タンデム高速道路
拙い文章ですがよろしくお願いいたしますm(._.)m
「応答願います!応答願います!おじさんきこえてるぅー?オーバー」
インカムを使ってのリコの第一声がこれだ。
映画か何かで見たのを真似でもしているのか。通信用語を使って締めくくる。
気持ちは分かる。しかしバイク用のインカムは同時通話が可能だ、本来なら交互通話で使われるオーバー等の通信用語は必要が無いと言っても過言では無い。それでも使いたくなる通信用語、気持ちはわかるぞ!という事で、相手のノリに合わせるふりをして自分も同調する。
「はっきり聞こえてますよオーバー」
少しドキドキしながら通信用語を使ってみたが、相手も使っている手前だろう馬鹿にされることはなかった。
「それじゃー早速!出発進行ぅ!」
リコが元気よく号令を出し、自分が「ロジャー!」と言いながらエンジンを始動する。
セルモーターの音が聞こえるか聞こえないかのタイミングでドゥルルンと軽快な音を響かせエンジンが始動する。今日もSRXは絶好調だ。このツーリングの安全を祈願してバイクのタンクをポンポンと叩き、アクセルを開ける。さぁ出発だ。
軽快に走り出したものの、コンビニを出て一つ目の信号で引っかかり、すぐに止まる事になる。
先ほど、調子に乗ってロジャーなどと返事をしてしまった事がこの信号待ちでジーンと心にのしかかる。
「ねぇーおじさん」
リコがやっと口を開き何やら話しかけてくる。嫌な予感しかしないので丁寧に返そう。
「なんだい?」
この言葉が丁寧に当てはまるのかどうかは分からないが、なんだ?よりは優しい言葉遣いだろう。
「さっきロジャーって言ってた?」
目ざとい…と言うか耳ざとい。ロジャーと言うのはラジャーと同じ言葉である。
日本では、あるアニメで "ラジャー" と使われたため、それが一般的に広まりはしたが、航空業界や軍隊、NASAでのやりとりはロジャーと発音している。
映画を見ていても役者の発音はロジャーなのだが字幕にはラジャー、吹き替えもラジャーと発音されているためロジャーと言ってピンとくるのはマニアか英語に精通した人間という事になる。
それがわかっていながら、ついロジャーと発音してしまった事は自分の不徳の致すところではあるが、初めてのインカムでの会話にテンションが上がってしまって、自分のマニア性を前面に押し出してしまった事を今さらながら後悔する。
「…ロジャーって言ってないよ」
恥ずかしいので言ってなかった事にする。
「いや言ったよね?」
いやぁー聞き間違いかぁ、とならない芯の強さをリコは持っている。今はその芯が邪魔だ。
「言ってない」
「いや言った!」
「言ってない!」
「言った!」
「あっ信号青だ、出発進行ぅ!」
話を無理やり終わらせ、アクセルを開ける。
「ロジャアァ!!」
なんとか走り出す事で誤魔化せたか、リコの渾身のロジャーもバイクの走行音にかき消された事にして進んでいく。
さらなる追撃があるかと思っていたら、インカムからリコの声が。
「わぁー風が、風の音がすごい。台風みたい」
懐かしい感想につい嬉しく。初めてバイクの後ろに乗せてもらった時、自分の感じた感想も同じだった。
車では絶対に味わえない感覚がバイクはある。むき出しの体で車体を傾けて走行するバイクは生身の感覚に近く、空気や地面から得られる情報が桁違いに多い。
「今は時速50キロぐらい風速で言うと13〜14メートルって所だ。傘が裏返ったり、止めてる自転車がひっくり返るぐらいの風が吹いてる事になる。これから高速に乗るから、ホントに台風クラスの風が吹くぞ」
知ってる知識を披露したくなる。これはおじさん共通の性だ。良かれと思っての情報提供のつもりだが、これを受け入れてくれる人は少ない。
