江ノ島が一望できる場所で
コレから読んでくれる方
ありがとうございます。
バイクはカーブに差し掛かる。
道の傍には整然と木々が整然と立ち並び、バイクはその優しい木漏れ日の中を駆け抜ける。
カーブを抜けると目の前が一気に開け、相模湾が眼前に姿を現す。
海に反射した太陽がキラキラと眩しく目を細めた。
「海だー!」
リコはしっかりとニーグリップをしてから両手を高々と掲げる。
「相模湾だ。相模湾は…」
「おじさんストップ!!またなんか訳わからない相模湾あるある言おうとしてたでしょ。おじさんの行動がだんだん見通せるようになってきたよ」
意気揚々とリコに相模湾の歴史を解説しようとすると止められてしまう。
知識を得るという事は生活を豊かにする事だ。でも今は、確かにこの情景が開放的で綺麗だという事。それだけでいいのかも知れない。
「確かに御託は余計かもな」
そうなると自分は何を話せばいいのか。おじさんの説明好きは場繋ぎで話す内容の欠如でもあるのかも知れない。
「おじさんは海好き?」
話す内容に困っていると、リコから質問が飛んでくる。ありがたい。
「昼の海は好きかな、夜の海は怖い。リコはどうなんだ?」
「私も好きー。でも夜の海って怖いの?」
「なんかな、吸い込まれそうな気がして」
そう答えるとリコは少し間を置き。寂しそうに。
「なんか、わかる気がする」と答えた。楽しい気分に水をさしてしまったか?そんなことを考えていると。
「でも太陽の下の海はテンション上がるよね!」と、すぐにいつものリコに戻った。
海沿いの道を軽快に走る。平日ということもあって、人気観光地付近にも関わらず道は比較的空いている。
すぐに江ノ島付近に到着する。江ノ島といえばしらす丼が有名だ、時間帯もちょうど昼頃。今日の昼食はしらす丼かなと舌鼓を打つ。
「リコ、もうすぐ江ノ島に着くぞ、こっからどうすればいいんだ?」
「んーじゃーとりあえず真っ直ぐいって」
直進!?江ノ島を通り過ぎると言うことか?いや、そう言うことなんだろうが、ではしらす丼はどうする!
「リコ、江ノ島には行かないのか?」
しらす丼に後ろ髪を引かれ、念の為、念の為にもう一度確認する。
「え?江ノ島行かないよ、行きたかった?」
「まぁ、目的地がそこだと思ってたから行かないのかなと思って…」
「うーん、江ノ島は階段多いしトイレ見つかんないし、それに!トンビにさつま揚げ取られたし!見てる分にはいいけどあんまり好きじゃない」
江ノ島は良いところだよ!富士山見えるしパワースポットだししらす丼と美味しい!
まぁ、あんなデカイ鳥に食べ物奪われたらビックリするよな…
「そっか…大変だったな」
年甲斐もなくしょんぼりしながらそう言うのがやっとだった。
「あっそこ左ね」
しらす丼が過ぎ去ってからしばらく走り、本格的にリコのナビが始まる。最初は緩やかな勾配だった坂道がどんどんと急に、道も細くなり住宅街に差しかかる。それと同時にリコの口数も減り、辺りには単気筒の力強いエンジン音だけが響いた。
車が一台通り抜ける事ができる程度の幅の道。左右には生垣。その間を通り抜けながら坂を上っていくと、丘の頂上付近に到着する。
「ここが目的地」
リコがそう言うのでバイクを止め、目の前の建物を見た。白塀で囲まれた古式ゆかしい佇まいの、ここは…お寺?
