プロローグ 13階段
初めてこの様な文章を書きます。
拙い物ですが、よろしくお願いいたします。
階段を上がるたびに、"コーン"と革靴の底と踏み板の鉄がぶつかり合う鈍い音が響く。実際には、そこまで響いていないのかも知れない。しかし、夜の真っ暗な空間の中をこだまするかのように、その音が異様に大きく聞こえた。
コレが自分にとっての13階段か。ふと、そんな事を考えたが、13段を遥かに超える目の前の階段に自重気味な笑みが漏れた。
階段を登る足取りはとても重い。それが長い階段を登る事による疲労から来るものなのか、それもと精神的な影響が作用しているのかは分からない。そもそも8階建の建物を階段で登る事など今まで無かった…いや一度だけ東京タワーを階段で登ったことがあったが、あの時はまだ20代前半で体力も充実していたので、単純に今の状況と比較することはできない。
この階段を登り切ると俺の人生は終わる。そう考えると、ドクンと心臓の鼓動が1つ跳ねるのを感じた。
自分の人生は終わる?違う、俺が自分で人生を終わらせるんだ。
俺は今から自殺するんだ
そう考えても今度は鼓動が跳ねることはなかった。
別に後悔はない。しかし、この長い階段を上がっていると否が応にも、こうなった経緯を考えずにはいられなかった。
新卒で今の会社に入社して15年がたった。自分は決して優秀な人間ではなかったが、同期の中では誰よりも真面目に仕事に取り組んできた。
我が社では、それなりに大きなプロジェクトも任してもらえるようになったが、出世していくのは他の同期ばかり。それどころか、文句を言わない自分にはややこしく、ろくに収入にならない案件ばかり回ってくるようになった。
同僚からも「お前の任される仕事はややこしいものばかりだな、俺がなんとか言ってやろうか?」と言ってくれる者もある程だ。
しかし、それでも良かった。働きに見合った評価…いや、そんな大それたもんじゃなくてもいい。いつも頑張ってるな、その一言。自分が大変な事を理解してフォローしてくれる人がいたら。
それどころか、面倒な仕事を文句も言わずにこなすせいか、自分が受け持つ面倒な仕事が、そうと認識されなくなって来たのだ。
あいつは特に頑張っていない、普通のことをしているだけだ。
評価に値しない。
それが上司や会社から下された判断だった。
自分は自惚れているのかもしれない。大変な仕事は俺ばかりしていると。
みんなも大変な仕事をしているんだ、そう考えて踏ん張ってきたが、同僚の産休がきっかけで自分の心は完全に灰色になった。
産休中の同僚の仕事を皆で分担することになり、当然自分にも分担の仕事が回って来た。
自分のことで大変だったが、文句を言っても始まらない。それに産休自体は守るべき制度だと考え。同僚のためにも、もうひと頑張りするかと自分を奮い立たせた。
そして回ってきた仕事は、彼が担当していた中でもかなりややこしい仕事と紹介された。
またか
その時ですら、自分に振られるややこしい仕事に対し、もうそれ以上の感情は湧かなかった。
そして自分の仕事の合間に同僚の仕事をこなすことになったが、その仕事が他に抱えている案件に比べ驚くほど単純なのだ。
自分に気を遣って、「ややこしい」と言いつつ簡単な仕事を回してくれたのか?最初はそう思った。
しかし、他の同僚に回った仕事を手伝った時に、それがさらに簡単に処理できる内容である事を知って、あの仕事がややこしい仕事なら、自分の…俺がいつも受け持っている仕事は何なんだ。
そして、もっと複雑な内容の業務をこなしているハズの俺の待遇は一体。
沸々と怒りのような淀んだ感情が湧き上がるのを感じた。
いや、今までに何度となく、その感情を感じていたのだ。しかし自分は、その全ての感情を押し殺して来たのだ。
そして今回も、怒りに気付きつつ、その感情を
押し殺した。
程なくして産休を取得していた同僚が職場復帰した。
復帰後すぐに、今まで自分の仕事を代わりにこなした我々一人一人に声をかけて回っていたのだが、自分に声を掛ける順番が回って来た時に同僚はこう言った。
この仕事は君が代わりにこなしてくれていたの?いつもの仕事に比べ難しかったでしょう?ごめんね。と
自分は膝から崩れ落ちそうになった。
その発言をしたのは、自分に回される仕事はややこしいと自分の忙しさや大変さに一定の理解のあると思っていた同僚だったからだ。
彼も、俺の抱えている業務が酷く煩雑な事を忘れてる…
誰も自分のことなど歯牙にもかけていない?
