僕の知らない君④
澄んだ高い空に真白なうろこ雲が連なる。
彩夏は、終礼が終わるとそそくさと教室を後にした。
それに気づいた深彗もさっと席を立ち、彩夏の後をついて行く。
その様子を見ていたクラスメイトの由実は、いたずらな笑みを浮かべる。
「ねえ、彩夏~気づいている~?」
「何のこと?」
「いつも水星君は彩夏の後ろをくっついて歩いているよね」
由実は、二人を見ながらころころと子供のように笑い始めた。
彩夏が振り返るといつの間にか深彗が後ろにいて、彩夏と目が合った瞬間口角を上げ微笑んだ。
『どうしてだろう……僕はただ、君の傍にいたいだけ……それじゃダメかな?』
彩夏は、先日アルバイト帰りの出来事を思い出してしまい狼狽える。
「いや~た、たまたま?係にされたし、帰る方向も一緒みたいだから……そう見えても仕方がない、よね……」
彩夏は、深彗の視線から逃れるように目を泳がせ酷く動揺しているように見えた。
それを見逃さなかった由実はニヤリと笑う。
「彩夏の後ろをついて歩く水星君はまるで番犬だね。二人はお似合いのカップルだよ」
その言葉に反応し嬉しそうな表情を浮かべる深彗は、はちきれんばかりに尻尾を振る犬のよう。
彩夏は恥ずかしさから逃れるために、一刻も早くその場から立ち去りたかった。
「私、これから用事があるから、じゃあ」
彩夏は、気持ちを悟られないようクールに対応し足早に去った。
深彗はバス停に佇む彩夏を見つけると、彼女の隣に立ち話しかける。
「彩夏、バスでどこに出かけるの?」
「どこだっていいじゃない。深彗君には関係ないでしょ。それに、皆に変に誤解されるからついてこないで!」
――わぁ、ちょっとキツイ言い方しちゃった……
彩夏は、自分でも驚く程のきつい物言いに内心動揺する。
「つれないな。僕は君の番犬だよ。君を守るためにいつも一緒さ」
へこたれない深彗。心配して損した彩夏は、呆れて返す言葉も見つからなかった。
彩夏は、そんな深彗を懲らしめてやろうと、ちょっとした悪戯心を抱いた。
「じゃあ、ワンコ君。主の命令に従えるかな?はい、お手は?お手……」
自ら番犬と自負する深彗に、彩夏は容赦なくお手を強要し揶揄した。
彩夏の意外な言動に驚いた深彗は、何度か目を瞬いたが反射的に左手を彩夏の右手に乗せた。
彩夏は、してやったとばかりにしたり顔で、「はい、良くできました。お利口さんね!」といって彼を揶揄った。
――これだけ侮辱されたら、さすがに離れるよね
次の瞬間、深彗は彩夏の手を掴みぎゅっと握りしめた。
「え!?」
彩夏は、深彗の意表を突いた行動に酷く動揺し、視線は握られた手と深彗の顔を行ったり来たりで忙しい。
深彗は、真顔のまま手を離すことなく横並びに立ち、バスが来るのを待った。
その思いがけない出来事に、どう反応していいか分からず声を失い固まる彩夏。
彩夏の胸は、ドキドキ張り詰めるばかり。
「……深彗君が番犬だなんていうから……ちょっと揶揄っただけだから。もう、手を離して……」
深彗は、沈黙を貫く。
彩夏は、繋がれたその手を解こうとすると、先程よりも強く握り返された。
そうこうしているとバスが到着し、深彗は手を繋いだまま先を歩きだした。
彩夏は、やや強引に手を引かれながらバスに乗車すると、誘導された後部座席に二人並んで座ることになった。
バスが動き出す。
一度繋がれた手は解かれない。彩夏は、困惑の表情で話しかけた。
「深彗君……怒っている?揶揄ったりしてごめんなさい」
「僕は、君の命令に従っただけだよ」
「本当にごめんなさい、だからお願い、手を話して……」
「……僕がこうしていたいんだ」
深彗は、切れ長の澄んだ目で真っすぐ彩夏を見つめながらそう答えた。
深彗の言葉とその眼差しに気後れしてしまった彩夏。
頬は、見る見るうちに熟れた林檎の如く真っ赤に染まり耳元までパッと燃え立ち、心臓は早鐘となって胸を突き続けた。
彩夏は、揶揄われていると知りながら、動揺する気持ちを深彗に悟られないように車窓の外に視線を移した。




