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自殺絆助  作者: 寝藻
出会い
5/12

皐月と殺気

自分の意思とは無関係に暗闇に落ちていくリコ。

奇しくも心中をすると言うリコの願いが今、半分だけ叶おうとしていた。


※細かい調整や誤字脱字の訂正をする事がありますが内容が大きく変わる事はありません…たぶん。

 リコはヒナの広げた腕に押されて、自分の意思とは無関係に街の奈落へとゆっくりと体を傾けて行く。


 突然の突風。貯水タンクの左側で何かが落ちたガチャンという大きな音。ヒナがその音に警戒しリコを守ろうと両手を広げた事。その行動で2人が接触しヒナは内側、リコな外側に同時にバランスを崩した状況。自分はその一部始終を目の当たりにしていた。大きく鳴った音には目もくれず2人から目を逸さなかったお陰で咄嗟に行動を移す事ができた。

 無抵抗をアピールするため万歳のように上げていた両手を前側から勢いよく振り下ろし、重心を前方へ集中させ、その前方へ集中させた全体重をつま先に乗せて地面を蹴り駆け出した。


 もう少し近づけていたら安全にリコを助けることが出来ただろうが、もうリスクを背負わずにリコを助けることはできない。命を懸ければもしくは間に合うかもしれない、ギリギリを少し超えた距離だ。ビルから自分も飛び出す程の勢いで減速せず飛び込めば、リコの手を掴むことが出来るかもしれない。ゆっくりと暗闇に傾いていくリコの体を見てそう判断した。


"ここで死ぬのは自分だ"


 強い意志が皮膚に筋肉に骨に力を漲らせる。歯を強く食いしばって一歩また一歩。全ての動きがスローモーションの様に流れ、酷く遅く感じる。もっと、もっと速く。


 声にならない雄叫びの様な声を上げ、一歩また一歩。


 ヒナはビルの内側に倒れ込みながら、無理に体を捻りリコの安否を確認しようとしている。自分の受け身は全く考えたいない動きだ。リコォと言う叫びもスローで聞こえてくる。


 リコは傾きながらも膝を屈伸する様にし、せめてビルの縁に捕まろうとしている様だ。もう既に体がかなり傾いてしまっている。あの状態では縁に手は届かないだろう。しかしもう少し、もう少しだ。筋肉が全部千切れてしまってもいい、絶対に自分があの手を掴むんだ。


 リコは腕を一生懸命に伸ばし縁を掴もうとするがやはり届かない、そして生きる為に足掻いた結果、棒が倒れる様にして頭から落ちていくハズだったリコの体は、縁から滑り落ち、足から落ちていく様な形になった。


 ヒナは屋上の地面にぶつかる瞬間その光景を目の当たりにし。言葉にならないさ叫び声を上げ直ぐに地面に激突し一瞬叫びが途絶えた。


 同時に自分はヒナの横側に低く飛び込み「手ぇぇ!」と叫んだ。手を出せと叫びたかったが余裕がない。勢いが付き過ぎている、このままではリコの手を掴めたとしても、2人ともビルの外に放り出されてしまうだろう。リコの手も掴む、ビル縁、出来れば内側を掴んで勢いを殺す。片足も縁の内側に残せたなら救出の確率はグッと上がる。


 飛び込んでからもリコの手をしっかりと見据え、リコの左前腕を自分の右手が掴んだ。

 ブレザーの袖がゴワゴワして持ち難いが、ありったけの力を込める。

 左手はビルの縁の内側に強く当てる様にする。足も同じだ。こちら側は見えていないので、どうしても大雑把な動きになってしまう。引っ掛かってくれよと願いと共に叩きつけた。

 よっし!鈍い痛みが確かな手応えとなって体に伝わる。かなり無理に叩きつけた衝撃が痛みを脳に伝えるが、それも一瞬だった。身体が直ぐに次の準備の為にそれをシャットアウトする。と同時にリコの重みがグンと右手から全身に伝わってくるのを感じる。全身が悲鳴を上げる。ウグッと言う声にならない音が口から漏れる。しかし悶絶してまごついている暇はない。自分の限界まではそう長くないのだ。