バイクを降りてヘルメットを脱ぐ。リコからヘルメットを預かり、メットホルダーにそれを固定する。リコに向き直ると、彼女は静かな目をしていた。
「おじさん、付いてきて」
そう言って、門の方に移動してその前に立ち止まる。
門は広く開け放たれていて、立ち止まるリコに声をかけようとした瞬間、リコが門に向かって深々と頭を下げる。自分も慌ててその仕草にならう。
お辞儀しながらチラリとリコの横顔を覗き見ると、なんの感情も読み取れない表情をしている。リコの温度がどんどんと冷たくなっていくのを感じた。
そして門の敷居を跨ぎ左足から内側に…いや、境内に入る。その奥には本堂が見え、中からはお経を読み上げる声、木魚を叩く音、線香の香りが漂う。格子状になった木枠の隙間から見えた中の様子は薄ぼんやりと暗く、袈裟を掛けた住職が背中を向けてお経をあげていた。
「おじさん、少しここで待っててくれる?」
リコは静かにそう言い、本堂の中に入っていく。
本堂前にポツンと残されてしまった自分は。どうしていいか分からず、取り敢えず本堂の方を向いて両手を合わせ目を瞑る。
ガラリと横で引き戸が開く音がして顔を上げると、箒を持った女性が本堂とは別の建物から出てくるところだった。
その女性はこちらの存在に気がつき、アラ?と言った不思議な顔をする。
自分はそれとなくお辞儀をしてやり過ごそうとするが、その女性はコチラを見ながら「あらあら、どなたかしら」と言ってそばまでやってきた。
何と言えばいいか迷っていると、女性は本堂の方にチラリと目をやる。そこには先ほどまでお経をあげていた住職がリコの存在に気がつき、立ち上がるところだった、
「あぁ古伊万里さんの所の」
女性はそう言い、リコと住職を交互に見てコチラに向き直る。
「私ね檀家さんの顔はだいたい覚えているの、でもあなたは誰だか思い出せなくて、ごめんねって思ってた所だったのよ」
自分は、はぁと返事をするが、そんなものお構いなしに女性は喋り続けた。
「今日は4月9日。古伊万里の娘さんの誕生日だもんね。うちの旦那なんか、可愛い子が来るから張り切ってお経あげちゃったりなんかして、ほんと笑えるでしょ」
そういって女性は住職とリコの方に向き、頬に手のひらをあてため息をついた。
「弟さんが亡くなってからもう6年も経つでしょ。あの子は毎年自分の誕生日にも弟さんに会いにきてるのよ。最近はおかっぱの友達と来てたけど。男の人は、お父さん以外じゃ初めてじゃないかしら」
リコは6年前に弟を亡くしている!?そして今日は弟に会いに…つまりお墓参りにきた。その事実に少なからず衝撃を受ける。
「あなたは彼氏…にしてはお兄さんすぎるわよね、あぁわかった親戚の方ね」
勝手に関係を納得してくれた事は助かったが、それよりリコの弟についての事実がまだ自分を動揺させている。
「古伊万里の娘さんは昔はとっても内気で大人しい子だったのよ。それが弟さんが亡くなってからガラリ変わってね。とっても明るくなったの。不思議でしょ。私は多分ね、一緒に来てた友達が良かったんだと思うわ」
そうこうしている内に、リコと住職の会話が終わった様で、お互い会釈している姿が格子越しに見える。
女性もそれに気がついたのか「あら、お話し終わったみたい。ごめんね、私ばっかり喋っちゃって」と言い、本堂の方に向かう。
女性はリコとすれ違いざまに、大人になったわね、や。用具入れは開いてるからね、などと少し談笑して本堂へ入っていく。
リコは女性を見送り、こちらに戻ってきた。
「おばさんと何話してたの?」
少しだけ熱が戻った様なリコの態度にホッとして。
「毎年誕生日に来てるんだって?」と返す。
リコは、下を向き小さくうんと頷く。
「こっち」
本堂の脇を抜ける道へ向かうリコの後ろ姿はこの場所に溶け込むような黒の上下。その姿に墓参りと言う言葉がしっくりと馴染む。
本堂横には用具入れがあり、バケツやら雑巾たわし柄杓を取り出した。
用具入れの横にある水栓中からバケツに水を入れ、その中に柄杓を突っ込みそれを自分に手渡す。
「ん、重いのはおじさん」
自分は「任せろ」と言ってそれを受け取り、リコの後に続き本堂の裏側に回った。
本堂の裏側に抜けると、そこには墓地だった。
砂利の引かれた細い道があり奥へと無数のお墓が立ち並ぶ。
お墓の形や高さは千差万別で、それぞれに誰かの想いが眠っている。
間違っても水をかけてしまったりしないように、慎重にバケツを持ち、更に奥へと進むリコの後に続いた。
墓地の1番奥まで進むと、そこは白い塀ではなく胸元より少し下ぐらいの鉄の柵になっていて、その向こう側には相模湾、そして江ノ島が見える。
風が海の方から吹き込み、微かに塩の香りがするような気がする。
リコはそちらを向きながら「いい眺めでしょ?」と言い、風で少し乱れた前髪を掻きわけ、お墓の方へ振り返る。
そこには古伊万里家と刻まれた新めのお墓があり。お墓の前には気密性の良さそうな箱がお供えされている。
「久しぶりだね……おねーちゃんだよ」
リコは墓前でそう呟く。
「おじさんはそっちのお墓を綺麗にして」
そう言われ、リコの指差す方向を見ると。そこにも古伊万里家と刻まれた墓があり。こちらは角が取れ丸みを帯びた年季が入たものだと見てすぐわかる。
リコからタワシを渡され、彼女は雑巾を濡らして新しい方のお墓を磨きだした。
「どうして2つあるんだ?」
墓の汚れを落としながら聞く。
「一つはひいおじいちゃんとか祖先のお墓、パパは次男だからだって」その言葉に「そうか、そんなもんか」と答え黙々と掃除を続ける。
ある程度掃除が終わると、リコはメッセンジャーバッグの中から仏花を取り出し、2つの墓にお供えする。
「弟のお墓だけ洗うの不公平でしょ。いつも相手してもらってるんだから」
リコは静かにそう言い、線香に火をつけた。
線香の煙が漂い祖母の家を思い出す。だからだろうか、この香りには背筋が伸びるような雰囲気があるのに不思議と落ち着く。
リコが改まって弟の墓前に立ち両手を合わせる。
リコは墓前で何を祈るのだろうか?