「おじさん、前々から思ってたけ、そういう知識はどこで身につくの?」
リコが呆れた声でそう言う。
「気になったら調べる。それだけだよ」
昔と違い、スマホでなんでも調べられるのだから!とつい拗ねたような態度になってしまう。
「おじさんってなんか変な事ばっか詳しかったりするよね。そう言えばシフも変なことばっかり知ってる気がする。もしかしておじさん達はみんな変なことばっか知ってるの?」
「お前ら若者には十把一絡げのおじさん達かもしれないけど、おじさん一人一人には、おじさんなりの歴史があるんだよ!自分みたいな人もいれば、変な事言わないひともいるよ!……別に自分も変なことばっかり言ってないよ!」
リコは少し考えたがめんどくさくなったのか、すぐに「なにそれ?」と返す。
「だから森見て木を見ず、木を見て葉を見ずみたいになってるって事」
リコは首を傾げ。「それ、木を見て森を見ずの逆?なるほど。ってか格言好きもシフと一緒だよね!」
「だからシフってだれだよ!」
やっと言えた。前々からリコもヒナも自分の前でシフシフシフシフ言っているのを聞いて、2人の会話だから…と気にせずに努めたが、そうすればする程、シフという存在が気になって仕方がなかった。
リコはそのツッコミに、首を傾げているようだ。
「あれ?言ってなかったっけ?シフの話」
え?聞いたことあったっけ、シフの話?少なくとも覚えてない。こんなに気になってるのに覚えてないなんてことがあるだろうか?いや無い!
「言ってない…と思う」
「あぁそっか、じゃー今度合わせてあげる。たぶんシフもおじさんみたいな人嫌いじゃないとおもうし」
おいおい嫌いじゃなさそうとか、そんな私見だけで見知らぬおじさんに会わせられるシフの気持ちにもなってやれよ。
「いや、シフって誰!」
「んっふー、会ってからの お・た・の・し・み」
リコが自分をからかう様に「お楽しみ」のところで背中を指先でツンツンと突いた。少しくすぐったい。
今はこれ以上聞いてもサプライズ脳の若者から情報を得ることは難しいだろう。まぁシフという人に会ってみるのもいいかもしれない、リコとヒナの共通の知人であれば2人について何か…自殺に至る経緯を知るためのヒントを聞く事ができる可能性がある。
気を取り直して運転に集中する。
「高速に入ったらもっとスピード上がるからしっかり捕まっとけよ」
今回のルートで出せる法定最高速度は確か80km/h、バイパスあたりがその区間だった様に記憶している。
安全に配慮して周りの流れに合わせて走行はするが、出来ればその速度での景色の見え方や走行音それに風の音を聞かせてやりたい気持ちになる。
「もっとすごい風が吹くの!面白そう!」
自分がもし若ければ、リコに"良いところを見せたい"とアクセルを開けて履き違えた行動をとってかもしれない。しかしおじさんは知っているのだ。最もカッコいい行いは、無事故無傷で自分と同乗者を家に返すことだと。
「でもやっぱり少し怖いかも、急がなくていいよ。いつも通りの運転で良いから」
リコはやはり賢い、なぜならバイクの本質を理解しているからだ。それはバイクとは簡単に自分を殺す事ができるということ。
多くはバイクに乗った高揚から、その事に対して判断を誤りがちだが、リコは普段から臆病と言うわけでもないのに、危険を感じブレーキを踏める人間なのだ。
それと、いつも通りの運転でいいよという言葉が少し嬉しくもあった。まだ知り合って数日しか経っていないが、信頼があるような言い回しに、冷えた心があたたまる様な気持ちになる。まぁ、女の子乗せてテンション上げるなよ、と釘を刺されただけの可能性もあるのだが。
「I copy」
短い通信用語を使い、少し上擦った心が言葉に乗らない様に細心の注意を払う。
