古伊万里と倉敷
屋上には
おじさんと2人の女子高生
おじさんは自殺したいが、せっかく登った屋上で女子高生がだべっている為とても困ってしまいました。
彼女達は自殺しようとしている。
これがとんでもない思考の飛躍であることは自分でも良く分かっている。しかし、彼女達を見ていると、全く共通点のない自分と何故か重なる様な瞬間があるのだ。
確実ではないが、それ以外に考えられない雰囲気を自分は感じていた。
そうなると非常に厄介な事になる。
2人がもし自殺したとして。その後、自分が飛び込むとしよう。警察は無関係の3人の関係について徹底的に調べるだろう。
その過程でどれほどの人間に迷惑がかかるかは想像だにできない。
又は2人は飛び降り、自分は日を改めるとすると。この屋上には警察の現場検証により足跡や手摺から指紋が検出され第三者の存在が必ず明らかになるだろう。
そして、そう遠くないうちに警察は自分の元まで必ずやってくる。今の世の中、警察が本気で捜査をしてシロートの身元の特定に繋がらない事などあり得ないのだ。指紋や下足跡は勿論、髪の毛の一本から服の繊維、ありとあらゆる物的証拠が現場ではかき集められ、その全てに精密な分析がなされる。極め付けは街中を埋め尽くさんと点在する防犯カメラだ。そのデータを該当時間内から時間外まで全てを検閲し自分を容易く特定するだろう。そして私は任意による同行、もしくはここへの不法侵入や、いつやったかも分からない信号無視、そんな事も罪になるのかと言った様な罪状で、何がなんでも連れていかれる事になる。その後事情聴取が始まり、殺人も視野に入れた取り調べが行われることになる。
今の取り調べは昔ほど厳しく無い、と言うが自分はその情報に懐疑的である。表層的だった暴力や自白の強要が、より陰湿に行われる様になっただけでは無いのか?
これはバイクで何度か速度違反の取締や、事故でお世話に立った時の警察の対応が大変横柄だった事に起因する、不信感…と言えば大袈裟か、イメージの悪さからくる妄想ではあるが。そう考え、捕まらない様に品行方正な、もしくはそうならない様に行動を心掛けるに越した事はないだろう。
そしてマスメディアの存在を考えると反吐が出そうになる。
女子校生2人の飛び降り現場、同時刻に謎の男
どう考えても、とても目を引くスキャンダラスな話題である。
根気よく証拠を交え、運良く警察を説得することは出来るかも知れない。しかし、民意を納得させる事など不可能だ。恐らく釈放後も想像を絶する嫌がらせを自分だけでなく、自分に関わり深い全ての人間、及び彼女達の周りの人間もが受ける事になるだろう。何故か被害者と目される人間にもデタラメな理論で文句を言う輩が一定いるのだ。それらをやり過ごすことなど不可能だと今までの事例が証明している。それに加えて、どうしてもこの屋上から飛び降りて自殺したい。自分のその微かな希望は、この屋上への階段のセキュリティーが上がる事で二度と叶わない事になるのは想像に難くない。
もし自分の想像通り、彼女達が自殺しようとしているなら。自分はなんとしてでも、その行動を阻止しなければならない。しかし、自殺する人間をどう説得する?自分ならどう説得されると思い止まるに至るだろうか?しかも、初対面の見知らぬ人間同士でだ。何故自殺するのかも分からないのに。
そもそも彼女達は女子高校生だ。女子高生と言えば箸が落ちても楽しい年頃ではないのか。自分が同じくらいの時はバイトで貯めたお金で50ccのバイクを買って…いかん、思考が現実逃避を始めている。しかし、まだ彼女達が自殺しようとしているかも自分の直感がそう感じさせるだけで確定している訳ではない。ここはしばらく様子を見てもいいかも知れない。
彼女達はしばらく抱きしめあい、どちらからとも無く、そっと離れた。離れたは離れたが、リコの肩には、まだヒナの手が掛かったままだった。
「ねぇ、もうちょっと話しをしない?」
リコはそう言って肩に残ったヒナの手に手を重ねる。
「怖気付いた訳じゃないよ。でもね、もう少しだけ…もう少しだけ」