「絶対に助ける、絶対に助けるから」


 反応がない。


「お前も俺の腕を掴め!」


 リコの前腕を掴んだはいいが、リコは全くコチラの腕を掴む気配を見せない。それどころか、体に全く力が入っていない様な状態だ。もしかして気絶しているのか?いやな予感がする。掴んだはいいが、とても1人の力ではリコを引き上げれそうにない。全身の筋肉が悲鳴を上げる、わかっていた事だが長くは持たない。ブレザーの硬い布がジワリジワリと自分の掌から滑り落ちて行くのを感じ、さらに力を込める様に意識する。

 後ろではヒナが立ち上がり屋上の縁に身を乗り出してリコを掴もうとしている。ヒナもかなり無理な体制で屋上の地面に倒れ込んだハズだが、自分の痛みよりリコの安否がよほど心配だったのだろう。しかし、ヒナの手はリコに届かない。そして半狂乱になり、リコリコ!と叫んでいる。少しして、自分の手は届かないと悟ったのか。「アンタ、リコの手離したら絶対殺すから。もしそんな事になったら、必ずありとあらゆる苦痛を味合わせて殺してやる。絶対に、絶対に離すんじゃ無いわよ」と叫ぶ。怖い。リコには「リコ大丈夫だから、早く上がってこよ。コイツの手を掴んでお願い」と必死に、でも優しく語りかける。その優しさを命綱でもある者にも分けてやれないのか、と思いながらも必死でリコを繋ぎ止める。

 ピクリとリコの動きが右手を通して伝わってくる。気絶から気が付いたのか元々気絶していなかったのか分からないが、意識があるのは確かだ。


「頼む自分にお前を助けさせてくれ、腕を掴んでくれ、掴め」

 必死に呼びかけるがリコは腕を掴もうとしない。後ろではヒナが煩く、何か叫んでいる。更にリコが滑り落ちる


「もういいの」


 リコがポツリとそう呟く。

 何がもういいのだ、ここまで来て死なせるものか。

「だめだめだめだめ、リコだめだよ。私1人じゃ怖くて死ねないよ、リコがいなきゃ駄目なの、お願いリコまたやり直そ、お願いリコ」

 そう言って再び身を乗り出してリコを掴もうともがく。この状況ではヒナも落ちてしまいそうだ。

「ヒナ、危ないよ。このままじゃみんな死んじゃう。関係ないおじさんも。もういいよ手を離して」

 リコは自暴自棄になっている様にも見えるが、こんな状態になっても、このままではみんなが危ないということを危惧している様だ。1番危ないのはお前だと思いながらも、自分が持っている最後のカードを切ることにする。


 このカードは思い付いてはいたが、死のうとする人間に魅力的に見えるかが疑問で今まで出さずにいた提案だ。


「関係なくない。もうよくなんてない。コレは俺が俺の為にしている事だ。絶対助ける。絶対に離さない。絶対にお前を助ける。お前が諦めても、俺が絶対に諦めない」


 絶対なんて言葉は普段は使わないようにしている。しかし今は自分自身を鼓舞する為にも強い言葉を使う。


「お前達が何故死のうとしてるかは分からない。俺に出来ることならなんでもする。その証拠に、お前達に700万をやる。俺の全財産。金だ!」

 余裕が無いので殴りつける様にその言葉をぶつける。


 お金は多くの事を解決してくれる。しかし心は満たしてはくれない。それでも、もうこの条件を提示する事でしか自分の何でもすると言う魅力的でない誠意を証明する術なかった。手が腕が背中が足が悲鳴を上げている。もう限界なんてとっくに超えているのだ。後ろではヒナが、"はぁお金とかふざけんなよ、この状況わかってんのか"。と自分を蹴り飛ばしそうな勢いで捲し立て激怒している。蹴り飛ばされないのは自分がリコの命綱だからだろう。


 肝心のリコの反応は…少し、永遠に感じるほど長い少しだったがリコの左手が自分の手首の辺りの袖を掴んだ。

 気が付けばリコの前腕を掴んでいた手は手首の手前側までずり落ちていた様だ。危ない所だった。

 そして、リコが掴んだ位置は生き残るには賢い選択だと思った。女性の小さな手では服越しの腕を掴むより、袖を巻き込む様にして掴んだ方がはるかに力が入る。惜しむらくはこの服がお気に入りの一張羅だった事だが、この際それはいいだろう。しかしまだ予断を許さない状況には変わりはない、彼女を引き上げるまで何が起こるか分からない。そして、こんな状況にもかかわらず、リコは笑った。