リコは「アイコピー」と口ずさみ「私はコピーした、なるほど」と勝手に納得して「これは分かったけどロジャーってなんだったの?」と独り言を呟いた。
バイクは高速の登り口に差し掛かる。平日ということもあり首都高は駄々混みだ。
車の車列を常識の範囲内で追い越して走行する。
小回りが効き車体が小さい事、それがバイクの強みの一つだ。だが一瞬の判断の誤りが命取りになるという弱点でもある。
ウィンカーを出さない車線変更、車体の陰から他のバイクの飛び出し。渋滞時の高速道路は想像以上に危険が多い。
今日は後ろに自分より何倍も大切な若い命を乗せている。すり抜けは最小に、いつも以上に慎重にバイクを操作する。
都心から離れるにつれ、辺りを埋め尽くしていた車両が少しずつ減り道路が流れる様になる。
その流れに乗っているだけでも良かったのだが、より開放感を味わうためにより走行車が少ない追い越し車線の方にでる。
アクセルを回し単気筒の力強い動力がリアタイヤに伝わり地面を蹴る。
「はやーい!!」
後ろでリコが風を感じているのが自分の肩を掴む手に込められた力とインカム越しに伝わってくる。
「わぁ、曇ってきちゃった、コレどうしたらいいの?」
どうやら外気とヘルメット内の温度差でシールドが曇ってきた様だ。
「ベンチレーションを開けてみろ。乗る前に説明しただろ、ヘルメットの上側と下側にある空気孔だ。それでシールドの曇りが軽減される」
そう伝えると、肩から片手を離して後ろでゴソゴソする。すぐにベンチレーションが開いたのか肩に手を戻す。
「何コレ!さっむ!爽快!!あっ曇りがおさまったよー」
いいヘルメットは通気性にも優れている、自分も最初にショウヘイのベンチレーションを開けた時は衝撃を受けた。
今までの安物ヘルメットのベンチレーションと違い。この機能、本当に意味あったんだと感動したのを思い出す。
「きんもちイイー!!」
ヘルメット内を空気が流動する事により、より風を身近に感じられ、リコはバイクでの走行を楽しんでいるようだった。
「ねぇー見てる!道と空と風!」
リコも徐々にテンションが上がり、見たままを大声で叫ぶ。
「ああ、気持ちいいな!」
高速走行中は余程のことがない大声を出していても限り周りに聞かれることはないが、少しリコのリアクションは大袈裟じゃないだろうか?
天気は絶好のツーリング日和…春の暖かい太陽、まだひんやりと冷たい風、時折太陽を隠し影を作る雲。否が応にも気持ちが昂りはするが…。
「ねぇー見てるの!道と空と風」
リコはもう一度同じ事を叫んだ。
「リコ…どうした?」
いいしれぬ不安が広がる、後ろに乗っているのは本当にリコか?いや間違いなくリコの声、リコが言いそうな事ではあるが、何か…何かはわからないが違和感を感じる。
「ねぇーわかる!空と雲と風!」
3度目のリコの叫び。少し内容は変わっているが問題はそんなことではなかった。
急に自分の両肩からリコが手を離したのだ、驚いてミラー越しに後ろを確認するとリコが両手を高々と上げている。
バイクの2人乗りに慣れた同乗者であれば、運転手の腰の下辺りを太ももで強く挟み、両手を離しても体勢を安定させるニーグリップという技術を使う事がある。
しかしリコはこの動作もせず、ただステップに脚がシートに腰が乗っているだけの状態で両手を上げたのだ。
「リコォ!!」
怒鳴る様にリコの名前を呼び、素早くバイクを減速させる。
リコは突然の減速に「キャ!」と短い悲鳴を上げ、シートに乗っている腰が滑り、自分にもたれ掛かる様な状態になる。上に高く上げていた手は、急な減速で危険を感じ身体に抱きつく。
「大丈夫か…?」
急減速した事で確認を怠っていた周りの状況を確認してから、リコにそう声をかける。