「…いいよ」
ヒナはリコの手を掴んで、屋上の縁の高くなった部分に一緒に腰掛けた。
自分は、その姿をリコの斜め後ろにある空調施設の陰に隠れているのだが、リコは恥ずかしそうに地面をヒナはリコの横顔をじっと見つめていた。よほど覗き込まない限りコチラが見つかる事は無いだろう。
リコがぽつりぽつりと話を始める。
「私達、5年生の時に知り合ったじゃん?」
「うん。リコがトイレで泣いてて、私が出てくるまでずっと待ってたの覚えてる」
ヒナはリコがどんな話をするのか興味あると言った面持ちで、リコの横顔を眺めていた。
「でもね。私はね。ヒナの事、転校してきた3年の時から知ってたの」
「え?うそ、だってクラス別々だったよね」
「うん、ヒナは1組、私は3組だった。でもね、ヒナ噂になってたんだよ。超可愛い子が転校してきたぞぉって。私はね。ほほう、いったいどんな可愛い子が転校してきたのかって値踏みしに1組に覗きに行ったの」
「なにそれ」ヒナは笑って恥ずかしそうにリコの肩を軽く叩いた。
「それで、超可愛い私を見てどうだった?そんなに可愛く無くてガッカリした?」
ヒナがイタズラそうな顔でそう問い返した。
「ううん、その逆。お人形さんじゃん、超可愛いじゃんって。自分の可愛さの敗北を初めて味わったよ」
リコも少しイタズラを仕込んだ様な口調でそう言って、笑いながら視線をヒナに移す。
「それからね。4年生も5年生もクラス別々だったし、体育の授業でも一緒にならなかったから、ヒナの事たまに男子が噂してる時ぐらいしか思い出すこともなくなってたんだ」
そう言って再び地面に視線を落とす。
「ひどいなぁ、こんなに可愛い私を忘れるなんて」
ヒナは地面に落としたリコの視線を覗き込む様にした。
「だからね、私とってもビックリしたんだよ。放課後トイレで泣いてて。暗くなってきて、悲しいと怖いが同じぐらいになって。帰ろうと思ってドアを開けたら、オカッパの子が目の前に立ってるんだよ。花子さん出たぁ、って一瞬驚いて。すぐに、え?凄く可愛い。ヒナタちゃんだ。ってなったもん」
「あの時リコが鳩が豆鉄砲みたいな顔してたのはそんな感情だったの」
ヒナはよく笑う、リコの話しが特別面白いわけではないがその様子から2人はとても仲が良い事が分かる。
「私そんな顔してないよ」
「えぇ、してたけどなぁ」
内容はともかく、ごく普通の女子高生同士の楽しそうな、会話だ。
「なんで、ヒナタちゃんが目の前にいるのか訳わかんなくて。トイレ入りたいのかな、でも隣もその隣も空いてるしって思って。そんな風にきょどってたら……そだね鳩が豆鉄砲の顔してたかもね。ちょっと恥ずかしい」
「隣のトイレ見てたのそう言う事だったの」
「うん…それでヒナが言ってくれたんだよ、”私達、友達にならない”って」
リコは地面の方に視線を落としているので分かりずらいが、嬉しそうな声だ。
「私ね、最初にそう言われて、何でそこにいるの、いきなり何言ってるの?ってもっと混乱したんだけど、子供心になんか分かったの。私達友達になれそうって」
リコは地面に視線を落としたままヒナの肩にもたれ掛かる。
「でも子供だったし、自分の感情って分からないじゃん。だから混乱して訳わからない事言って…そう言えば私ヒナに何って言ったんだっけ?その後一緒に下校したよね」
「リコはね、私にこう言ったの。”私をお嫁さんにしてください”って」
ヒナはふざけた口調でそう言って笑う。
「絶対そんなこと言ってないじゃん」
今度はリコがヒナの肩を軽く叩いて一緒に笑った。
「一緒に帰ってる時にね、ヒナが言ってくれたんだよ。”私はあなたの気持ち少し分かるの。悲しい事ってね、ずっと悲しいの。いい思い出になったりしない。だからね、我慢しなくてもいいの。悲しい事は私に話して。役に立たないかもしれない。でもね、多分悲しい時ってね、1人でいるより2人でいた方がいいの。あなたの隣には私がいてあげる。もちろんタダじゃ無いわ。私も悲しい事があったり、そんな気持ちになったら貴方に話すから。コレでおあいこでしょ。友達になるのに一方的だといい関係が築けないの。あなた…あなたの名前はコイマリ コハルって言うんでしょ。皆んなからはココとかコハルって呼ばれてる、友達に聞いたから知ってるの。コイマリのコにコハルのコでココでしょ、素敵なあだ名と思うけど。私はその呼び方あんまり好きじゃないの、私は貴方の事リコって呼ぶわ”」
