贈り物
部屋に着くと一人のメイドがファーラの部屋の前に立っていた。
「・・・・・・どうかなさいましたか?」
「ファーラ様、ブァレッチア王子様からのお届け物です。」
「ああ、そういえばそんなことを言っていましたね。すみません、そのプレゼントをブァレッチア王子に返していただけますか?その時にこう伝えてください。“私の身の上の安心が確保できないかぎりあなたに近づく気はありません”と。」
「え!か、返されてしまうのですか?王子が娘に物を送るときはそれだけの価値があるとみなされた時で、正妻候補者の中でも一番気に入られ、正妻に近いものの証なのですよ?」
「ええ、ですが私はまだ誰の妻にもなりたくはありませんからね。」
「そうですか・・・・・・失礼いたしました。」
そういってメイドは引き下がった。
「よかったのか?この城を追い出されるぞ?」
「かまわぬ。それよりあれを受け取って体を許したと判断されたらたまったもんじゃない。」
「姫さま、何かお分りになったことはありますか?」
「ああ、異常な権力と異常な畑を調べなければならないな。まあ、なんかしらで邪魔されるだろうが、それでも調べてみせるさ。」
「お前らしいな。」
「カリア、後で話がある。ベランダへ来てくれるか。」
「はい。」
ファーラは一足先に自分の部屋へ戻り、ベランダの風をその肌に受けていた。
「姫さま、お呼びですか?」
「カリアか・・・・・・お前は人を・・・・・・愛したことがあるか?」
「どうしたのですか?姫さま。」
「私はない。だからわからないんだ・・・・・・どうナハスに接していいのか。どうしたらナハスは喜んでくれるのだろうか。一思いにしたいことをさせてやればいいのかと考えたが・・・・・・逆効果だったみたいなんだ。」
男のように背中を手摺りに寄り掛からせ、手を広げる。
顔は外の闇を見つめていた。
「つまり・・・・・・姫さまはナハスさんが大事なのですね?」
「ああ、お前とナハスと同じくらい大事で大切だ。」
「誰かと同等では・・・・・・ダメなのかもしれません。」
「何故だ?」
「自分はその人だけを見ているのにその人は自分を特別だとは思ってくれない。」
「ああ・・・・・・カリア・・・・・・確かお前は一度・・・・・・ナハスが好きだった時があったな。」
「ずいぶん昔の話をなされる。」
カリアがクスクス笑った。
「本当か?」
「え?」
「本当に昔の話か?聞けばその感情は忘れようにも忘れられないらしい。」
「昔の話ですよ姫さま。昔でなければ何があると?」
カリアはニコリとほほえんだ。
「気付いてるか?カリアは嘘を吐くとき笑う。おそらく自制し、私をへたに心配させないために。」
「そんな。私だって笑いますよ。」
「それだけじゃない。自分の手を見てみろ。」
カリアは自分の手に視線を下ろすとその手にはしっかりと自分の服が握られていた。
「強がっている証拠だ。いやなことがあっても笑ってごまかすおまえのな。」
「そんな。これはたまたま・・・・・・」
「だと思うか?何年おまえのそばにいると思う。」
カリアの言葉をファーラがさえぎる。
「・・・・・・ええ、姫さまばかりずるいと思うときもありましたよ。だけど私自身があなたを嫌いになれなかった。憎みきれなかった。憎めたならどれほどよかっただろう。でも私はファーラ様、あなたの専属のメイドなのです。あなたは私の飼い主。どうあがいたからとてどうこうなるわけではありません。」
「私にはわからない。そのように何故一人だけを見ることができるのか・・・・・・それにカリア、おまえはメイドや飼い馴らされたものではない。人間なのだ。自制や我慢ばかりでは人は死んでしまうだろう。不満があるならぶつければいい。言いたいことがあるなら言えばいい。私はおまえを親友として大切に思っているからな。これからもお前たちを私から手放すことはないだろう。絶対にな。」
「・・・・・・あーあ、これだから・・・・・・姫さまにはかなわないんですよ。でも、それでいいんです。誰もが姫さまを好くのだから、私はちっとも心残りなくあきらめられる・・・・・・と思ったのに先に勘ぐられちゃうとは・・・・・・私もまだまだってことですかね!」
カリアはニッと歯を見せて笑った。
コンコン。
部屋の戸がたたかれた。
「どなたでしょうか・・・・・・。」
カリアが首を傾げながら戸へ向かい、戸を開けた。
「はい・・・・・・!?ブァ、ブァレッチア王子!?」
カリアが驚きの声をあげる。
「ファーラ姫に用事があってね。中に入れてくれるかい?」
ファーラは扉に駆け寄り、その場をカリアと交替すると強い口調できっぱりと言い放った。
「何用でしょうか?私は身の上の安全を確保できないかぎりあなたには近づきたくありませんと言いました。今日はもう遅い。今すぐお引き取り願いたいのですが。」
「そういわないで。僕のプレゼントを受け取ってはくれなかったようだけど?」
「ええ、妻になる気はありませんから。」
「ですがあなたは僕の婚約者候補としてタイターナへきたのでしょう?」
「ええ、あなたにも目が止められぬような壁の花が望ましいですね。」
「ファーラ姫。」
ぐいっと腕を捕まれ、外えだされると、扉を閉められた。
「何をする!」
「君と二人で話がしたかったんだ。わかった。無理には手を出さない。約束しよう。だから俺をそんなに毛嫌いしないでくれ。」
「本当に二人になると話し方がかわりますね。」
「君はあの二人といると変わるよね。俺にも心を許してほしいな。俺ばかり君に心を許すなんてあまりにもじゃないか?」
「あなたは女子の前だと皆心を許していらっしゃるんでしょうね!」
「まさか。俺の考えを知り、俺の本当の姿を知っているのは君だけだよ。何故だろうね。君は安らげるんだ。近くにいるだけでいいと思ったのは今回が初めてだよ・・・・・・父様にも本気で腹を立てたしね。」
「では私の安全は確保済と言うことで・・・・・・?」
「いいよ。だけど父様からは守れないよ。」
「わかりました。あなたに対するあからさまな態度を少しばかり改めましょう。」
「それと、これ。」
その手にはメイドが持っていた物と同じ物が乗っていた。
「ですから・・・・・・」
「わかってるよ。ただ、その靴じゃはきづらいだろ?だからはいてほしい。気持ちとか無視していいから。」
「・・・・・・そうですか、では・・・・・・ありがたく。」
ファーラは靴を受け取ると、はきかえた。
「ずいぶん楽な靴ですね。」
その様子を見てブァレッチアはホッとしたように笑った。
「君に似合うと思ってね。でもま、身の上の安全は確保できても君は必ず俺のものにするつもりだけど。」
「その根拠のない自信はどこからくるんだか。」
「全ては君が俺に振り向くまで。」
「振り向いたらポイなら・・・・・・いいでしょう振り向いてあげますよ?」
「そういうのじゃなくてね・・・・・・。」
クスリとファーラは笑うとブァレッチアは黙った。
「何か?」
「今日は笑顔が見れたからよしとするよ。」
そういってブァレッチアはきびすを返していった。
王子の背中を見送りなら、ファーラはボーッと考え事をしていた。
やっぱり私には一人だけを見続けるその気持ちがわからないよ。
ナハスやカリアが経験している痛みを・・・・・・私は知らない。
まだ、しらなくてもいいんじゃないかと思うんだ。
それじゃ、ダメなのか?