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秘密③

 彩夏は、俯きながら学校までの長い坂道をひたすら登っていく。

「痛っつ……」

 昨夜より全身の打撲痛が増している。

「おはよう、彩夏。そんなに下向いて歩いて何か探し物でもしているの?」

 由実だ。彩夏は顔を上げることなく歩きながら「おはよう」とだけ返答する。

 由実は、彩夏を覗き込む。

「あれ、どうしたの?マスクなんかしちゃって。風邪でもひいた?」

 その一言に彩夏の心拍数は一気に速くなる。由実に気づかれるのも時間の問題かと思われたが、見られるわけにはいかなかった。これが一番いい索だった。

「花粉症で……今日は特別辛いから……」

 彩夏は、何とかその場をしのぐ。

「秋にも花粉症なんてあるの?」

「うん……ほらこの時期、川べりや草むらにやたらと黄色い雑草が生えてるでしょ」

「あ~、あれね~。そう……大変ね……」

 どうやら信じてくれたようだ。彩夏は胸を撫で下ろした。

「それでマスクなんて付けているわけ?」

「うん……」

 今朝の彩夏は、教室に入ると誰とも挨拶を交わすことなく俯いたまま、そそくさと自分の席に向かった。

「葉月さん、おはよう」

 小学校の頃からの同級生、村田香苗(むらたかなえ)に声をかけられた。

 控えめで優しい印象の彼女はあまり積極的にクラスメイトとコミュニケーションを図るタイプではないが、なぜか毎日欠かさず彩夏に挨拶をしてきてくれるのだ。

 艶やかな漆黒の髪、前下がりボブが良く似合う。

 彩夏は、顔を上げられなかったため誤解を招かないようにできるだけ明るい口調で挨拶を返した。

「おはよう。村田さん」

 そして彩夏はできるだけ顔を上げることなく席についた。

「彩夏、おはよう……マスクどうしたの?」

 いち早く気づいた深彗に早速質問を投げかけられた。

 彩夏の心臓の鼓動が速くなっていく。

「花粉症だって~。秋にもあるなんて知らなかった」

 由実がやってきて深彗に説明してくれていた。

 彩夏は深彗に見られたくなくて顔を上げることができない。

 深彗に本当の自分を知られる事が怖かった。

「あれ?」

 由実がまた何か気づいたようだ。

「その手どうしたの?膝にも……痣がある……」

 深彗と由実の視線が彩夏の手と膝に注がれる。

 体の大半を制服が覆い隠してくれているけれど手と膝は隠しようがなかった。

 彩夏は、居住まいを正し、手を引っ込め膝を隠した。

 ――父に暴力を振るわれたなんて死んでも言えない。皆に知られたら変な目で見られてしまう。それにきっと嫌われてしまうだろう……

「これ?ちょっとね……私おっちょこちょいだから……アハハ……」

 彩夏は、ふざけた口調で答えた。

 由実と深彗は、痛々しい表情で彩夏の痣を見つめていた。

 朝のホームルームが始まり皆席についた。

 いつもならば、不愛想な態度で深彗を睨みつけてくる彩夏が、今日は俯いたまま顔を上げようとすらしない。

 昨日初めて触れた、彩夏の白くて柔らかな手には痛々しい青紫色の痣がある。膝にも同じような痣が見え隠れしていた。

 ――昨日別れてから彩夏の身に何が起こったのだろう

 深彗は、胸騒ぎを覚えた。



 体育館では、男女合同でバスケットボールの授業が行われた。

 早速チームに分かれてゲームすることになった。

 彩夏と深彗は別チームとなり、彩夏は深彗のプレーを見学していた。

 深彗にパスがまわされた。深彗はドリブルしながらからスピードを落とさずディフェンスを交わし右左と大きくステップを踏み込むと軽やかに飛びあがりレイアップシュートを決めた。   

 身長一八〇センチメートル以上ある深彗のシュートは華があり、高く軽やかにジャンプする様は背中に羽が生えているようにも感じられた。

 ゴールが決まる度に、クラス中からの歓声が一斉に上がった。彩夏もそんな活躍する深彗の姿に見入っていた。深彗のチームの圧勝だった。

 深彗はコート脇で見守る彩夏の横に座ると「久しぶりのバスケは楽しかった」と爽やかな笑顔で話した。深彗がバスケを得意としていたと初めて知った彩夏だった。

 次に彩夏のチームの番だった。

 深彗は「頑張れ、彩夏」と声をかけると、ふわりと微笑んだ。


 パスがまわされた彩夏はディフェンスを避けるためスリーポイントシュートを決めた。彩夏の意外な活躍に再びクラス中が沸きたった。

 深彗も思わずその場で立ち上がり、クラスメイト達と共に彩夏の活躍に歓声を上げた。誰も知らないだけで、実のところ彼女は運動神経抜群であった。


 暫くプレーが続くと彩夏の身体は異変をきたした。

 走り込んでいるうちに彩夏は浮遊感に見舞われ、視界が真っ白に覆われたとたん意識消失し突如倒れ込んだ。深彗は彩夏のもとに慌てて駆け寄った。

「彩夏、彩夏?分かるか?彩夏!」

 深彗は彩夏の肩を叩きながら声をかけるが彼女は目を覚まさない。

 彩夏のマスクを外そうとした時、深彗のその手が止まった。

 左頬に大きな青紫色の痣が見えたため、マスクを外さず呼吸の有無だけ確認した。

 次に手首の脈を確認した深彗は、彩夏を横抱きしその場を去っていった。

 深彗のその一連動作があまりにもスムーズ過ぎて皆あっけにとられた。

 体育教師の久保田先生も深彗の後を追いかけるようにいなくなってしまった。

 その後深彗が彩夏にとった行動が学校中の噂になるのは早かった。



 

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