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自殺絆助  作者: 寝藻
出会い
4/12

説得と誰得

男は自分も自殺したい。と言うジレンマを抱えながら心中しようとする2人の説得を試みるのであった!


※細かい訂正を加えました。内容に変化はありません。

 私達。今日、一緒に死ぬんだね。


 確かにそう聞こえた。やはり彼女達も自殺をする為この屋上に来た様だ。当たってほしくない事ばかり当たる。自然と苦虫を噛み潰した様な顔になっていくのを感じる。


 2人は既に屋上の縁の上に立ってしまっている。悠長にしている時間は無い。今飛び出すべきか。いや、今飛び出すべきだ。分かっている。覚悟はしているつもりだったのに、いざその時となると足が前に出ない。心の中でどれだけ自分を鼓舞しても身体が言う事を聞かないのだ。

 2人が死んでしまう、今まさに。しかし体が動かないのは、"自分も自殺をしたいから2人を止める"と言う負い目からだろう。

 自分は、自分が自殺したいが為に彼女達を止めようとしている。それは、彼女達の決死の覚悟を自分の私利私欲で踏み躙る行為になる。コンビニのレジで先に並んでいたのに、後から来た者に。俺も会計したいから取りあえず先を譲れ、と言う様な行為ではないだろうか。それはあまりにも理不尽だ。

 

 2人の事情は分からない、もしかしたら取るに足らないと感じる事なのかも知れない。しかし、どんな理由であれ、それが2人の死ぬ理由なのだ。他人は関係ない、本人の中にしかない真実。それを蔑ろにし止める事は、同じく自殺しようとしている自分を蔑ろにする事と一緒だ。


 ではどうする。2人をこのまま見送るのか?2人の覚悟に水を刺さず、2人の死を見届け警察に連絡する。逃げずに通報すれば、容疑者としての誤解も早く解けるだろう。それも間違いではないのかも知れない。これは…同情?いや、同じ自殺志願者だからと言って同情している訳ではない。レジで先に並んだ者が先に会計を済ませる。それだけのことなのだ。特別な感情ではなく必然に近い現状。


 …もしくは、そう納得しようとしているだけかもしれない。


 まだ迷いはある。自分の大切を他人に差し出す行為に。しかし、まだ自分にはいくらでもチャンスがあるのだ。場所も…ここよりもっと良い所が見つかるかもしれない。

 いや、分かっている。ここより良い場所など見つかるわけはない。ここが、自分の死ぬ場所なんだ。自然と下唇を強く噛んでしまう。心と意識の乖離、2人をこのまま死なせてあげたい。ここで死ぬのは自分だ。と言った感情が入り混じり、どどめ色の幕が目の前に広がる。徐々に、あの時の…鬱屈とした気持ちが蘇るのがわかる。


 また世界が色を無くしていく。


 頭を掻きむしりたくなる様な感情に飲まれながらも、動けずにいる自分に吐き気がする。恨みだ、この感情は憎しみだ。誰に向けてのものか、自分か?2人にか?世界にか?答えは出ない、その全てが正解なのかも知れない。

 目の白い部分まで真っ黒に染まった様な瞳で2人を睨みつける。


 え?


 あんなに曇天だった空に小さな晴れ間。その晴れ間からは月の一部と、その光が差し込んで屋上の縁に立つ2人を照らし出し幻想的に彩る。そして初めて屋上の闇に光がさした事により、2人をハッキリと視認できる様になっていた。


 2人は…震えていた。


 立っているのもままならない程に足は震え、腰が抜けそうなのか何度も何度も膝から崩れ落ちそうになる。このままでは彼女達は彼女達の意思とは関係なく足を滑らせ奈落へと落ちてしまうだろう。


 それを見て、黒に赤を混ぜたペンキを頭から被った様な感情がとめどなく湧き上がる。


 やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ。


 自分の頭の中で何度もこの言葉が鳴り響きだす。その縁に覚悟もなく登る2人に更に苛立ちを覚える。自分ならあんな風にはならない。縁に登り夜風を肌で感じ。屋上の、街の、夜の、世界の空気を全身で吸い込む。これがどれだけ待ち焦がれた瞬間か、満足感と幸福感に包まれて、最後の生を存分に感じるのだ。それをあんな体たらくを見せられて更に苛立ちが募る。そんなに…そんなに怯えているなら内側に降りろ。


 やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ。


 一つの言葉が脳内を乱反射し、自分の頭がこのまま割れてしまうのでは無いだろうかと思える程の苦しい感情が自分を支配する。

 縁に立つ2人はそんな不安定な状態にも関わらず、先ほどまでの様にお互いを支え合ったりはしていない。手すら握らず、内側の安全な面に降りる様子もない。ただ1人1人が、危なげに縁に立って辛うじてバランスを保っていた。

