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残春  作者: おざわ
4/4

4.春真似

大学から送られてくる簡単な課題を終え、二つ目の課題に取り組んでいた。学園モノの漫画を読んだり、アニメを鑑賞したり、青春を探すことも私の課題だった。こちらから始めたのにすべてを向こうに任せるのは気が引ける。それにどうやら向こうもすでに弾がないようだった。

しかしながらこのような作品を見ていると無性に悲しくなってしまう。一歩間違えれば自分にもこのような学校生活があったかもしれない、と。この積極性をあの時から発揮できていれば、と。涙が出てくる前にスマホを消し、とりあえずこの週末に陽斗くんを水族館に誘ってみることにした。水族館にした理由は特にないが、とにかく友達と週末にどこかに出かけるのは青春と呼べるだろう。

次の日、学校を終えまた彼と下校していた。

「昨日僕なりにかんがえたんだけどさ、土曜日に水族館に行かない?」

なぜかそれを聞くと彼は笑い出した。

「水族館てデートかよ」

彼は笑いが収まらない様子でそう言った。

考えてみれば彼の言うとおりだった。水族館といえばカップルあるいは子供連れの家族がメインの客層かもしれない。冷静に考えればわかったことをつっこまれて途端に恥ずかしさを感じて口ごもってしまった。

「とりあえず行ってみるか」

彼はこちらの様子を見て気を使ったのか取り返すようにそう言った。

というわけで私たちは土曜日男2人で水族館に行くことになったのだった。

待ち合わせ場所と集合時間を決めて家に帰り部屋のクローゼットを眺めていた。明日の水族館に何を着ていくのか悩んでいた。友達と休みの日にどこかに出かけるなんていつぶりなんだ。少なくともその当時はおしゃれなど私も周りも気にしていなかっただろう。しかし、高校生の外出となれば話が変わってくる。まして相手はサッカー部の陽斗くんで、あまり適当な恰好で行って彼に恥をかかせるわけにはいかないのだ。そうして悩んでいるうちに下校中に言われた「デートかよ」というセリフが蘇ってくる。今の自分はまさに初デートに何を着ていくかで悩める乙女だった。頭で想像した乙女に自分の顔をあてはめ悪寒を感じてクローゼットを閉めてしまった。

当日私が選んだのは無難なパーカーだった。週末に友達と出かけると言い家を出る私を母は不思議そうな顔で見送った。水族館は電車を使えばさほど遠くない。なので陽斗くんが乗った電車に私が合流するということで話が決まっていた。

駅に電車が着き乗り込むと同じようにパーカーを着た陽斗くんが座っていた。同じようにパーカーを着ているのに彼と私とではおしゃれのレベルに大きく差があるように感じられた。おそらく顔と体格のせいなのは気づかなかったことにしよう。

「おっす。パーカー二人で水族館はおもろいな」

余計恥ずかしくなるだけだとは思ったが、「そうだね」とだけ答えて隣に座った。

「そういえば、なんで水族館なん?」

その問いかけに対する答えは私の中にはなかったので

「んー。とりあえず週末にに友達と出かけるのは経験しておきたかったからかな」

と適当に答えると彼は驚いた顔で

「結構深刻なんだな」

と一言。そのセリフには主語がなかったが、私は彼が言いたいことをなんとなく理解できた。

「水族館とかめっちゃ久しぶりだな」

またまた気を使ってか彼はわかりやすく話題を変えたが、同時に電車は駅に着き私たちは乗り換えをして数十分もしないうちに目的地に着いた。

予想通り館内は子連れの家族や中高生のカップルなどでにぎわっていた。しかし、予想外だったのは思いのほか陽斗くんが魚に魅せられたことだった。言葉にはしないものの魚を見る彼の目は輝いていて、各水槽に展示される生き物の説明を漏らさず読んでいた。

私もなんとなく関心があるふりをして彼のスピードに合わせて歩いていた。

男2人が一つ一つの水槽をじっくり楽しみながら水族館を回っている様子は、外からみたらさぞ熱心な客に見えただろう。

こうして魚オタクのパーカー2人組は他の客をはるかに凌駕するロースピードで館内を回っていた。

この水族館にはイルカのショーや特大の水槽などなく、メインは古代魚の標本の展示だった。決して派手ではないが、メインなだけあって迫力があり、それに加えて絶滅した古代魚と言う誘い文句に、これまでの水槽にはさほど興味がなかった私もかなり見入ってしまった。しかし、先程までと同じように説明文を読もうとすると、陽斗くんが次の水槽に向かって歩き出した。

「もう読んだの?」

「読んでていいよ、俺は先にあっちの水槽をみてるから」

私の問いかけに答えると彼はさっさと先の水槽に歩いて行ってしまった。

中々の量の説明文を読み終え彼の後をおって歩いたが、すでに次の水槽に彼の姿はなく、気づけばお土産コーナーに入っていた。

子供が親にねだる声やそれを拒否する親の声、お揃いのストラップを選ぶカップルの声などで賑わう店内で、1人魚の図鑑を立ち読みしているパーカーの男がいた。

「お待たせ。なんか買ってく?」

「いやいい。そっちは?」

彼の質問に首を振り、私たち2人は歩き出した。


「案外楽しかったなー。俺結構魚とかすきなのかも」

満足げに語る彼を見て何故か少しホッとしている自分がいた。

「楽しかったね。あの古代魚は日本で数カ所しか展示してないらしくてさ、生きていた頃は・・・・だったらしいよ」

しっかりと説明文を読んでいない彼に私が簡単に文章の内容を伝えてあげたが、彼の反応は案外冷めたものだった。

「へー、俺は標本より生きてる魚に惹かれたかな。死んでんのに晒され続けられるのって結構つらくね?」

それは冗談混じりの何気ない一言だったが、標本に[生]を見出せなかった彼と、なにも考えずただ展示を楽しんだ私との間には埋まらない溝があるように感じられた。

「そうかもね」

その溝を少しでも埋めるために、彼のセリフに共感し、他の魚に話題を移してしまった。

不穏な終わり方ではあったものの充実した1日を過ごした魚オタクの2人組は電車に揺られてそれぞれの家に帰って行った。


彼と別れてから家までの道で感じたむず痒さ、私が帰ると相変わらず不思議そうに迎える母。青春の甘酸っぱさを肌で感じた1日だったのかもしれない。



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