自分は、何を祈ればいいのか。分からないまま、ただ手を合わせ、目を瞑る。
顔を上げると、リコもちょうどお祈りを終えたところだった。
「あのね、おばさんから聞いたかもしれないけど、私、小5の時に弟を亡くしてるの」
リコは墓前に向いたままそう言う。返す言葉が見つからない「ああ」とだけ答える。
「弟は活発な子でね。何かっていうと正義の味方ごっこ仕掛けてくるの。私はね、怪獣役」
自分もお墓を見ながら静かに聞く。
「私ね、負けてあげなかったの。おねーちゃんだぞ!って、いつも弟を泣かして。その後に私がお母さんに怒られて終わり」
なんだよそれ、と言おうとすると、リコの目に涙が溜まっているのを見て言葉に詰まる。
「私、なんで負けてあげれなかったのかな?」
溜まっていた涙が溢れ出しリコの頬を伝う。
「サッカーボールも貸してあげたら良かったし、人形壊されたぐらいであんなに怒んなきゃ良かった。私お姉ちゃんなのに」
リコはながれる涙を手で拭いながら、それでも次々とながれる涙をせき止める事は出来ないでいる。
「私…ゆうたに、お姉ちゃんらしい事何もしてあげれなかったの」
コレはリコの懺悔だ。吐き出す事で少しでも楽になれるのなら。
「弟のお葬式の時にね、いつも毅然としてるパパとママが泣く中、私だけは泣かないぞって」
リコは無理に笑おうとするが笑えずにいる。
「私まで泣いちゃったらパパとママがもっと悲しくなるんじゃないかって我慢…そう我慢してた」
ポトリと線香の灰が落ちる。
「弟の同級生も沢山来てくれててね。出棺の時にその同級生の1人が。「なんでゆうたくん寝てるの?」って。ゆうたはね、そんな事も分からない内に亡くなっちゃったんだって思ったら涙が止まんなくなっちゃって」
リコはそのまま泣き崩れる。当時をフィードバックしてしまっているのだろうか。
「私が、私のせいでゆうたは死んだの。ママに一緒にお風呂に入ってあげてって言われたのに、私宿題あるからってそれでそれで…」
しゃがんで吐き出すように涙を流すリコに、声を掛けて落ち着かせようとする。
背中に手をおこうとするが、自分にその権利があるのか?と言う葛藤が背中に触れる直前から手を動かせない。
だんだんとリコのシャックリが少なく、小さくなっていく。
一緒にしゃがんではいるものの何も出来ない自分を歯痒く思いながら落ち着くのを待つ。
ただ横にいるだけ。それだけでも少しでもリコの為になっているのだろうか。何故リコは自分をここに連れてきたのだろうか?