「ふっふふ。700万って…フフ。何それ。バッカじゃないの」


 リコがコチラを向かず誰にでもなく小さくそう言って、右手を伸ばして二の腕の辺りの袖を掴む。

 弛緩した人間の体は重い。と言う話を聞いたことがあったが、どうやらあれは本当の様だ。心なしか先程よりリコが軽く感じる。少しなら行けるか。


 リコは両手でしっかりと自分の袖を掴んでいる。自分はありったけの最後の力を振り絞りリコを引き上げるが、情けない事に少し上がっただけだった。これ以上持ち上がらない。コレが自分の限界だ。だが幸い、この場にはもう1人いる。


「ヒナ、リコを掴め2人で上るぞ」

 自分がそうヒナに叫ぶより早く、ヒナは手の届く位置まで引き上げられたリコを掴んでいた。


「うるさいおっさん、わかりきったこと言うな。お前はもっと力入れろ。リコ、今すぐ上げてあげるからね。もうちょっと頑張って」

 どう言う情緒なんだコイツは。口が悪いにも程がある。しかし、おそらくコレがヒナの素なのだ。大切な親友を失うと言う恐怖が、清楚で大人なヒナと言う仮面を剥がしたのだろう。

 それからどの程度時間が経っただろうか。ヒナとのリコの引き上げは、リコが自分で生きる意思を見せた事で比較的スムーズに終わった様に感じた。

 しかし、全身が疲労でしばらく動かせそうにない。それはリコも同じようだった。


 自分が1番端、隣にはリコがこの汚い屋上のコンクリートに寝そべりはぁはぁと息を荒げていた。ヒナはと言うと隣で仰向けになって寝転んでいるリコの横に座って泣きながら"リコごめぇん"と何度も言いながら、お腹の辺りに顔を埋め泣いている。

 リコは疲れながらもヒナの頭を優しく撫でていた。


「ヒナ、私もごめんね。私…1人で死のうとしちゃった。ビルの外側に放り出された時にね。あぁ終わるんだ、それならそれならそれもいいのかなって。ごめんね、いつも自分勝手だね私。ごめんね」

 そんな会話をしているが、自分は助ける事が出来た。自殺させなかった安堵感でそんな事はどうでもよかった。荒い息を整えつつ、仰向けに倒れ込んでいる自分には空が見えていた。そこには先程までの曇天が嘘の様に、まん丸な月が世界を優しく照らし静かに浮いていた。


「満月…綺麗だ」


 誰に語りかけたわけでもないつもりだ。恐らく、疲れ過ぎて考えた事を一旦保留にする脳内の処理がバグを起こし声が出たのだろう。

 そう言うと2人も月をみあげた。そしてポツリと。


「こんな日に、死ぬのは良くないね」とリコが笑った。


 それは自分が2人を説得する為に最初に言った恥ずかしい台詞だ。うるせぇと小さく返答して。身を捩り起きあがろうとする。


 起きあがろうとするにはするが、全身の筋肉がひどい痛みを訴えて騒ぎ出している。この歳になり、若い時に比べ筋肉痛も2日後にやってくる事がザラになった昨今。懐かしくはあったが融通の効かない身体だと憎々しく思う。いつまでもここには居られない。痛みに耐えながらなんとか立ち上がり、縁の一つ上がった部分に腰を下ろす。

 それを見てリコもヒナに支えられながら上半身を起こし立ち上がった。


「どうする?」

 疲労もピークを過ぎたと言ってもまだ通常通りと言うわけにはいかなかった。縁に座って2人の方に視線を向ける余裕もなく、曖昧な呟きになってしまう。この"どうする"は、700万の事もあったのだが、今後お前達はどうするつもりか。と言う意味合いもあったのだが疲れ切っていてそこまで言葉にならない。

 2人はどう言う意味なのか、自分たちに向けられた言葉なのかすら分からなかったのか、しばらく何も言わなかったが。少しの沈黙の後、リコがポツリと答えた。

「おじさんは何でもするって言ったけどアレは本気?」

 アレは本気?勿論やけくそではあったが本気だ。しかし、もし嘘だと言ったらどうするのだろう。改めて心中を敢行する気だろうか?