リコは自分の言った事はぜんぜん覚えていないが、ヒナの言ったことは一字一句覚えている。おそらくヒナが言った事を何度も反芻し、心に刻んでいったのだろう。そんな印象を受けた。
「私、小学校の時そんな話し方だった?」
「うん、出会った時はこんな感じだった。同い年とは思えない雰囲気あったよ。でも今考えると、あの時ヒナも少し緊張してたんじゃない?」
「緊張はしてたよ。だって友達にならないって、ほとんど知らない子に言いに行くんだよ。トイレの前で待ってる時も、どうしよどうしよって右往左往してさ。でもリコに気を遣わしちゃ悪いと思って静かにジタバタしてて。どうしよう帰ろうかな、とかも思ったけど…リコの泣き声が聴こえてたから帰れなかった。でも今考えると友達にならないって…すごい誘い文句よね」
「そうだよ、後にも先にもあんな事言われたあの時だけ、でも…私嬉しかったよ」
リコはニッコリと優しく微笑んだ。
「それでね。私が何でリコなのって聞き返したら。”コイマリのリとコハルのコ”って。私その時、苗字の最後と名前の最初なんだって思って。じゃーヒナタちゃんは…って名札見てクラシキって書いてたから、クラシキのキとヒナタのヒでキヒちゃん、って言ったら被せ気味に。”嫌、ヒナって呼んで”ってバッサリ。私ヒナの事、自分勝手!って思って、それにめちゃくちゃ喋るじゃんって…勢いで圧倒されちゃってさ。さっきまで泣いてたのもちょっと忘れてて、何だか無性におかしくなって笑っちゃった」
リコはおそらく話している日、5年生当時の時の様に笑ったのでは無いだろうか。ヒナがそのリコを見て、少し呆気に取られた様な驚いた様な表情をしていた。
リコはまた地面に視線を落とし。
「あの時は、もう一生笑える事なん無いって思ってたのに…ヒナのお陰で笑えたの…笑っちゃいけないって気持ちもあったんだけど。でも、また笑えた事が嬉しかった」
リコはそう言って地面に落としていた視線を上げ、空を見た。相変わらずの曇天だったが、彼女の嬉しそうな顔は天気の悪い空を眺めている訳では無い様だ。
「あのね、あの時ね…」
見上げた空から視線をヒナに移す。瞬きもせず見つめ合った2人は一瞬時間が止まったように動かない。
屋上にゆるい風が吹き、ヒナの髪の毛がハラリと頬の前側へと垂れさがる。リコはその髪を右手で掬い元の位置に戻す。
「私を見つけてくれてありがとう」
そして矢継ぎ早に。
「私に笑顔をくれてありがとう」
「私と友達になってくれてありがとう」
リコはヒナの髪を掬った右手をそのまま後頭部の方に、左手はヒナの腰に回して、ヒナをグッと自分の方向に引き寄せた。
キス…してはいなかった。自分の視点からは頭同士が重なり1つになったように見える。頬と頬を合わせるように抱き合っている。
リコの顔はヒナの頭で見えないが、ヒナは恍惚とした様な表情に目には涙を溜めている。それがどう言う意味の顔なのか分からないが、何か一種の達成した様な表情に見えた。
「わだじも…」
ヒナの声が上擦った様に震えて詰まる。それが涙のせいなのかどうか分からない。
「私も、リコといれて幸せ」
それを聞いたリコは一瞬ギュッと強くヒナを抱きしめ、すくっと立ち上がった。
ヒナはそれに習うように立ち上がり。屋上の縁の上に登りリコに手を差し伸べる。リコは気が付かなかったのか、下を向いたまま自分で縁に上がった。
「私達。今日、一緒に死ぬんだね」
ヒナがそう言って、ビルの外側に振り返った。
R15のガイドラインを読むと自殺と言うワードが引っ掛かる様なので、遅ればせながらR15指定しました。
そうとは知らず読まれた皆様には深くお詫び申し上げますm(._.)m