リコはしばらくして泣き止み顔を上げた。
涙で濡れた顔を拭くようにとハンカチを差し出したが、自分の持ってる、と鼻の詰まった声で答える。
「おじさんごめんね、泣くつもりなかったんだけど。なんかこうわぁーっと押し寄せてきちゃって」
涙を流した後のリコは、もういつもの彼女然としていた。
「恥ずかしいとこ見せちゃったね、化粧も崩れちゃったし」
リコは元々化粧が濃い方ではないが、確かに涙の後がうっすらと黒い線になっている。
「あっそだ。ゆうたにおじさん紹介してなかったね。ゆうたーおじさんだよー。このおじさんはね、なんとバイクに乗るの!だから今日はおじさんのバイクでここまで連れて来てもらったんだよー、すっごい気持ちよかったよ。いいでしょー」
そう言いながら、彼女はお墓の前の箱をパカリと開ける。そこには、ひなびた一冊のノートがあった。
クレヨンで "やりたいこと" とひらがなで書かれ、その周りにはバイクとおぼしき物の絵や星、そこを飛ぶ宇宙船が描かれていて。右下には "こいまり ゆうた" と名前が書かれていた。
「このノートね、ゆうたの夏休みの宿題」
リコはそう言いながらノートを取り出して、パラパラとページを捲る。
中には大小の文字で何かが箇条書きされているようだ。が中身までは見えない。
リコは目的のページを見つけたのか、捲るのをやめバッグの中からペンを取り出して、横線を2本引く。
ノートをよく見ると他にも横線が引かれた後があり、今回引いた横線の下には "バイクにのる" と書かれていた。
リコはその後、再びパラパラパラとページを捲り一通り目を通し、それを大事に箱に戻した。
「じゃーそろそろ行こっか」
リコは明るいトーンでそう言いながら、お墓に向き直りまた手を合わせる。
自分も再びそれにならった。
リコは弟を失った苦しみを抱え、取り戻せない過去を取り戻そうとしている。
弟にしてやれなかった事を弟が出来なかったことに重ねて、バイクの時のように自身から両手を離して夢中になってしまう。
それは懺悔の気持ちからか?
それともそうせずには立っていられないのかは分からない。
ただそれが健全な状態であるはずがない事だけはハッキリとわかる。
自分のせいだ。自分があの屋上で2人を止めたせいでリコは歪んだままここにいる。
リコの弟には素直に "すまない" と謝る事ができる。
自惚れもしれないが、まだお前の姉が苦しんでいるのは自分のせいだと。
すまない。それは姉の為を思っての行動ではなく、自分自身の私欲のせいだと。
すまない。自分はいつか、未だ苦しむリコを置いて逝ってしまうのだと。
だか、何かこの無力な自分にも、リコにしてやれる事はないのか…
「…じさん、おじさん!」
気が付けば横のリコから声を掛けられている。
慌てて顔を上げ、リコの方を向く。
「もぉー長いよ。何そんなにお祈りしてたの」
リコがコチラを覗き込みそう言う。
自分はお墓の方を向いたまま一言一言慎重に言葉を発する。
「リコは、弟のできなった事をやってるのか?」
リコは少しビクッとしてから。
「え?なになに急に、真面目な顔してなんなの」
その反応だけで十分だった。必死でいつもの自分をと取り繕おうとしてはいるが、声が明らかに固くなっている。
「じゃーそれを全部…出来る事からやっていけばいい」
コレはリコにとっては呪いだ。弟の呪い。ノートの夢を叶えるまでリコは自分にはなれない。
「…何、おじさん急に…」
琴線に触れたのか、声のトーンが一気に暗く反抗的なものになる。
「自分も…出来る事はする、だから」
そこまで言いかけてリコが爆発する。
「何年かかると思ってんのよ!ねぇ!どれだけ…どれだけかかると思ってんの!手伝う?はぁ?おじさんに何が出来るの!ねぇ!おじさんに何が分かるの!!」
リコの捩れが言葉に乗って外に吐き出され。それを容赦なくぶつけてくる。これがリコの本音、これがリコの声だ。
「違う、やるのはリコ、お前だ。何年かかってもいいし、全部できなくてもいいんだ」
リコは砂利を強く踏み締めて、手にはありったけの力を込め握り締められている。
「そんなんじゃダメなの!私が…私のせいで…」
そう言ってリコは再び泣き崩れてしまう。
これは自分にとっての呪いだ。自分の都合しか考えず行動した罰だ。しかし自分はそれでいい。だが、リコには未来がある。この子を救うのは自分じゃない。リコ自身。それかリコに親身に寄り添ってくれるパートナーともいうべき誰かだ。自分が他人にしてやれる事など何もない、だけど。だからこそ自分は…
「俺はリコ自身がやりたい事を手伝う。弟のやりたかった事じゃなくリコの。だからリコ、教えてくれないか」
リコは泣きながら顔を上げる。
「リコは…何がしたい?」
そう言ってもう一度ハンカチを差し出した。
読んでくださっ全ての方々…
とってもありがとうございます!