誰にとっても
俺は
取るに足らない存在…
自分にはまだ一縷の希望があった。
誰かが自分の頑張りを見ていてくれる
誰かが大変だなと人知れず考えてくれている
誰かが…きっと…
淡い水泡のように何かが弾けた
それからは…世界が灰色に見えるようになった。
出社して帰るだけの同じ毎日の繰り返し。
何もかもが同じ作業をなぞるだけの行為に思えて仕方なかった。
なんのために生きているのか?
自分は誰かの役に立ちたかった
自分は少しでも社会の支えになりたかった
自分は自分の存在を少しでもいい
誰かに認めて欲しかった
ただのそれすら贅沢なのか…
ある時、そんな自分を更に虐めるため、飲めもしないお酒を1人で飲みに行き酔い潰れた事があった。
俗に言うヤケ酒というやつだ。
この時は荒療治でも自分と社会とのつながりを取り戻そうとしていたのかもしれない。
フラフラになりながら自転車を押して帰路に着く途中どうしようもない吐き気がこみあげ、大通りで吐くのはまずいと、押していた自転車をその場にほりだし、おぼつかない足に鞭打ち裏路地に入り込んだ。その場にあった鉄の柵にもたれ掛かりながら情けなくも吐瀉物をぶちまける。
するとカチャリと何かが落ちる音がすると同時に、掴んでいる鉄の柵がグラグラと動きバランスを崩しそうになった。
何事かと顔を上げると…この屋外から雑居ビルの屋上まで登る事ができる階段が目の前にあった。
どうやら、もたれ掛かっていた鉄柵は、非常階段への扉だったようだ。
本来なら鍵が掛かって開かないようになっているようだが、鉄柵の横に落ちた鍵は開錠された状態だった。
鍵がもともと壊れていたか、自分がもたれかかって壊してしまったのかはわからない。が、非常階段への扉が開き、屋上へ通じる暗く長い鉄の階段が目の前に聳え立った。
自分は階段を登ると、たどり着く屋上を想像し。
死ねるな
泥酔した朦朧とした頭でそう考え、またフラフラとその場を後にし帰路についた。
家に帰ると着の身着のままベットの上に倒れ込む。
回る天井を見ながら、こりゃすぐに眠りに着けそうだと安堵し目を閉じた。
人感センサーに反応して点灯していたライトが消えたのが瞼を閉じていても分かった。
………
俺は、なんの為に今を過ごしているんだろう?