 大きな動きをしているわけではない。しかし、言うことを聞かず力の抜け膝が折れそうになり、それを必死で留めている様だ。


 やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ


 その言葉が脳内で更に大きく鳴り響き、その意味い見失う程に繰り返された時、驚くほど大きな声が響き渡った。


「やめろぉ」


 一体誰の?少し周りを見渡し、先ほどまでとは景色の見え方が違うことに気が付く。彼女達とは空調設備を挟んで、その裏側に隠れていた自分の体が、なんの遮蔽物もない場所へと飛び出してしまっていた。

 突然背後で発せられた大きな音に、2人は咄嗟に手を繋ぎ、驚いた表情でこちらに振り返る。恐ろしいものを見る様な表情でこちらに視線を送っていた。先程までとは打って変わって足の震えは止まっている。

 突然の事に驚き警戒している。場合によっては、いつでも逃げ出せる様に身構えている様にも見える。


 まさか、この言葉を発したのは自分?


 そう気が付くのに数瞬の間を要した。


 下手に飛び出す事はさらなる事態の悪化を招く、そう考えて慎重に機を伺っていたにも関わらず。考えられる中で最も安直な飛び出し方ではないだろうか?

 下手をすれば。2人はこの声に驚いて、バランスを崩して向こう側に落ちていたかも知れないのだ。


 この場に沈黙が流れる。


 思わぬ事態に、先程まで湯が沸かせそうなほど茹で上がっていた頭は急激に冷やされ、冷静さを取り戻す。

 冷静になればなる程、この事態の収集の付かなさに焦りが湧き出て冷静さを再び失い始めていた。

 取り敢えず何か、何か喋らなければ。今まさにこの瞬間にも2人は飛び降りてしまうかも知れない。何かさりげなく、それでいて気を引く様な何か…


「こんな日に、自殺は良くないよ」


 先程とは打って変わって、優しい…と言うより自信のなさげな声が尻窄みに更に小さくなっていく。絞りに絞り出した言葉に、自分でも自分が何って間抜けな会話の切り出し方をしているのかと恥ずかしくなる。


「なに?」


 状況を理解できず怯えた様子でリコがポツリと呟く。その言葉にいち早く冷静さを取り戻したのはヒナだ。

「あなた何なんですか、誰!何なの本当に、どうしてここにいるの!」

 怒った様な口調で、と言うより怒りながら矢継ぎ早に言葉をぶつけてくる。

 単純に邪魔された事を怒っている様に見えるが、怯えを怒りで誤魔化す意味合いもあるのだろう。その態度に、なんとか落ち着かせなければ説得は難しいと思い至る、奇しくも会話の方針が決まった。しかし一体、この説得で誰が得をするのか。自分か相手か?出来ればWin-Winと行きたいところだがまずそうはならないだろう。自分は自殺をしたいが為に、相手を騙して自殺を止めるのだ。


 まずは相手を落ち着かせ安心させる。出来れば会話をしながら、いつでも飛び降りを阻止できる位置まで近付きたい。

 もし2人がヤケになって飛び込んでしまうと、その位置まで近付いていたとしても2人を同時に助ける事は不可能だろう。

 女性といえ大人サイズの人間2人の飛び降りを阻止できるほど自分は屈強ではない。しかし1人ならなんとかなるかもしれない。相手に。この位置では止められるかもしれない、と思わせるだけでも効果はあるはずだ。2人で心中しようと言う輩だ、1番の恐怖は、自分だけが生き残ってしまう事では無いだろうか?

 冷静に考えがまとまっている。これも辛い仕事で培われた対応力だ。自信が湧いてくる、自分ならやれる。


「自分は…怪しいものじゃない、落ち着いてくれ。通りすがりに声が聞こえたから気になって…通りすがりに覗いてみたら君達が…」


 終わっている。


 勿論このしどろもどろとした台詞の全てに対する感想だ。

 怪しい者じゃない人間でも、怪しい者じゃないと強調する事で怪しく見えるのは人の性だろう。心なしか2人の警戒も高まった様な気がする。通りすがりに声が聞こえた…無理がある、8階建ての屋上で、張った声でも無い会話が聞こえるか?通りすがりに覗くって何だ?誰からも忘れられた様なビルの隙間を通って裏に周らないと登る階段すら発見することが出来ない屋上だぞここは。このままでは会話の粗を突かれ余計に警戒されてしまうかもしれない。そうなる前にこちらから会話の続きを仕掛けなければならない。行くも地獄なら行かぬも地獄だ。なら、何かの啓発本に書いていた。"迷ったらいけ"と言う言葉を胸に前進するのが自分の信条だ。


「頼むから…頼むから、今からする事をやめてくれ」


 右手を前に2人を呼び止める様に突き出し、右足もさりげなく一歩前進しながら言葉をかける。自殺という言葉はあえて出さない。忘れているわけではないだろうが、そちらに注意を引かれても事態が深刻になるだけだ。


