長い手足に華奢なその身体からは想像できない程、豊満なバスト、くびれたウエストの曲線美に深彗は目を奪われた。

 深彗は慌ててカーテンを閉めると、酷く狼狽した。幸い、着替えに気を取られていた彩夏に気づかれることはなかった。

 深彗は、何より目を疑いたくなるような信じがたい光景を目の当りにし、カーテンを開けてしまったことを酷く後悔した。

 美しい彼女の白い柔肌には、殴られたような無数の青紫色の痣が全身の至る所に見られたからだ。

 ――彩夏の身に一体何が起こった?

 深彗の思考は動揺と混乱でまとまらない。深彗は、目を瞑り大きな深呼吸を数回行うと「彩夏?体調はどう?」と何もなかったかのように、いつもの優しい口調でカーテン越しに声をかけた。

「あっ! 深彗君⁉ ちょ、ちょっと……待ってくれる⁉」

 先程の光景が、いつまでも残像のように目に焼きついて離れない。

「うん……」

 驚愕、衝撃、悲痛、嘆き、疑問、幾つもの複雑な感情の波が深彗に押し寄せる。

「もう、いいよ」

 いつもの彩夏の声がした。深彗は、胸が締め付けられる思いでいっぱいだった。

 中からカーテンが勢いよく開けられ、彩夏が出てきた。

「どうしたの? そんないかにも泣きそうな顔をして。もしかして心配してくれたとか?」

 彩夏は、深彗の気持ちを知らずして、おどけてみせた。

「……うん、そうだよ……」

 深彗は、目を伏せながら返答した。

 そのあまりにも率直な返答に、彩夏は戸惑いの表情を浮かべた。

「やだ……冗談だってば……」

 そこへ養護教諭が戻ってきて彩夏に声をかけた。

「あら、もう起き上がっても大丈夫?無理しないで。今日はゆっくり休んでいきなさい」

「おー、彩夏! 元気になった?」

 由実もやってきて保健室だというのに大きな声を上げ、一気に賑やかになった。

「さっき、彩夏が突然倒れた時は騒動だったよ……久保田先生なんかあたふたしちゃって」

「そうだったんだ……」

「彩夏~何があったか覚えている?」

 由実は、彩夏と深彗を見て含みのある表情でニヤリと笑った。

「?」

 彩夏は、そんな由実に小首を傾げた。

「水星君が彩夏をお姫様抱っこして~保健室まで運んだのよ、ねぇ水星君」

 彩夏は、由実の悪質な冗談と捉え、猜疑心に満ちた目で深彗に視線を向けた。

 すると、深彗の頬がみるみるうちに紅潮していくのが分かった。

 次の瞬間、彩夏は、自身の頬も火照っていくのを感じた。

 皆からは、彩夏のさらりと動く髪からのぞかせる耳と首元が真っ赤に染まっていくのが見えた。

 今の彩夏のマスクの下を想像した由実は、ニタニタとにやけていた。

「そうね~、水星君、まるで王子様みたいだったわよ~」

 養護教諭まで悪乗りしてきた。

 彩夏は、その時の状況を想像しただけでも冷汗が出て、深彗の顔を直視することができなかった。

 深彗は、複雑な感情を抱きつつ、恥じらう彩夏をじっと見つめていた。

「さあ、そろそろ次の授業が始まる頃ね。皆教室に戻りなさい」

「葉月さん、あなたにはちょっと話があるから残ってくれる?」

 彩夏は、黙って頷き俯いた。

 深彗には何についての話か想像がついていた。そんな彩夏を、ドアを締め切るまで切迫した目で見つめると保健室を後にした。



 その後、彩夏が教室に戻ってきたのは昼休みになってのことだった。

「彩夏~お帰り、もう大丈夫?」

 由実の元気な声が、教室中に響き渡った。

「葉月さん大丈夫?」

 村田さんが心配な面持ちで彩夏に声をかけてきた。

「うん、もうすっかり。迷惑かけてごめんなさい……」

 教室に残っているクラスメイト全員に注目される。騒ぎを起こし皆に迷惑をかけてしまったのだから仕方がない。

「彩夏、水星君が待っているよ」

 深彗は、彩夏を見るなり席から立ち上がり、何か問いたげな眼差しでこちらをじっと見つめていた。

 どうやら、昼食も食べに行かずに彩夏の帰りを待っていてくれたようだった。

 彩夏は、深彗の席まで歩み寄りもじもじと恥ずかしそうに体を揺らしながら話した。

「深彗君、さっきは助けてくれてありがとう……」

「ヒュ~! 水星、姫の登場だな~」 

 教室にいた男子から冷やかしの声が上がった。

 深彗は、あまり気にしていないようだったが、彩夏は皆に揶揄われる深彗を見ているのが嫌だった。

「ねえ、深彗君。お昼を食べに行こう」

 彩夏は、一刻も早く教室から深彗を連れ出したかった。今朝祖母が持たせてくれた弁当を手に取り、二人は教室を後にした。

 二人は連れ立っていつものように学生食堂までの廊下を歩いていると、いつもに増して注目されていることに気づいた。