ふとそんな言葉が疲れた頭をよぎる。
またこれか…正直ウンザリしながらその、したくもない問答がやかましく繰り広げられる。
毎日だ
世界が灰色に見えるようになった日から毎日。
自分が生まれて来た意味なんて何もない、分かっている。
でも生きて行く上で少しでも、やり甲斐や大切な人、守りたいもの、世界と繋がって自分の存在が誰か1人にでも認められるような事を望んだが。今はその一切に自分が絶望したのだ。
そしていつもこの問答は明け方まで続く、この世に未練を持ち諦められない自分の気持ちが、諦めた自分に問いかけてくるのだ。
ベットの上を右へ左へ寝返りを打ちながら、明日も仕事なんだ早く寝させてくれと自分を叱責する。
そして空が白む頃までこの問答は続くのだ。
お酒を飲んでもこれか…
正直好きでもないお酒を、早く寝るためだけに飲んだと言っても過言ではない。しかしその効果は無かった。その事にひどく苛ついた。
そんな時ふと思い出す。
吐瀉物をぶちまけた階段の下から見上げた暗い屋上を
死ねるな
そんな事をぼんやり考えていた事を
するとどうだろう、毎夜自分を支配して離さなかった頭の中の問答がピタリと止んだのだ。
原因はその時は分からなかった。
しかし、この様な状態が2日目3日目と続いて、鈍感な自分も流石に理由が分かってきた。
自分は死にたいのかもしれない、と。
そうして、そう考える様になってから不思議と世界は色を取り戻した。
仕事も全く苦にならない。
それどころか、いつも以上に力がみなぎる感覚さえ覚えた。
そう、それは今抱えている仕事をきっちりと終わらせてから死のうと考えたからだ。
終わるんだ、そう考えると今まで肩にのしかかっていた重積の様なものが何処かへ無くなってしまったようだった。
辞表を書いて課長にも提出した。
立つ鳥跡を濁さず、だ。
正直こんな嫌な経験をした会社には、濁しまくって居なくなっても良かったんだが、自分の座右の銘でもあるその言葉がそれを許してはくれなかった。
何より今は一切の事が苦では無いのだ。
そうしてそれから3ヶ月が経ち、退社する事となった。
完全な社会との断絶
少し前ならその状態を不安で仕方なく思っただろうが、今は社会と決別した事で達成感すらあった。
それからは、いつあの階段に向かうかを思案しようとした。
しかし、もうそれはボンヤリと決まっていた。
今巷で咲き誇っている桜が散った時だ。
日本人らしくていいじゃ無いか、花は桜木人は武士だなどと考えていた。
退社してからも暫くバタバタとした日々が続いた。
住んでいるアパートの部屋の整理をし、大切なものを大切に処理して、各種契約物の解除、遺書兼大家さんへの置き手紙と迷惑料の用意。
手放せなかったものは3点、愛車のバイクと携帯電話、それと今住んでいる場所だ。
大切な物は先んじて自ら処理はしたが、それでも家具や小物を処理するには少し時間が足りなかった。その為の大家さんへの置き手紙と少し多めのお金である。
おそらく自分が飛び降りると不審死として扱われ、警察が事件性も視野に捜査を開始し自分の懐に入っている身分証明書からアパートを家宅捜索する事になるだろう。
その時に、このリビングに入ってすぐ目の前の小さなテーブルに置かれている、手紙を必ず目にし手に取るだろう。
そして手紙を読んだ警官は綺麗に整理された部屋を見渡しこう思うはずである。「自殺だな」と。
その後、その手紙が大家さん宛である事を知ると、大家さんにその手紙を渡すか、もし証拠品として押収されてしまうにしても、一言ぐらいは何か言伝があるはずだ。
そうする事で大家さんも、首吊りじゃなくて良かった。
ちゃんと処理費用も置いて行って、あの子は最後迷惑をかけたがその実いい子だったね、となるはずである。
正直こういう場合警察や家主の行動等は一切想像でしか無いが、そう想像とは遠いことにはなるまい、もしなったとしても…まぁその時自分は既にあの世に行っているので考え至らなくて申し訳ないと草葉の陰から謝罪するとしよう。
そうこうしている内に桜の木に小さく芽吹いた葉が大きくなるにつれ花びらが完全に散り葉桜となった。
そして今に至る。
そんな事を考えていると、いつの間に登っていた階段が途切れ、雑居ビルの屋上に到着した。
ここは自分にとって終わりの、そして希望の地だ。
一人称を自分、俺と使い分けてはいますが心理的な描写であり間違いや二重人格ではありません。ややこしくてすいません。
尚、当方未熟故頻繁に編集をいたします。
内容に大きな変更はありませんので、どうかご了承ください。