 下手な冗談やお茶を濁すことは事態の再発を招く恐れがある。ココは真摯に話し合ったほうが得策だ。


「ああ本気だ。だが出来ない事もある。犯罪であったり、他人を傷つたり自分を不当に貶める事だ。勿論もっと出来ない事はあるだろうが、無理ではない事はなるべく何でもしてやる」

 どんな事を言われるのか今更不安が増してきて、その不安を悟られない様にするためにぶっきらぼうな言い方になったが、相手の機嫌を損ねる程ではないだろうと…チラリとリコの様子を伺う。


「ふーん」


 リコは考え込む様に左に頭を傾け、右手人差し指を口元に、右上の方に視線をあげた。


「じゃー700万はどうする」


 助ける時にくれてやると言った700万の事だ。勿論700万と言うのは根拠のない数字ではない。バイク以外の趣味もコレと言ってなく、会社に15年間勤め、少ない休みはツーリングや長年乗り続けている愛車のメンテナンス程度の出費で給料の殆ど、諸経費以外は銀行に貯まっていく一方だった。退職金も少ないながらも支払われた今の自分にその程度の持ち合わせはあった。


「今すぐは無理だが、今日…明後日までには渡せる」


 銀行に行く事を考え"今日"と言いかけたが、この後家に帰って眠ってしまうと銀行の開いている時間までに起きる自信がなかった。明日でも良かったが、余裕を持って明後日と訂正した。コンビニ等のATMで引き出すと言う手もあったのだが、確かオレオレ詐欺対策が何かで一度に引き出せる金額が決まっていたはずだ。

 そしてリコはそれを予想していたのだろう。素早く次の質問を投げかける。


「今いくら持ってるの?」


 今か、今は…700万を基準に考えるとほとんど持ち合わせが無いよ様なものなので言い淀む。カードならあるのだが、リコの"いくら持ってる"と言う質問は、今持っている現金の事だろう。


「今は4万…程度なら持っている」


 今4万渡すと言う事で納得してくれるだろうか。と言う気持ちが、少し弱々しい形となって発声された。


「4万か‥4万なら行けるかも」


 先ほどの考えるようなポーズを取り、独り言の様に呟く。

 意外だったのは、この会話の主導権は完全にリコが握っていた事だ。こう言うブレーン的な立ち位置は、てっきりヒナの役目だと思っていた。この間ヒナはリコの考えに任せると言った様な雰囲気で後ろに佇んでいる。しかしただボーっと佇んでいるわけではなく。自分の方にリコに何かしようとしたら私が飛び出すと言った殺気の様なものは常に放たれていた。

 コチラは何もするつもりはなかったので、その殺気は5月の生ぬるい風程度にしか気にはならなかった。


「じゃーさ」

 考えがまとまったのかリコが話し始める。自分は事の成り行きを見守るだけだ。700万は2人に渡す。それだけ渡してもしばらくは普通に暮らせるだけの蓄えはある。そして、自死を決意している自分にとって、この決断は特別なものではないのだ。死んだ後に残るお金などあっても仕方がない。


「その4万円でさ」

 ここに来て、何故だかリコは言いにくそうにソワソワしている雰囲気を漂わす。ヒナもリコの様子が少しおかしい事が気になっているのか、コチラに向ける殺気が少しリコへの注視で和らいだ様な気がする。

 リコは少し間を空けて、モジモジしながらこう言い放った。


「ラブホ行こ」

少し"おじさん"をカッコよく書きすぎました、おじさんは自分の目的に素直な何処にでもいる普通の人です。特別な能力や特質した技術なんかは持ち合わせていません。

好きなバイクの操縦技術も並です。


今回のサブタイトルについてはとても悩みました。

1章のサブタイトルは"〜と〜"と言う感じで統一しようと思っていたのですが、最初に思いついた案"二の腕とラブホテル"と言うタイトルでは。ラブホテル出てくるんや、とラブホテルを出した時のインパクトが薄れてしまうなと考えたので、ヒナの殺気が5月の生暖かいそよ風の様だったと言う部分から。"皐月と殺気"と言う内容とはほとんど関わりのない、語感と字面のみに突出したサブタイトルとなりました。


…まぁ、今までのサブタイトルが内容に関係あったみたいな言い方してますが無かったですよね…


なんかすいません。

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