野蛮国は天の国
カリアもまた沈んだ顔をしていた。
ナハスは視線をカリアへ向けた。
あれが・・・・・・ファーラの一番近い存在のカリア・・・・・・か。
ずっとあってなかったからな。ずいぶん変わった。
小さい頃ファーラを追い掛け回していたカリアも・・・・・・今や立派な女性か・・・・・・。
カリアとナハスの目が合った。
思わずナハスは目を逸らす。
「ナハスさん・・・・・・。」
カリアが小声でナハスに話し掛けた。
「は、はい?」
少しナハスの声が上ずる。
「姫様をどうかよろしくお願いします・・・・・・どうやら私一人では姫様を支えきれないらしいのです。姫様のお支えの中心にいるのはきっとあなたなのでしょうね?ですからこれ以上姫様に無理をさせないであげてください。」
「・・・・・・え?・・・・・・あ、はい。」
「カリア、ナハス何を二人でこそこそ話しているのです?」
「あ、いえ。何も。」
カリアが目線を下にした。
ナハスは遠くの方を見てぼんやりと大陸が見えてきたのをファーラに伝えた。
「姫様、タイターナへそろそろつきますよ。」
姫様と言う言葉にファーラはピクリと反応するがそんなことはお首にも出さず、冷静に「そうですか。」と言ってから閉じていた目を開けた。
ゆっくり開いた目に映る霧のなかの大陸、タイターナ。
「ついに来てしまったのですね。」
船が大陸に着岸するとファーラ一行は驚くべき光景を目にした。
貧困の村や町。
大通りのはずの道に売春をする小さな子供たちの影、大人は男ばかりで酔い潰れていて女たちは服も肌もすべてボロボロだった。
「これは・・・・・・。」
ナハスが息を呑む。
「これはどういうことです?頂点に立ち、他の国さえ近付けることを許さぬタイターナでしょう?何故国民がこんなにも貧困に喘いでいるのですか?」
ファーラが舟漕ぎ達に聞く。
「私利私欲に溺れ切った王達が税に税を重ねたからだ。」
「そうですか・・・・・・。」
するとある一人の痩せ細った青年がファーラに石を投げ付けた。
「わっ!」
ファーラが思わず声をあげ、ナハスがファーラの前へ飛び出す。
「また女がきた!異国の女!みんな豪華な服を着て俺たちなんか無視をしてあの城に向かっていく!王がなんだ!貴族がなんだ!いったい俺たちに何してくれた!」
ナハスが剣を構えたが、ファーラが手をあげ、ナハスを制した。
ファーラはその青年の前に立ち、青年の手を取った。
青年の手は骨と皮しかなく、近くによってみるとファーラと同じくらいの背しかなかった。さらに全身が骨のようだった。
「私も来たくて来たわけではなく王の陰謀を暴きにきたのです。月日は要するかもしれませんが・・・・・・必ず国を正常化させてみせましょう。」
そう・・・・・・その時こそ私がユリアに帰る日だ。
だが、青年は顔を剃らし、涙ながらにはき捨てた。
「そんなこと言ったってあんたもすぐに俺たちなんか忘れて王宮で贅沢三昧になるんだ。」
「なりません。必ず・・・・・・必ず国王を暴いてみせます。」
みすみすどっかの秘書にされたり他の多妻達と同じにはされたくはないからな。
すっと背筋を伸ばし、顔を引き締め、前へと進んだ。王宮へ入ると沢山のすけすけな格好をした女性に囲まれて王子がファーラを迎えた。
ファーラは動じず、舟漕ぎ達はどこかにはけ、カリアは驚きのあまり辺りを見渡し、ナハスは口を開けてつったっていた。
「ようこそ。天の国へユリアのじゃじゃ馬姫。」
いやみったらしい笑みで王子はにやりと笑った。
「・・・・・・ご丁寧にお迎え頂きうれしゅうございますわ。ブァレッチア王子。」
ファーラも王子に負けないくらいいやみっぽく微笑んだ。
「くっ・・・・・・まあ、いいでしょう。あなたにはこれにお召しかえいただきますよ。」
王子は女性の衣裳を指差した。
ほとんど裸と変わらぬすけすけの衣装だ。
「恐れながら王子、私はこのような羞恥心の欠けらもないような服は来たくありません。私はこれでも次期王ですからこのような辱めを受けるならば家がなくても構いませんわ。」
「ほう・・・・・・辱め・・・・・・ですか。格好だけはいいから通して差し上げましょう。私についてきてください。」
「あいつ・・・・・・。」
ナハスは眉をしかめていた。
「・・・・・・ここはこらえろ。ナハス・・・・・・この奥の王のほうが問題だからな。」
小声でファーラがつぶやく。
王の前に立つと、軽くお辞儀をした。
「軽いお辞儀だけですかな?」
「まあ。ユリアの王族が頭を下げたときはどんな時かご存じありませんの?頭を下げただけでも感心してほしいものです。」
「ほう・・・・・・ユリアから望んでこちらに来たのにユリアの教えを私に説きますか。」
「もちろんです。私の噂をご存じないようですね。」
「じゃじゃ馬姫のファーラ。国王達を常に困らせる姫だとか。」
やっぱり邪魔だったんじゃないか!父様!母様!
ファーラはうつむいて唇を少し噛み締めてからすぐに顔をあげ、微笑んだ。
「よくご存じでいらっしゃいますね。」
「ですが、その馬姫は国を捨てたと聞きましたが?」
「!?違う!」
違う捨てたんじゃない!送り込まれたんだ!
私はあの国が好きなのに・・・・・・国民にも私が国を捨てたと王達は説いているのだろうか・・・・・・そうだろうな。いちばん厄介にならず落ち着く説だしな・・・・・・国民は私に絶望しているのかもしれない。
「何が・・・・・・違うのですかな?違うと答えたらあなたをこれから我が国のスパイと認め、兵士達に見張らせますぞ。」
「私は・・・・・スパイではありません。ですが、国を捨てた覚えもありません。確かに私は国の王などではなくこちらに来ました。国を捨てたという不確かな情報も耳にするでしょう。ですが、そのような根も葉もない噂を信じるのはタイターナという大国を納める王としてはいかがなものでしょう。」
「口だけは達者ですね。ですが、物言いには気を付けたほうがいい。ここは初日ですから寛大に許して差し上げますよ。」
ファーラ達は部屋を与えられるとつかつかと室内を歩き回った。
「いやみな親子め!何が寛大だ!何が国を捨てただ!ふざけるな!」
イライラして着飾っていた髪飾りなどを取り外し、投げ付けるように机の上に置く。
ファーラはついに自分の洋服にまで手を伸ばしたが、あわててカリアがファーラを止めた。
「姫様!」
「何だ!」
「・・・・・・だ、男性がいらっしゃいます!」
ファーラは一瞬動きを止め、ナハスを見るとすぐ口を開いた。
「問題ないだろう。」