声をかけている相手は本当にリコか?そんな荒唐無稽な不安が胸に押し寄せた。
「もぉー何おじさん。急におっきい声出したらビックリするじゃん」
…この台詞は、いつものリコだ。そう思いほっと胸を撫で下ろす。
「お前こそ、急に両手を離すな。ビックリするだろ」
「えへへ、興奮しちゃって」
先程までの違和感はなんだ?バイクに乗るとアドレナリンやドーパミンが放出されハイテンションにはなるが、それとは違ったベクトルの何か。トランスのような恍惚とした症状に感じられたが…
「それよりおじさん、リコちゃんにくっついて欲しくてブレーキ踏んだでしょ」
そう言われて、今更ながら後部座席のリコと身体が密着している事に気がつく。幸いと言うか惜しくもと言うかリコにはメッセンジャーバッグを前掛けにさせていたため、バッグ越しにではあるが。それでも背中から温もりが伝わってくる様な気がする。しかしそれより最悪な事に同時に気がつく。
抱きつかれた場所…
「ちが!それより…腰」
そうなんとか口に出すとリコも状況を把握したのか「ヤバ!」と短く声を出す。がすぐに。
「…ん?なんだおじさん、腰触っても笑ってないし平気じゃん」
やめろぉ!と心の中で叫ぶ。実はしっかりと面で腰に触れてる分には、全くくすぐったくはない。しかし、人間の腕は面でも指先は線だ。その指先が腰にめり込む想像をした瞬間、たとえ指をしっかり閉じた状態であったとしても、腰に指が存在する言う事実だけで我慢できず笑い転げてしまう。多分何かの呪いなのだ。
「そ…じゃない。焦ってたから…」
かろうじてそれだけ伝える。
「え?じゃー今本格的にヤバ?」
ヤバイをヤバと略すのは、諸説あるヤバイの語源の1つ “矢場" をベースにこの言葉が誕生したと仮定すると、先祖返りの様な言葉で面白い!と全く関係のない事を考える。これは、これまでの人生で編み出した、くすぐったい気持ちを抑える技の一つだ。
ここは高速道路で無闇に停車することは出来ないし、今は腰が擦れない様に姿勢良くほぼ真っ直ぐしか走れない。
「いいか、ふふっ…なるべく擦れ合わない様にット!…腕を外せるか…と言うか外してくッれ。それと腕を外す前にリコ、太ももで俺をッふふ!挟め。安定するからフヒッ!」
まだ湘南の海も拝んでいないと言うのに、確実にくすぐったいのビッグウェーブが迫りつつあった。
「分かった、やってみる」
そう言うと、リコの太ももが腰の下あたりを締め付ける感覚がする。
指先が腰のあたりにあると言うだけで、この面の感触さへくすぐったい様な気がしてくる。ヤバだ。
「ホントだ、これめちゃ安定するじゃん。それじゃ、右手から離していくよ」
いちいちどっちとか言わないでほしい。余計その部分に集中してしまう、いや言わずに突然動かされる方がくすぐったいのか?答えなどどうでも良かった、とにかく早く手を離して。
「離したよ!じゃー左手離すね」
そう言い右肩に手を置いて、左腕が腰からゆっくりと離れる。
服の繊維と繊維が擦れ、それが振動となり腰が震える気がするのを頬の内側を強く噛み息を止めてこらえる。
「はいはいおじさん、離れたよ!」
と言い、再び両肩に手が乗せられた。
自分はハヒーと大きく息を吐き出す。
少し呼吸を整えると、気持ちが安定してくる。
「いやぁ、良かった。危険なオペを成し遂げた後みたいな感じだ」
達成感から変な感想がつい口をついて出る。
「はぁ?その構図だったらおじさん患者だよ」
「おっしゃる通りでございます」
バイクはバイパスを抜け下道へと降りる。そこから少し走ると風の匂いが変わる。その風は少しぬめっとした生命の香りだ。
「あっ海の匂い」
リコがそう言い掴んでいる肩を叩いた。
読んでいただきありがとうございます。