「はぁなに言ってんの?」


 ヒナは狭い縁の上で小さく一歩前に前進し、リコを庇う様に両腕を広げコチラを威嚇する様に顔を突き出す。それで良い。相手はまだ、コチラの話しや正体を理解しようとする様な構えだ。飛び降りから目を逸らす時間を少しでも長く引き延ばし交渉の糸口を掴み、接近の時間も得られる。もう少し近付けるか。


「君達がこうなった理由は知らない」


 相変わらずヒナはリコを庇い、縁の上でコチラを睨みつける。


「若いんだから、まだまだこれから楽しいことがある。なんて不確かな言葉も自分には言えない」


 ジリジリと前進しつつ、話をなるべく引き延ばす事に注力する。


「もっと広い世界を見れば、君達の今の悩みがちっぽけだ。なんて事も思わない」


 嘘は極力避ける様にする。これ以上少しでも怪しいと思われたら終わりだ。かと言って当たり障りのない話をしても興味を失われてしまう。話題の中心は自殺に関する事でなければ不自然になる。


「君達には君達の理由があるんだろ。でもその判断は尊重できない」


 自分にとっては自殺は救いだ。彼女達にとっても恐らくそうなのだろう。でも今ここで、それをされては自分が困るのだ。尊重できない。これも真実だった。


「これが自分の我儘な事もわかってる。でも君達を見付けてしまったんだ。もう無視なんて出来ない。君達の決意を踏み躙る事になっても、君達を助けたい」


 決定的な嘘を一つだけ混ざり込む。


 君達を助けたい。


 2人で心中を考える彼女達にとっても自殺だけが本当の救済なのだ。ここから引き摺り下ろす事は、また地獄に戻れと言っているのと同義だ。つまり、彼女達がコチラに戻るにあたって何か得をする様な代替案が必要になる。


「自分は君達に何もできないかもしれない、でも自分に出来ることなら何でもする。だからお願いだ。そこからこちら側に降りて来てくれないか」


 甘美な死と引き換えの代替案にしては弱過ぎるか、と少し不味ったと言った気持ちが顔に出てしまう。しかし、今の自分に差し出せる物といえば自分だけだ。それにこの提案は、この場をやり過ごすためではなく、本当に出来ることならなんでもやってやるといった、やけくそながら心からの言葉でもある。


 話している間に、自殺を阻止できるだろう位置までもう少し、と言うところまで迫った。


「それ以上近づかないで!」


 大きな否定の声が空気を揺らす。


 内心大きく舌打ちし、"もう少しで目的の位置まで移動出来たのに"。その感情を押し殺し、間髪入れず答える。

「分かった、これ以上は近付かない、絶対だ約束する。だからもう少し、もう少しだけ話を聞いてくれ」


 咄嗟に両手を上げ、自分にはこれ以上抵抗の意思は無いと言った様なポーズを取る。すかさず答えたのは。ここで戸惑ったり間を開けたりすると無抵抗や無害と言ったイメージからかけ離れてしまうと判断しての行動だった。

 しかし意外な事に大声を出したのはリコを守る様に立つヒナでは無く、守られている様に見えるリコだった。


「君達をどうしても助けたかった。だから、いざという時は飛びついてでも阻止しようと近づいていたんだ。でも、もう一度言うが、これ以上は絶対に近付かない。だからせめて話だけでも聞いてくれないか」


 両手を上に上げた状態で念を押す様にそう繰り返す。


「関係ないでしょ出てって私たちだけにして!」


 ヒナは大きな声でもう一度そう威嚇して見せる。そのヒナを狭い縁のやや外側で見ていたリコは、ヒナの横側に小さく一歩近づき。


「ヒナ、ちょっと」

 リコの言葉は、その時に吹いた強い突風によって遮られ。そしてその突風により貯水タンクの左側で何かが落ちる大きな音がする。


 ヒナは咄嗟にリコを庇う様に左手を広げ、音のした方を警戒する。仲間がいるのでは?と言う判断だろう。しかし、先ほどリコが何か言いかけて小さく一歩前に出ている事に彼女は気がついていなかった。

 

 リコを庇う為に広げたヒナの左腕がリコの溝落ち当たりに強く当たる。ヒナは思いもしないリコとの接触にバランスを崩し段差から屋上の内側によろけ。リコは突然の衝撃に屋上の外側へとよろけた。


「えっ」


 ヒナは何が起きたか分からない。いや、想像は付いているのかもしれないが、リコが腕に当たって外側に落ちているのでは。と認めたくなかったのかもしれない。


「わっ」


 リコはヒナの腕に押され、ゆっくりとバランスを崩し外側に倒れ込む。自分の意思とは関係なく、この雑居ビルの底に落ちていこうとしていた。

屋上編は今回で終わらせたかったんですが、長くなってしまったので次話持ち越しとなってしまいました。


多分次話は短くなります。

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