 人の噂話が広まるのは早いものだと、改めて実感した瞬間だった。だたでさえ日に日に深彗ファンが増えていくというのに、今日の出来事で更に注目を浴びてしまったらしい。

 深彗は、周りがどんなに騒ごうが気にもならない様子だが、彩夏は、自分のせいで深彗が好奇な目で見られてしまうことに罪悪感を覚えた。

「深彗君……今日は別の場所で食事しない?」

「実は、僕も今そう言おうとしていた」

「え?」

 彩夏は深彗の顔を見上げた。彼はやわらかな眼差しで彩夏を見つめ返した。

「じゃあ僕は、購買でパンでも買おうかな……」

「……あの、深彗君……もしよかったら、私のお弁当を食べてくれる?」

「彩夏は?」

「今日はあまり食欲がないの、せっかく祖母が持たせてくれたお弁当だから残すのもなんだし……」

「うん、分かった。じゃあそうさせてもらうよ」

 彩夏は、口元に微笑を浮かべ頷いた。

 校内には、いくつかのオープンスペースが設けられているが、テーブルと椅子が設置してある席は既に学生たちでいっぱいだった。

 学校に隣接する森に面するベンチが空いていたので、二人はそこで腰をおろした。

 彩夏は、早速お弁当を深彗に手渡した。

「はい、どうぞ」

 深彗は、そのお弁当を見て目を丸くした。

「彩夏……君はいつもこんな量のお弁当を食べていたの」

 彩夏はハッとした。今日はいつもと違う男前弁当だった。

「ち、違うから! 今日は、祖母が私の大好きな唐揚げを沢山入れたと言っていたから……」

 言葉が徐々に弱々しく口籠っていく。

 マスクをしていても彩夏の顔が真っ赤なことがよくわかる。

 深彗は、そんな彩夏を見て思わず口元に拳をあて笑いを堪えた。

「あ、今笑ったでしょ」

「さあ、どうかな」

 とぼける深彗は、包みを開きお弁当のふたを開けた。

 思わず二人で目を丸くする。

 いつもと変わらない色とりどりのお弁当だが、唐揚げの量が半端なかった。

 祖母のことだ、きっと友達の分も入れてよこしたのだろう。祖母はそういう人だ。

 突如、彩夏の目頭が熱くなる。嬉しいのか悲しいのか、よくわからない感情に見舞われた。

 瞳が、風に揺れた湖面のように揺らつき、彩夏は必死に堪えた。

「では、いただきます」

 深彗は、唐揚げを頬張った。

「これ、凄く美味しい! 彩夏のおばあちゃんは料理上手だね」

 彩夏は、自分が褒められているようで嬉しかった。

「さすがにこれ全部は食べられない。彩夏も食べてよ」

 深彗は、唐揚げを箸で摘まみ彩夏の口元に運んだ。

 彩夏は逡巡した。マスクを外すわけにはいかない。

「……私はお腹空いていないから……」

 彩夏は、顔を反らしながらそう答えた。

「大好きな唐揚げだろ。一緒に食べよう」

 深彗にこの顔を見られるわけにはいかなかった。頑なに拒む彩夏に、深彗はため息をつく。

「……彩夏、ここには僕以外誰も居ないから……もうマスクを外しても大丈夫だよ」

 彩夏の心臓の鼓動がドキンと音をたてた。

 深彗は、すべてを知っているかのように至極優しい口調で話しかけてきた。 

 この時、深彗は気づいていると悟った彩夏は、ゆっくりマスクを外した。

 深彗は、痛々しい眼差しで彩夏の左頬を見つめた。

「実はね、あの後、家の階段から転げ落ちてしまったの……」

 ――嘘……私の嘘つき……

 彩夏の精一杯の嘘。複雑な感情を隠しきれず、泣き笑いする彩夏。

 深彗は、慈しむような眼差しで彩夏を見つめ彩夏の左頬に右手を伸ばし、第二指の背で彩夏の左頬にそっと触れ優しく撫で下ろした。

「……美人が台無しだな……」

 深彗のガラス玉のように澄んだ瞳には、今にも泣き出しそうな顔をした彩夏が写っている。

 彩夏は、深彗にすべてを見透かされているような気がした。

 息苦しいほど胸がいっぱいになり、陽光に照らされた彩夏の瞳は煌めきながら揺らつきをみせる。

 その艶やかな頬の上を、玉のような大粒の涙がポロンと零れ落ちていった。

 深彗は、その涙をそっと拭ってあげた。彼は、それ以上痣のことを聞くことはなかった。

 再びお弁当を手にした深彗は、「はい彩夏、口を開けて。はい、あ~ん」と言って彩夏の口に唐揚げを運んだ。

 深彗に促され、思わず口を開けた彩夏だが、深彗に食べさせてもらうのは至極恥ずかしかった。

 彩夏は、深彗の優しさに触れ再び涙がこみ上げてきた。

 その顔を見られないように俯き、長い髪で顔を隠した。

 深彗は、そんな彩夏を静かに見守った。

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